第38話 蜂須賀小六

 俺はひとり、津島の酒場にいる。

 1文の白湯と、7文のもちを食べながら。



《山田弥五郎俊明 銭 19貫471文》

<最終目標  5000貫を貯める>

 商品  ・火縄銃   1

     ・炭    11

     ・早合    2

     ・小型土鍋  1

     ・金塊    1



 酒場の中に、人材はいないか、と思っていたのだ。

 連装銃1丁を作るのに、俺は10日以上かかってしまった。

 それも、俺、カンナ、清兵衛さん、佐々さんの4人がかりでこれだ。

 次第に慣れてはいくだろうが、それでも、連装銃作りに10日もかかるようでは辛い。

 誰か鍛冶や鉄砲に心得のある人間がいたら、給金を出してでも雇いたい。

 具体的にいえば、鉄砲鍛冶職人、台師職人(銃床を作る職人)、金工職人(鉄砲の火ぶたや金具を作る職人)などが欲しいのだが……。

 まあ当然ながら、そんな人材がゴロゴロそのへんにいるはずもない。


 それらしい人に話しかけてみても、


「わしゃ、弓なら自信がある」


「槍なら、任せろ」 


 などなど、武辺者だったり、


「声のでかさには自信があるぞ」


「逃げ足だけなら天下一だぜ!」


 なんて、よく分からない人だったりする。

 俺は、しかし望みを捨てずに、


「鍛冶屋さんの知り合いとか、いませんか?」


「いや、いねえなあ。いたらどうするんだよ、お前」


「実はその、鍛冶の仕事がありまして。雇おうかと」


「雇うゥ……?」


 俺のセリフを聞いた瞬間、酒場にいた人たちは、


「「「ぎゃはははははは!」」」


 と、大声で笑いだした。


「お前みたいな小僧に、誰が雇われるんだよ!」


「なんだ、ママゴトでも始めるのか? ひゃひゃひゃひゃひゃ!」


「10年はええよ。出直してきな! うひょひょひょひょひょ……!」


 酒場中が、俺を指さして大笑いする……。

 だが、そのときだ。

 ガラリ、と酒場のドアが開いて、


「よう」


 と、顔を出した侍がいる。見覚えのある人だ。その人は――


「滝川さん!」


「久しぶりじゃねえか、山田。『もちづきや』に行ったら酒場にいるって言うから、来てみたぜ。……なに、ちょっと次郎兵衛に用があって津島こっちに来たんだが、お前とも会いたくてな」


「ありがとうございます。そんな、わざわざ……」


 俺と滝川さんは、笑顔を交わし合う。

 すると俺を笑っていた酒場中が、とたんに静かになった。


「……ありゃ滝川久助だぞ」


「めっぽう強いって評判のあいつか!?」


「津島から出ていったんじゃなかったのか?」


「あ、あの小僧、滝川久助とあんなに親しげに……」


 ヒソヒソ声がうっすらと聞こえてくる。

 が、よくは聞こえない。……構わず俺は滝川さんと話をつづけた。


「蜂楽屋から聞いたぞ。佐々を巻き込んで新しい銃を作ったらしいな」


「あ、聞きましたか。ええ、そうなんですよ。もっとも佐々さんはいったん比良城に帰っちゃいましたが」


「へっ、あいつらしい」


 しゃべっていると、またヒソヒソ声。


「比良城の佐々って、あの佐々一族のことか?」


「あのガキ、佐々一族とも知り合いなのか?」


「何者だよ、あいつ……」


 声はやっぱり、よく聞こえないや。まあいい。

 滝川さんは、ニコニコ笑った。


「それより久しぶりに、津島の酒が飲みてえな」


「飲んでいきますか?」


「そうしてえが、すぐに甲賀あっちに戻らなきゃいかん。持ち帰りにして、道中で飲むことにする」


「好きですねえ。……せっかく来てくれたんだ。ここは俺がおごりますよ」


「馬鹿、おごるのはオレだ。年下のくせに」


「滝川さんにおごられても、俺はもちとか白湯なんで」


「ああ、それじゃおごられ甲斐もねえってか」


 俺と滝川さんは、なお、おごるおごらんを繰り返した。

 が、やがて滝川さんの甲賀復帰を改めて祝したいということで、俺が金を出すことになった。

 清酒、500文分を支払った。



《山田弥五郎俊明 銭 18貫971文》

<最終目標  5000貫を貯める>

 商品  ・火縄銃   1

     ・炭    11

     ・早合    2

     ・小型土鍋  1

     ・金塊    1



「……あのガキ、500文をさらっと支払いやがった」


「か、金持ちの息子か? そうは見えねえが……」


「おい、誰だよガキを笑ったやつ。おれたちもお近づきになって酒をおぼってもらおうぜ」


「お前だ、お前。真っ先に笑ったのはお前だ……」


 ――さて、帰ろう。

 ヒソヒソ声を背中に聞きながら(やっぱりよく聞こえないが)、俺と滝川さんは酒場の外に出た。




「……ってわけで、人材は集まらなくてな」


 1時間後の津島である。

 俺はカンナとふたりで、町をテクテク歩いていた(滝川さんが本人も言っていた通り、さっさと甲賀へ戻ってしまった。仕事が忙しいらしい)。


「やっぱり鍛冶屋って、そうそういないよなあ」


「そうやねえ。……そうだ、美濃のほうに行ったら、職にあぶれている鍛冶屋さんがおるかもしれんよ?」


「美濃? あ、そうか。あっちは関鍛冶がいるしな。あるいはもうちょっと足を運んで、近江の国友あたりまで行ってもいいかも――」


 と、ふたりで話していたそのときである。


「おい、そこの小僧と金色髪」


 突如、背後から声をかけられた。


「え? 俺?」


 と、振り向いた瞬間。

 俺たちはいきなり、ガタイのいい男たち数人に囲まれてしまった。

 な、なんだ、こいつら!?


「山田弥五郎っていうのは、おめえか」


 男のうちのひとりが言った。

 かなりの巨体と強面こわもてだ。


「そ、そうだ。俺が山田弥五郎だ」


「やっぱりそうか。……覚えてもらおうか。オラの名前は、蜂須賀小六はちすかころくっていうんだ」


「は、はちす――」


 その名を聞いて、俺は思わず絶句した。

 蜂須賀小六だって!?


 ち、ちょっと待ってくれ。蜂須賀小六といえば、土豪・蜂須賀家の頭目で、のちの秀吉――藤吉郎さんの腹心となるべき男じゃないか。どうして津島こんなところにいるんだ!?

 しかも蜂須賀小六は、憎々しげにこちらを睨みつけているのだ。

 なんでだ。どうして俺は、蜂須賀小六に絡まれなきゃいけないんだ!?

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