第58話 戦場に吼える
撃つ。
撃つ撃つ撃つ。さらに撃つ。
リボルバーを次々と発射し、銭巫女軍団を殺戮していく。
混戦になっていた。
銭巫女軍団は一心不乱に、突撃してきた。
俺たち神砲衆は銃を用いて迎え撃つ。銭巫女軍団は次々と倒れ、しかしその後からやってくる敵兵たちは、地べたをなめている仲間たちの屍を乗り越えて、俺たちのところまで攻め込んでくるのだ。こちらの弾幕は突破され、ついに両軍は近接戦闘。混戦状態となったのである。
やがて、弾丸が切れた。
「次っ!」
「へい!」
空になったリボルバーを、隣にいた神砲衆の者に手渡す。
代わりにまた、別のリボルバーを受け取った。
そしてまた、発射。
たんたん、たーん。
銃弾が鳴り響く音がする。
だが――
「銭巫女さまのため」
「銭巫女さまのため」
「銭巫女さまのため」
敵はひたすら、こちらに向かって突進してくる。
すさまじい執念というか、なんというか。あの女、どうやってここまで部下を手なずけているんだ。
そこで俺はふと、かつて次郎兵衛から聞いた銭巫女の過去を思い出した。
――彼女は自分の部下が欲しかったんス。従順な家来を。自分の言うことをなんでも聞く手下を。
――金に困った人間を見つけたら、銭巫女はニコニコ笑いつつ金を貸す。しかし金が返せないと分かったら、しこたま相手を殴りつける。ここまでならよくある話ッスが……。
――銭巫女は、痛めつけたあと、相手を優しく抱きしめるンスよ。ぎゅーっと。……ぎゅううっと。……まるで、母親が赤ん坊をあやすみたいに。
――その上で、『あんたは約束を守れない人間じゃないよね? あたくしはあんたのことを信じている』と優しく伝え、『どうだい? あたくしの下で働かないかい? 賃金はやれないが、いずれは借金をチャラにするよ。あたくしに力を貸してくれよ。あんたの力が必要なんだよ』……そう言うんスよ。そうしたらたいていのヤツは、銭巫女の手下になるんです。それも、非常に忠実な家来にね。
――借金持ちの人間なんざ、たいてい常日頃から心が満たされていやせんからね。あれだけの美人、あれほどの金持ちに、信じている、必要なんだ、なんて言われた日には参っちまいますよ。
「心が、か……」
考える。
悲しい末路を迎えた、前世の俺。
あのころの俺が、例えば銭巫女のような美人に、飴と鞭を同時にくれられたら、どうなっていただろう。
人間なんて弱いものだ。特に落ち目のときには。逆境をはねのけて成長できる人間なんて、そうそういるもんじゃない。
「俺には……分かる。……しかし!」
たーん……!
と、また、リボルバーを撃つ。
弾丸が、敵の額に、直撃した。
敵兵は、それでも、前に向かって二、三歩進み……。
なにか、言葉にならない言葉をうめき、その場に突っ伏した。
「……こいつも、なにか悲しみを抱えていたのか?」
名も知らぬ敵の死体を見つめ、わずかに目を細めた。
湿度が、やけに高い。顔中から、じんわりと汗が滲み出てきた。
リボルバーも弾切れだ。
次の武器に交換しよう。そう思って銃を下げた瞬間、人間が飛び出してきた。
「まだいたか!」
俺は驚きつつ身構えたが、しかし次の瞬間ますます驚愕した。
なぜなら、俺の前に登場してきたその敵は、
「山田弥五郎、その首貰った!」
「銭巫女っ!?」
そう、出てきたのは銭巫女本人だったのだ。
薙刀を上段に構え、こちらに向けて振り下ろしてくる。早い!
俺は、身体をひねって銭巫女の攻撃をかわそうとする。しかし間に合わない。
やはりただの女ではなかった。武芸も達者らしい銭巫女の薙刀が迫ってくる! まずい!
