第67話 いざ決戦

 そのころ、正徳寺に向かって進軍する織田軍は、休憩をとっていた。

 街道のかたわらに、兵たちは数人ずつで固まって腰を下ろしている。

 木下藤吉郎は、前田利家と共に休んでいたが、しかし――どこかで銃声が鳴るのを聞いていた。

 聞き覚えがあった。3発同時射撃の音。……あれは連装銃の音ではないか?


「……どこかで弥五郎が戦っておる」


 藤吉郎は、独りごちた。

 その声に対して、前田利家は怪訝顔を作る。


「あいつが? 気のせいだろ。オレっちにはなにも聞こえねえぞ?」


「いえ、前田さま、間違いねえですわ。はるか遠くから、確かに音が――」


 そのときだ。


「はあ、はあっ……!」


 と、息を切らしながら、街道を走ってくる者がいる。

 カンナ、あかり、次郎兵衛が藤吉郎たちの前に登場したのだ。

 カンナは目立たないようにするためか、布までかぶっている。


「や、やっと見つけた、藤吉郎さん! はあっ、はあっ!」


「なんじゃ、汝ら。いったいどうした? 弥五郎になにかあったのか?」


「なにかあった、どころじゃありません……はあ、はあ」


 カンナとあかりは、状況を説明する。

 すると藤吉郎は血相を変えた。


「……前田さま。前田さまは、殿様にお伝えくだされ。シガル衆なる野盗集団が近くにいる、と」


「あ、ああ。そりゃもちろんだが、藤吉郎。お前はどうするつもりだ? ……まさか」


「知れたことですわ」


 藤吉郎は、ニッと笑った。


「わしひとりでも、助太刀に参ります」


 利家は、驚いた。


「殿のお許しもなく、勝手に離脱するのは許されんぞ」


「ごもっとも。然れども――相棒の窮地でござる」


 藤吉郎は感づいていた。はるか遠くから聞こえていた音が。すなわち先ほどまで響いていた連装銃の轟音は止み、雄叫びのような声がわずかに轟いている。山田弥五郎は劣勢にある。それは確信だった。


「わしひとりで、いくさの役に立てるとは思えませぬが。……それでもいないよりはマシでござるゆえ」


「見つかったら、打ち首ものだぞ」


「構いませぬ。山田弥五郎俊明は、わしの相棒にて。――誓いをたてました。共に出世しようと。わしは武士、あちらは商人。道は違えど、共に王道を歩まんと。――ここで朋友ともを見捨てる男が、はたして王道の上を歩めましょうや」


「首が飛んでも、ゆくというのか」


「どっちみち、弥五郎が死ねばわしも生きてはおりませぬ」


「それほどの誓いか」


「左様――」


 木下藤吉郎は、太陽のごとき笑みと共にうなずいた。


「男と男の誓いでござれば!!」




「弥五郎、危ないッ!」


 ビュンッ、と飛んできた矢が、一瞬前まで俺がいた空間を貫いていった。

 俺を助けてくれたのは、伊与だ。――敵をひとり切り伏せたらしい彼女が、とっさに俺を押し倒してくれた。た、助かった。――「ちっ!」と、無明が、舌打ちをしたのが分かった。


「すまん、伊与」


「謝る時間があるなら、一発でも弾を撃て!」


「分かっている!」


 と、叫び返したはいいが――

 しかし、戦況は極めて悪かった。

 敗北が近い。その現実を、肌で感じる。

 無明率いるシガル衆の猛攻はすさまじく、神砲衆はこらえきれない。

 ひとり、またひとりと神砲衆の仲間たちが倒れていく。死んでいるのか、怪我をしたのか。どっちにしろ戦闘不能者は増えるいっぽうで、神砲衆の兵の数はいよいよ30人にまで減ってしまった。

