第5話 シガル衆
――恐怖は前振りもなくやってくる。
それは、俺が転生してから数日後。
薄暗くなった夕方のことだった。
ふいに家の外が騒がしくなる。
そしていきなり、村人たちの怒号が飛び交いはじめたのだ。
「野盗じゃア、野盗が山から攻めてきたぞぉ! 村衆よォ、出合え、出合え!!」
「や、野盗っ……!?」
俺は思わず声をあげた。
「この村にも来たか」
父ちゃんが、しかめっ面をする。
「北のほうの村が、襲われたと聞いていたが」
「お前さん、落ち着いている場合ですか。……どうされるのです?」
「知れたことだ、戦う。殿様を呼んでいる余裕もなさそうだからな」
そうか、この村だって、どこかの侍が所有しているはずなんだよな。
そのために年貢を納めているわけで。
もっとも、時間的な理由で援軍は期待できないみたいだが。
自分たちの村は、自分たちで守るしかないってことか。
「お杉は、弥五郎と伊与を連れて高台のほうへ避難していろ。儂は村のみんなと戦いにいく」
言いながら父ちゃんは、家の奥から黒光りする棒切れを持ち出してきて――
って、これは……火縄銃じゃないか!
この時代では高級品のはずだが、父ちゃんは、こんなものを持っていたのか!?
「みんな、早く逃げろ。ぼやぼやするな!」
父ちゃんが短く叫ぶ。母ちゃんは慌ててうなずいた。
俺と伊与は、母ちゃんの手を握り、家から飛び出して避難する。
……これが戦国か。
俺は、全身を軽く震わせた。
大樹村の片隅に、盛り上がった丘陵がある。
その丘の上には、村の者が共同で使う小屋があった。
中はけっこう広くて、村で使う木炭や、薄汚れた毛皮、古い紙切れ、農具、陶器、壺、稲ワラ、漆などさまざまなものが積み重ねられている。
その小屋に、俺たちは避難した。
俺たちだけじゃない。村のお年寄りや子供、それに、子を持つ母親たちがここにいる。
避難しつつも、誰もが小屋から顔を出し、村の戦況をうかがっていた。
村衆は、男はもちろん、女も子供がいなければ、野盗たちと戦っていた。
村人たちは野盗に向けて矢を放ち、あるいは石つぶてを投げる。
さらに迫ってきた敵に対しては、槍や刀で応戦している。
そこへ――どおん、と轟音が響いた。
父ちゃんが、火縄銃を撃ち放ったのだ。
その音の大きさに、野盗たちは一瞬ひるんだ。
だがすぐに態勢を立て直し、再び村に攻め寄せてくる。
「あいつら、強い。ただの山賊じゃない。団結している。何者だ……?」
俺のかたわらで、伊与がつぶやいた。
「あいつらはきっと、音に聞くシガル衆だよ」
「シガル衆?」
伊与が尋ねると、母ちゃんはうなずいた。
「最近、尾張の山々を荒らしまわっている山賊集団だよ。『死など軽い』という言葉から転じて、そういう名前になったともいうし、足軽崩れが集まったことから、アシガルがなまってシガルになったとも言われている。……なんにせよ、タチの悪い山賊だってうわさだよ」
「そんな……。――義母様! 私も戦いにいく。義父様と村のみんなを助けにいく!」
伊与が悲痛に叫んだ。侍志望の彼女らしいセリフだったが、しかし小さな肩は震えていた。
そんな幼馴染の黒髪を、母はそっと撫でてやり、
「馬鹿なことを言うもんじゃないよ。あんたが出ていっても足手まといさ」
「石を投げるくらいならできる! だから、だから――」
「大丈夫。信じるんだよ、義父様を。……ほら、見なさい!」
母ちゃんが指差した先では、父ちゃんが火縄銃を再び構えており――
どおん、と銃口が再び火を噴いた。
弾は、シガル衆の中心にいた大男に命中したらしい。
男が、どっと倒れ込む。
「やった!」
俺は思わず叫んでいた。
他の村人たちも、わっと声をあげた。いいぞ、このままシガル衆をぶっ倒せ!
大樹村の勝ちだ――俺はそう思った。他のみんなも、そう考えたことだろう。
だが、そのときだった。
「……雨が……」
と、小屋の中の誰かが言った通り。
ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。空もいつの間にか曇っている。
……マズい。火縄銃は、雨の中じゃ使えないぞ。
雨はますます激しくなり、地面がびちょびちょにぬかるみ始める。シガル衆は悪天候に慣れているのか、平気で攻撃を続けてくるが、村人たちはたまったものではないらしく、やられ始める。
父ちゃんも、火縄銃が使えなくなってお手上げのようだ。退却を開始している。
……マズい。これは本当にマズいぞ!
俺の中に、敗北。
そして、死の予感が芽生え始めた。
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