第41話 援軍参上!

 遠江国、浜名湖の湖岸に布陣していた武田軍に向けて、俺たち決死隊はひそかに侵入を開始した。


 戻ってきた五右衛門の先導で、道なき道を突き進む。


「信玄のまわりには、当然、屈強の近習が揃っておる」


 藤吉郎が言った。


「直接戦えば、勝ち目はまるでない」


「その通りだ。だから鉄砲で狙い撃つしかない」


 俺は答えた。

 狙撃するメンバーは、俺、明智光秀、佐々成政、滝川一益の4人となった。

 どれも鉄砲の腕は折り紙付きだ。


「本陣の奥深くにいる信玄入道が、果たして人前に出てくるかどうか」


「……仮に出てきたとして、それが影武者ということもある」


「それについては、山田と木下に見抜いてもらうしかないぜ」


 滝川一益が言った。


「本物の信玄入道から発する気合――なんてものがあるかどうか知らんが、とにかく本物の信玄を見たことがあるのはお前らだけなんだからな」


「さて、汝らの期待に応えられるかどうか……。今回ばかりは、わしもはっきりと断言はできかねるがのう」


「期待に応えられなきゃ、織田家はおしまいさ」


 そして日本史の未来も。

 俺はそう言いたかった。




 信玄の本陣へと、近付いた。

 小高い丘の上に、幕が張られている。

 俺たちは草の中に身を潜めながら、幕へと近付いていく。


「あの中に、信玄がいるんだな? 五右衛門」


「間違いないよ。……けれどここからは、あんたの鉄砲でも、まだ届かないね」


「連装銃でも持ってくりゃよかったな。幕ごと全部撃ち抜いてしまえばよかったんだ」


「阿呆か。それで当たればいいが、当たらぬ目算のほうが高いぞ」


「んだと? 言うに事欠いて、阿呆呼ばわりするやつがあるか――」


「又左も内蔵助くらのすけもよせ。敵に集中しろ」


 ケンカをする前田利家と佐々成政をたしなめつつ、俺たちは少しずつ近付いていく。

 物見のために、村木砦に接近したときのことを思い出す。あの日もこんな、風の強い日だった。


 俺たちはやがてほふく前進になった。

 武田陣に近付いていく。


「陣内のどこに信玄入道がいるか、分かれば外から狙い撃ちもできようが」


「竹中さんよ。あんたの知略でどうにかならねえか?」


「それはさすがに無茶でございますな」


 明智光秀、蜂須賀小六、竹中半兵衛が小声を交わし合う。

 あと20メートル。いや15メートルが近付かないと、どうしようもない。

 近付いたあとで、どう狙撃するかもまた難題なのだが……。

 こう風が強くては、弾道がどうズレるかも計算に入れねば――


「……ん?」


 そのときだ。

 俺は気が付いた。

 風上から、わずかに臭いがする。




 これは……

 火薬の臭い――




「まずいッ! 全員、後ろに跳べッ!!」


 俺が叫ぶと、さすがに織田家選りすぐりの猛者たちは即座に事情を理解した。

 瞬時に立ち上がり、後ろへ飛び跳ねて――その瞬間だ! だん、だん、だだだだんっ! 何発も銃弾が、先ほどまで俺たちがいた空間に降り注いだ。


「これは……罠にかけられたか!?」


「藤吉郎、いったん退くぞ! 信玄は俺たちの行動を読んでいた!」


 狙撃作戦までバレていたかは知らんが、とにかく襲われることは読んでいたのだ。

 くそっ、どういうことだ。いかに武田信玄が相手とはいえ、俺たちがこうも後手に回るとは――


 愚痴っても始まらない。

 俺たちは恥も外聞もなく、後方に向かって疾走を開始し――


「っ、俊明! 見ろ!」


 伊与が叫ぶ。

 顔を上げると、俺たちの目の前には数十人の足軽が立ち並んでいた。

 そして、その先頭には、見慣れた美女の顔が――


「お師匠様。……ふふっ。愛するあなた様の歩む道は、なぁんでもお見通しなんですの」


「未来っ!?」


 飯尾家の未来が、俺たちの前に立ちはだかったのだ。

 まさか、俺たちの行動を信玄に報告したのは彼女か?

 俺にやけにこだわる女だったが、まさか俺たちはずっと、この女に追跡されていたのか?


「ぞくぞくいたします。大好きなあなた様を、未来のこの手で殺してあげられることは……!」


「未来っ! く、くそっ……」


「本陣の鉄砲を見抜いたのはさすがでしたが……」


 未来は、ニタッと不気味に笑い、


「おしまいですわ、お師匠様」


 右手を掲げた。

 棒手裏剣を持っている。

 あれで俺を殺そうというのか? くっ……!


 周囲には、盾になりそうなものはなにもなかった。

 どう逃げる? どう回避する? リボルバーで反撃か?


「おさらばでございますッ!」


 未来が棒手裏剣を投じた。

 早い。鉄砲に勝るとも劣らない速度で、その鉄棒はまっすぐに俺の喉元を狙ってきて――そのときだ。


「山田うじッ!」


 そんな声と共に。

 もうひとつ、横から棒手裏剣が飛んできた。

 2本目の棒手裏剣は、空中で未来の手裏剣にぶつかる。

 ふたつの棒手裏剣は、きぃん、という音と共に地べたに転がり落ちた。


 助かった……。

 いやそれよりも、いまの声は!? まさか――


「これにて、かつての借りは返し申したぞ。山田うじ!」


「和田さんっ!」


 草むらのド真ん中にて、――かつて俺が助けた和田惟政さんと、その家来の次郎兵衛が不敵に笑っていたのだ。


「こ、この男っ……よくもわたくしの棒手裏剣を……!」


「和田さん、ご無事で! 次郎兵衛も!」


「話はあとだ。いったんここは退くぞ、山田うじ!」


 和田さんはふところから、棒手裏剣をさらに何本も取り出して、未来率いる足軽隊をにらんで牽制けんせいしながら吼えた。


「語りたいことは山ほどあるのだ。……信玄入道についてもの!」

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