 それに比べてシガル衆は、負傷者はいるものの、まだ離脱した者はいないようだ。森の中の戦闘だからか、銃弾がなかなか命中せず、致命傷を与えられない。


「退くな、神砲衆。なんとしても勝利するんだ!」


 俺は必死に鼓舞をするが、根本的な解決にはならない。


「はっはっは! なんだ貴様ら、てんで雑魚ではないか!」


 無明が、ゲラゲラと笑いまくる。悔しい。しかし俺たちの攻撃はやつには届かないのだ。


 ……これまでか。

 しょせん俺なんかじゃ、シガル衆には勝てないんだ。

 けっきょく俺は前世でも今生でも、強い敵に負けてしまった。本当の強さを得られなかった。


 ごめん、両方の父ちゃん、母ちゃん。

 ごめん、叔父さん。ごめん、伊与、カンナ。

 俺はもう、謝ることしかできない。


 ……そうだ、謝るといえばあとひとり。

 すみません、藤吉郎さん。俺、誓いを果たせそうにありません。

 ……本当に、本当に。

 ……すみませんでし――


「顔を上げんかぁ、山田弥五郎!!」


「…………!?」


 突如、すさまじい大音声が聞こえて。

 ……俺も伊与も、神砲衆も。

 そして敵のシガル衆さえも。その声の持ち主に目を向けた。




 藤吉郎さんが、立っていた。




 安物の槍と胴丸と、白鉢巻を身に着けた、いかにも身分の低い若僧。

 しかしその若僧は、雲ひとつない晴天の下、二本の足で、この上なく堂々と立っていた。


「織田家木下藤吉郎、助太刀に参った! ……しかしなんじゃなんじゃ、そのシケた面は! まだ戦は終わっとらん! 弥五郎、まだ汝は負けとらんのだぞ! しかっとせんかぁ!!」


 その大声の、なんと戦場に響くことか。

 その表情の、なんと勇気に溢れていることか。

 不思議だ。見慣れた藤吉郎さんの顔が、今日はなぜだかおそろしく、輝いて見えた。


「藤吉郎さん。来て、くれたんですか……!?」


「当ったり前じゃ。相棒の危機に、駆け付けぬ男がどこにおる!」


 藤吉郎さんが、俺たちのところへと駆け付ける。

 そのときシガル衆の無明が、ふん、と笑った。


「たかがひとりの援軍になにができる。お前たち、揉みつぶしてしまえ!!」


 シガル衆が、わっと襲いかかってくる。

 その瞬間、藤吉郎さんは吼えた。


「残った兵のうち、15人は前衛に立て! 伊与を先頭に壁を築き、なんとしてでも敵を通すな! 山田弥五郎と、兵の残り15人は、後衛から銃で攻撃じゃ!!」


 ごく自然な指示だった。

 誰が頼んだわけでもないのに、藤吉郎さんは当然のように采配をふるい、この場にいた者は、俺も含めてみんながその指揮に従った。それがなぜか当たり前だと思った。

 シガル衆が、何度も津波のように寄せてきた。だが今度の神砲衆は崩れない。

 前衛が、伊与を中心に押し返している。誰かが倒れかければ、藤吉郎さんが「あそこを助けよ!」と叫び、誰かが敵を倒せば、やはり藤吉郎さんが「そこの鉢巻、大手柄! 日ノ本一の武辺者!!」と大絶賛。士気はみるみる高まり、団結はどんどん強くなる。


「な、なんだっていうんだ、あのネズミ面……!」


 無明が、焦りを口にしている。――それからやつは、再び「ちっ」と舌打ちし、再び弓を掲げる。

 狙いは――藤吉郎さんだ! ヤバい!!


「無明おおぉォォッ!!」


 俺は咆哮をあげ、リボルバーを構えると、やつに向かって撃ち放つ。

 俺自身も、バランスを崩した状態で引き金を引いたため、その弾は命中こそしなかった。しかし無明はわずかに体勢を崩し、弓矢を放つことを断念した。

 藤吉郎さんをやらせるものか! お前なんかに……!


「弥五郎、助かったぞ! ……ようし、もう一度じゃ、もう一度、仲間と共に銃を撃て!」


「承知ッ!」


 藤吉郎さんの下知のもと、俺と神砲衆後衛が、いっせいに銃弾を撃ち放った。

 だんだん、だだだんだん、だだだだ……!

