第40話 愚者となった弥五郎

「ほ、ほ、ほ。これはこれは、なんと藤吉ではないか」


「おう、猿! おめえこそ、なにをしとるんだ!?」


「いや、わしは安い薪炭がないか津島に探しに来て――おい弥五郎、こりゃどうなっとるんじゃ?」


 藤吉郎さんと蜂須賀小六、それに大橋清兵衛。

 3人はどうやら、旧知の仲らしい。

 正直ホッとした。藤吉郎さんなら助けてくれるかもしれない。

 俺は事情を説明した。

 すると藤吉郎さんは、何度も何度もうなずいてから、


「なるほどなあ。弥五郎、汝ァ、ちょいと迂闊じゃったな。……なあ、大橋つぁん、小六兄ィ。こいつとわしは友達なんだ。気に食わんところもあったかもしれんが、勘弁してやってくれよ」


「いくら猿の頼みでもそれはいかん。こいつはさっきからずっと黙りこくってよ、オラたちをなめとるんだ。こうなるとメンツの問題だ」


「兄ィらしくもない、ケツの穴の小さいことを……大橋つぁんもそうかえ?」


「ほ、ほ、ほ。わたくしはまあ、別に怒っちゃいないんだが。ただ、弥五郎少年がなぜ銃を買い集めているのか、町の治安を預かる者として知っておきたいだけでなあ」


「清おじが良くても、オラがいけねえよ!」


「うふっ、相変わらず短気じゃのう、小六兄ィ。――なあ、兄ィよ。この山田弥五郎はちょいと人付き合いに不器用だが、その代わりに手先はそうとう達者じゃ。すごい武器や道具を作れる男なんじゃ。こいつはこれから、きっと出世するぞお。そうすれば今回の無礼の件も、何万貫の詫び金として払うてくれるわさ。のう、弥五郎?」


「は、はい。あの。俺、なんか、うまく説明できなくて。ただ、決して争うつもりなんかなかったんです。だから、その……すみませんでした!」


「す、すみませんでしたっ!」


 俺はぺこりと頭を下げる。

 隣のカンナも頭を垂らした。


「……と、こうして弥五郎たちは仲直りしようと頭まで下げておる。小六兄ィはどうじゃ? いきなり絡んで、そっちの金色髪の娘っこまで脅かしたんじゃろ? そりゃ弥五郎たちもちっとはビビりくさるでよ。のう?」


 藤吉郎さんは、ニコニコ顔で俺たちのほうを振り返る。


「天下の蜂須賀小六が、少年少女とちょいと揉めて、その腹立ちを抑えられんほど器が小さいとはわしゃ思えん。のう、小六兄ィ。兄ィは運さえ回れば将軍だって務まる男でねえか。天下万民を慈しめる人間、それが蜂須賀小六さまじゃと、わしゃあ本気で思っとるでよ!? だから……のう?」


「な、なにが将軍だよ……」


 蜂須賀小六は、藤吉郎さんのセリフに飲まれたような表情を見せ――

 やがて、フッと笑い、藤吉郎さんを呆れたようなまなこで見つめた。


「猿よ、おめえの大言癖は相変わらずじゃな。オラの下で働いていたときからまったく変わらん」


「ほ、ほ、ほ。わたくしは昔から、藤吉の大法螺が大好きだったがのう」


「相変わらず、清おじは猿に甘えな。……まあいい」


 蜂須賀小六は、照れ臭そうに頭をかくと、俺のほうを見て、


「山田弥五郎。オラもちっと短気だった。悪かったな。……おい、お前らも謝れ」


 蜂須賀小六が言うと、先ほどまで鬼のような形相を見せていた部下の男たちも、気を抜かれたようにしてぺこりと頭を下げる。


「よーし、これにて一件落着。仲直り、仲直り。のう!」


 藤吉郎さんは、ぱんと手を叩いた。

 そのあっけらかんとした大声に、誰もが『しょうがないな』という笑みを浮かべる。

 ……天性の人たらしというか。……すげえな。あたりの空気がいっぺんに和んでるぜ。


「――で、なんだ? すごい武器や道具? 山田弥五郎が、どんな武器を作れるというんだ?」


 蜂須賀小六が言った。


「そりゃあ、兄ィ。……おい、弥五郎、なにかいい武器はないか?」


「……はあ。それじゃ、早合をお見せしましょうか。鉄砲を早く撃てるようになる道具です」


 俺は鉄砲に早合を詰め、空に向けて銃口を向ける。

 そして――

 ……だぁん!!