しかし、そのときだった。
「そうはいくかッ!」
横から、刀を持った伊与が登場したのだ。
キン、と激しい金属音があたりに響いた。伊与が刀で、銭巫女の薙刀の切っ先を弾いたのだ。
「伊与! すまん、助かった!」
「弥五郎には指一本触れさせないぞ!」
伊与は叫びつつ刀を構える。
そんな彼女を見て、攻撃を防がれた銭巫女は、笑みを浮かべつつ――
しかし眉間にシワを寄せ、狂乱じみた表情を見せた。
「山田弥五郎の懐刀、堤伊与。……強いねえ、美しいねえ。愛する男のためならば命懸けってわけかい」
「……なにを言っている?」
「ふふん。……凛としているじゃないか。麗しいじゃないか。身体も心も汚れを知らず、人間と愛し愛されることを信じて疑わぬ、そういうお目々をしているよ」
「…………」
「あたくしはね、堤。あんたのように美しく気高い風情の女がね。……大嫌いなんだよッ!」
銭巫女は再び、薙刀を構えて襲いかかってきた。
伊与は刀でそれを受け止め、しかし「くっ!」と力負けし、ひざを崩す。
まずい、伊与がやられる! 俺は近くにいた神砲衆の兵に声をかけた。
「誰か、俺に銃をよこせ!」
「リボルバーはもうありません、弾切れです!」
「なら火縄銃でもなんでもいい! 伊与を助けるんだ――」
と、俺が叫んだそのときだ。
任せときな、と叫び、銭巫女に飛びかかった者がいる。
五右衛門だ。石川五右衛門が、短刀を繰り出していく。
「ちっ……!」
銭巫女は舌打ちをして、一歩、二歩、下がっていく。
そこへ、伊与と五右衛門が二人がかりで攻撃を次々と仕掛けていった。
「イライラするねぇ、小娘どもが……! なんだってそこまで、仲良しこよしでつるむんだい!? 反吐が出るよ!」
銭巫女は、吼えながら、薙刀を振り回す。
伊与と五右衛門は、その攻撃をかわし、受け止め、反撃する。しながら、五右衛門が叫ぶ。
「アンタの気持ちも、分からんわけじゃないけどね。ウチもひねくれてるほうだしさ。ただ、まあ――」
五右衛門の短刀。
その切っ先が、銭巫女の左手を狙う!
「世の中、嫌なやつもいれば、いいやつもいる。つるむ気にもなれないやつらもいれば、一緒にいて楽しい連中もいる。……それだけの話さッ!」
「ばかなことを……。けったくそ悪い!」
銭巫女は短刀をかわし、逆に五右衛門の身体を狙って薙刀を振り下ろした! 死にさらせよ、と低い声で怒鳴りあげるその姿はまるで、鬼女のようで――
だがそんな銭巫女の左手の甲に向けて、鉄の棒が一直線に飛んできて、ぐさりと突き刺さった。「あう!?」と銭巫女は雄叫びを上げて、その場にひざを突く。
「ゴチャゴチャうるせえんだよ、銭おんな」
登場したのは、滝川さんだった。
さっきのは滝川さんが、銭巫女に向けて棒手裏剣を投げつけたのだ。
銭巫女は、荒い呼吸を繰り返しながら、滝川さんを睨みつける。
「……貴様……。他の……あたくしの家来たちは……どうした……?」
「どうしたって? 周りをよく見て見ろよ」
滝川さんが、あごで周囲を示す。
すると。……銭巫女軍団はほぼ全滅しており。
神砲衆の面々が、こちらに向かって集まってきていた。
小六さん、次郎兵衛、大橋さんも続々と俺たちのところへやってくる。
「見ての通りだ。おめえの負けだよ」
滝川さんは、憐れむように言った。
「おとなしく降伏しな。これ以上、痛い思いをすることねえだろ」
「滝川さんの言う通りだ。降参しろ、銭巫女」
俺も、続けて言った。
「悪いようにはしない。だから――」
「……悪いようにはしない? ハッ! そう言って裏切った人間がこれまで何人いたと思うんだい!?」