 シガル衆は、次々と倒れていく。


「そうじゃ、弥五郎。それでよい!」


 藤吉郎さんの声が、耳に響いてくる。


「自分ひとりで戦おうとするんでにゃあわ。お前には、仲間がおる。わしがおる。伊与がおる。ここにはおらんが、カンナもあかりも次郎兵衛も、前田さまも小六兄ィも大橋つぁんも……神砲衆の者どもも、みんなみんな、お前と共におるんだで。なんとそうではにゃあか? 弥五郎!」


「…………!」


「だからこそ。……踏ん張ろう! わしらと共に頑張ろう! いくさはここからが本番じゃ!!」


 ……のちの天下人・豊臣秀吉の鼓舞が、心にずしんと染み渡った。


 みんなが共にいる。俺といっしょに頑張ってくれる。

 その事実が、再び俺に勇気を与えてくれた。――前世において、孤独死という末路を迎えた叔父がいる。自分の人生は叔父のように、ひとりで寂しく終わりを迎える。そんな予感が確かにあった。そして俺は雷に打たれ、家族にも友人にも看取られることなく、一瞬でその人生を終えた。たったひとりで、すべてを終えた。


 だが転生した先のこの時代で、俺にはたくさんの仲間ができた。そうだ、こんなにも多くの仲間たちがいてくれる。命がけの戦場でも、俺を見捨てない仲間がいる。俺の命を救ってくれた家族いよがいる。そして俺を助けに来てくれる相棒とうきちろうさんがいる。それがもう、どうしようもないほどに嬉しかった。


 やってやる。まだ終わっていない。仲間たちと共に、勝利する! 

 そうだ、いくぞ! 最後に勝つのは、この山田弥五郎俊明と、神砲衆の仲間たちだ!!


「ええい、しつこいクソガキどもが!」


 無明はこめかみに青筋を立てながら、怒鳴り散らしている。


「調子に乗るな、クズども! 調子に乗るなよ、貴様らぁ!!」


 冷静さを失った無明は、口汚い声音を出し、俺たちを罵ってくる。

 その罵詈雑言には、思わず耳を塞ぎたくなった。――が、そのときだ。


「調子に乗るなは、こっちのセリフじゃ!」


 藤吉郎さんが、叫び返した。


「いいか! いまは卑賎の身分なれども、この木下藤吉郎は天下の大将軍になる男! そしてこの山田弥五郎俊明は天下の大商人になる男ぞ!!」


「な、なに。……な、な、な――」


「そんな未来の大丈夫ふたりをつかまえて、なにをほざくか! 野盗ごときが、図に乗るんでゃあにゃあわッ!!」


 一喝。

 その大声に、俺は黄金の輝きを確かに見た。

 と同時に、心が震えた。天下の大将軍と天下の大商人。そんな馬鹿々々しすぎる肩書きが、どうしていまはこんなにも輝いて聞こえるんだろう。そうだ、俺だって。……俺だって!

 俺だって、このクソみたいな現実を、すべて吹っ飛ばしてやれる。

 俺は天下の大商人。天下の大将軍の、相棒なのだから!


「神砲衆、いくぞ! 勝負はこれからが本番だ。ここからは――」


 息を吸い。

 ……相棒に負けないほどの声で、雄叫ぶ!


「ここからは、俺たちの反撃する番だッ!!」


「「「「「おおおおおーっ!!」」」」」


 全軍の士気が、燃え上がるほどに高まった。

 俺もまた、熱い。身体と心が、どこまでも熱い。連装銃を構えては撃ち、弾が切れたらリボルバーに持ち替えて、銃弾を次々と撃ち放った。


「おのれ、おのれ。……おのれえええッ!」


 無明が激怒し、咆哮する。

 しかしシガル衆は次々と倒れていく。

 やがて、無明。――その巨体が剥き出しになった。


「いまじゃ、弥五郎!」


 藤吉郎さんが叫んだ。

 その言葉と同時に、俺は構える。

 無明の眉間を、俺は狙った。――使うのは、銃。

 連装銃もリボルバーも弾切れ。だから、使う銃はただひとつ。

 父が使った、火縄銃だ!


「くたばれ、無明!」


 ――だあぁん!!

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