「おお!?」


「……ほう」


「は、はええっ……!」


「あ、あんなに短い時間で鉄砲を撃てた……!?」


 蜂須賀小六。

 大橋清兵衛。

 さらにはその場にいた男たちまで全員が仰天した。

 俺は、藤吉郎さんとカンナ、ふたりと目を合わせ、ニヤリと笑った。



《山田弥五郎俊明 銭 18貫971文》

<最終目標  5000貫を貯める>

 商品  ・火縄銃   1

     ・炭    11

     ・早合    1

     ・小型土鍋  1

     ・金塊    1



 津島の中心部に、大橋清兵衛の屋敷がある。

 部屋がいくつもある豪邸だ。

 その邸宅の一室にいま、俺とカンナはいる。

 もちろん、藤吉郎さん、蜂須賀小六さん、大橋清兵衛さんも一緒だ。


 屋敷に来る途中に聞いたのだが、藤吉郎さんは昔、小六さんの下で日雇いとして働いていたことがあるという。その際に大橋さんとも知り合い、気に入られたらしい。

 その後、藤吉郎さんは小六さんの正式な家来にはならず、織田家に仕えることになったのだが、それでも小六さんとの縁は続いているとのことだった。


 その小六さん。

 顔は怖いが気を許したひとには至って優しい性質タチらしく、


「ところで猿よ、おめえ、出世したそうでねえか」


 と、穏やかな目付きで藤吉郎さんのことを見つめている。


「聞いたぞ。薪炭奉行になったとか」


「えっ、本当ですか?」


 俺は思わず声をあげた。

 前は薪炭奉行の下で働いていたのに。いまは奉行そのものとは。


「すごいじゃないですか。藤吉郎さん、おめでとうございます」


「いやなに。弥五郎、汝の瓦ストーブのおかげじゃ。わしゃ本当に感謝しとるでよ」


「あんなのは、大したことじゃ……。藤吉郎さんの実力ですよ」


「はっはっは、柄にもなく、おだておって!」


 藤吉郎さんは、白い歯を見せた。

 かと思うと、すぐに真面目な顔になり、


「それよりも弥五郎。汝ァ、なにゆえ銃や火薬を集めておった?」


 藤吉郎さんが尋ねてくる。小六さんと大橋さんも、俺に視線を向けてきた。

 ここまできて、隠し事はできない。俺はすべての事情を語った。

 さらに、侍がやってきて、自分に武器の制作を依頼したことも話した。


「そのひと、こんな金塊まで持ってくるひとなんですよ」


 そう言って、青山さんが置いていった金塊までも見せたのだ。

 すると、そのときだ。

 小六さんが、とんでもないことを口にした。


「おい、おめえ。これ、ニセの黄金だぞ?」


「…………は?」


 俺は、馬鹿みたいに口を開けた。

 隣でカンナも、ぽかんとしている。


「うん、間違いねえよ。オラ、本物の金を何度も見たことがあるから分かる。こりゃ、黄金じゃねえ。黄鉄鉱っていって、黄金によく似ているけど別もんの鉱石だ。山奥の川でよく採れる」


「お、おうてつ、こう?」


 ま、マジで?

 聞いたことはあるぞ。硫化鉱物の一種で、黄金にそっくりな鉱石なんだ。

 だけどもちろん価値はない。確かのちの時代では『愚者の金』なんて呼ばれているとかどうとか。

 そ、それがまさか、自分がその、愚者の仲間入りをするなんて……。


「わ、分からんかった。……あたし、小さい金しか見たことなかったし……弥五郎、アンタも――」


「小さな金すら見たことなかったよ……ずっと、ずっと貧乏だったし……」


 貧乏は前世からずっとである。

 筋金入りの貧乏だったという自負がある。悲しいことに。


「……あのひとは、青山聖之介は、ニセの黄金であたしたちを騙そうとしたん?」


 カンナが叫んだ。

 確かに、そういうことになる。

 ――と思ったそのときだ。


「青山? 青山聖之介じゃと?」


 青山さんの名前を出したとたんだ。

 大橋さんが突然、やけに険しい顔をした。

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