銭巫女は、ぜい、ぜいと肩で息をしながら俺を睨みつけ、叫ぶ。
「汚い時代だ! 薄汚れた世界だ! あんたのような善人気取りなんか、全く信用できないんだよ!」
「……お前の言うとおり、この時代は乱れている。信用できない人間がうようよいるというのも、嘘じゃないと思う」
シガル衆のことを思い出した。
俺の故郷を亡ぼした、あの極悪人ども。
ああいう連中がゴロゴロいるのが、この乱世なのだ。
だが。
だからこそ、俺は――
「だから俺たちはそういう世を、少しでも良くしたいと思って戦っている」
「それが気に食わないってんだよ! 自分たちだけが正義のつもりかい!? ……ばかばかしい。なにが良くしたい、だ。信用できるもんか! あんただって、あんたたちだって、自分の欲得のためだけに戦っているだろう! みんなそうなんだ! そうに違いないんだ!」
「……みんなそう、か。果たしてそうかな?」
俺は、銭巫女の瞳をまっすぐに見ながら、静かに続けた。
「銭巫女。俺はしばらく、東に向かって旅をしていたがな。その過程で、私欲のみに生きていない人間をずいぶん見たよ。例えば三河岡崎城の鳥居伊賀守さん。あそこの領主、松平次郎三郎(徳川家康)さまは今川家の人質になっていて、いつ岡崎に帰ってくるのかも分からない。だけど鳥居さんは、いつか次郎三郎さまが帰ってくることを信じて、お金を貯め続け、岡崎の城を守っている」
「…………」
「遠江、頭陀寺城の松下嘉兵衛さん。領内を繁栄させたい。領民や、職人を豊かにしたいって、その一心で、俺に商売の助言を請うてきた。あのひとも、若いながら、自分の家来衆を富ませようと必死だった」
「…………」
「そして、この尾張の織田三郎さま……。……名もなき貧しい民に、力なき弱い者に対して、この上なく優しいお方だ」
行き倒れになっている途中で、信長から餅をもらった藤吉郎さん。
幼いころ、織田家の人質だったときに、信長から瓜をもらった松平次郎三郎さん。
彼らから聞いた話を思い出しながら、俺は言った。
「銭巫女。お前の言っていることは嘘じゃないと思う。お前の気持ちだって、分からないわけじゃない。……だが、世の中は悪党ばかりじゃない。時代は変わる。人間も変わる。少しずつだが時代はよくなる。そう信じて戦うと、俺は決めたんだ。――自分が踏ん張れば未来は変わる! むしろ頑張らなければ、未来は変わらない。そういうところを何度も見てきたんだ! ……だから、だから俺は――」
「……だから戦う……そういうことかい?」
銭巫女は、小さく微笑んだ。
目が、なぜだろう、澄んでいた。
「本当に、こんな腐った時代が変わると思うかい?」
「思う!」
「…………」
気合を入れて答えた俺を、銭巫女はじっと見つめてきて――「やっぱり、やっぱりさ。アンタは――」と、穏やかな声を発した。
そして。
「気に入らないね」
殺意をみなぎらせた声音を放ち、かと思うと、薙刀を改めて構え、
「変わるわけないだろうが! 思い上がるな、この若僧がッ!」
「っ……!!」
「くたばれ、山田弥五郎……! お前だけでも殺してやる!!」
銭巫女は、鬼畜のごとき表情で、そう怒りと恨みと憎悪を兼ね備えたすさまじい剣幕で、俺に向かって飛びかかってきたのである。
弥五郎、と伊与が叫ぶ声がした。しかし伊与は間に合わない。銭巫女のほうが早い。滝川さんも五右衛門も次郎兵衛も動けなかった。
薙刀が、俺の脳天を目がけて振り下ろされる……!
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