第27話 俊明、転生を打ち明ける。信長、本能寺の運命を知る。

 俺は単身、京の都へと上洛した。

 俺の転生のことを打ち明け、最終的には本能寺の運命を回避するためだ。

 俺はまず信長の宿所がどこかを調べた。すると、本能寺ということが分かった。


 運命の本能寺、か。

 もちろんこの時点では、信長にとってただの宿所なのだが。


 御所にほど近い本能寺まで出向く。

 深めの壕に高い壁。外敵の襲来に備えられた、小さな砦にも似た雰囲気を持つ寺で、信長も、もし敵に襲われたら、と考えて備えはちゃんとしていたことが分かる。もっとも明智光秀の反乱は信長の想定をはるかに超えたものだったわけだが。


 寺に入った。

 そして信長付きの近侍に、「山田弥五郎が来た」と言って、信長への対面を申し出ると、すぐに俺は奥へと通された。


 廊下を歩いていく。

 信長がいるという部屋の前にまで、やってきた。

 すると室内から、声が聞こえる。……これは信長と明智光秀の声だ。


「武田攻めの勅令は、これで間違いなく下りましょう」


「で、あるか。ようした、明智。武田攻めの一番槍はそちも同然じゃ」


「はっ、ありがたき幸せ」


 明智光秀がここにいたのか。

 俺は一瞬、動きを止めた。


「上様。四国の長宗我部の一件ですが、なにとぞ、この明智に引き続きお任せ願えませぬか」


「……ふむ。長宗我部は余への反抗を隠そうともせぬな」


「戦は免れぬでしょう。となれば、長宗我部とは長らく交渉を行っていたこの明智が、かの家中についても詳しゅうござる。すかさず調略の手を伸ばし、あるいは脅し、あるいはおだて、長宗我部の家中の団結、ずたずたに切り裂いてみせまする。……そうすれば、四国など半年もかけずに上様のものとできまするぞ」


「そちならば、できような。……長宗我部元親など、余から見れば鳥なき島の蝙蝠こうもりに過ぎぬ。三七(信長の三男・信孝)に丹羽五郎左あたりをつけて片付けてやればよいと思うていたが」


「恐れながら、丹羽殿はお人柄が甘うござる。長宗我部を征することはできても、滅することはできぬかと。……この明智ならば、必ず長宗我部を上様の思いのままにできまするぞ」


「言うわ、十兵衛」


 信長はご機嫌そうに笑った。


「そちの考えはよく分かった。武田攻めが終われば次は四国だ。長宗我部攻めはそちに任せることにしよう」


「ははっ。ありがとうござりまする」


 明智が平伏したのが音で分かった。

 この会話だけ聞いていても、俺と明智はやはり相容れぬ、と思わされる。


 実力をもって敵をすべてすり潰そうというやり方。……それでいいときもある。必要なときもある。俺だってかつてシガル衆を壊滅させ、あるいは武田信玄を殺害し、浅井、朝倉などの勢力を滅ぼすことに加担した。そして武田勝頼も、恐らく滅ぼさなければならない敵だろう。


 だが、そのやり方はどこかで終わらせねばならない。

 このやり方では乱世は終わらない。敵を完膚なきまでに滅ぼし、佐久間さんのような家中の者を貶めて失脚させるようなやり方は……。


 そのときだ。

 俺を取り次いだ近侍が、山田弥五郎の到着を信長たちに知らせた。

 部屋の戸が開く。信長と明智がこちらを見ていた。明智は冷たい瞳をしていた。


「おう、山田か。入れ」


「はっ」


 話が一段落していたのもあるだろう。

 信長はアポも取らずにやってきた俺をすんなり入れてくれた。


「急に参ったな。何用だ」


「はっ。……」


 俺は明智をちらりと見た。

 彼がいては、信長に俺の転生のことを話しづらい。

 だからと言って「お人払いを」ではあまりに重臣の明智に対して刺々しい。


 さて、どうするか。

 一瞬だけ考えた俺は、


「於次丸さまの初陣の件でお話があります」


 と、言った。


「於次の? ……そのことならば、羽柴に一任しておるが」


「その上で、この山田の話を聞いていただきたく。……」


 と言うと、明智光秀は、


「どうやら、拙者は無用のようですな。……上様、拙者は引き続き公家衆に話をして参ります。名門武田を討つとあれば動揺する公家も出てきましょうからな」


「うむ、そちに任せる」


「では、これにて御免」


 明智は、一度、俺と信長に頭を下げて出ていった。

 よし、うまくいった。於次丸を話題にすれば明智には無関係の話だ。出ていくと思っていた。


 こういうのも弁舌スキルのひとつかな。

 秀吉の近くにいたおかげで上達したかもしれない。

 と、それはさておき、


「上様。……お人払いを」


「……ふむ?」


 信長の近くには近侍と小姓が控えている。

 俺は俺の話を彼らにも聞かれたくない。


 信長はなにかを悟ったのか、すぐに小姓たちを外に追い出した。

 そして部屋を閉め切り、俺と二人きりになる。


「於次のことは、さては口実か。……なぜ、明智を追い払う? それほどまでに内密な話か?」


「その通りです。これから話すことは、……この山田弥五郎にとって一大告白となります」


「早う申せ。そちはいつも前置きが真面目すぎる」


「はっ。……」


 真面目にもなる。

 この時代にやってきてから数十年。

 ずっと隠し続けていた真実を、俺はいま語ろうとしている。


 しかし。

 これくらいしなければ、恐らく信長は動かない。

 そして、本能寺の変を回避することもできないだろう。


 だから。

 俺は言った。


「信じていただきたいのですが。……夢を見たわけでも、乱心したわけでもないのですが。……お叱りを受けるのは覚悟の上にて……」


「早う申せ、と言っておる。話さねば叱るもなにもない」


「…………俺は…………この山田弥五郎は…………」


 俺は、一度深呼吸をして――

 ついに言った。


「実は、……はるかなる未来からやってきた人間なのです」


「…………。……なに?」


 さすがの信長も、いわゆる、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 想像していた告白とは、あまりにも違うと思ったのだろう。

 俺はさらに続けた。


「驚かれるのも当然のことと存じます。しかしこれは事実なのです。本当の俺は、現在より四百年以上未来の人間であり、その時代から、尾張、大樹村の炭売りの息子に転生したのでございます。この俺が、あらゆることを先読みし、あるいは連装銃などの武具を作ることができたのも、未来から来た人間であるゆえです。


 ずっと隠していたことをお許しください。……なぜ、なぜここに来て、急にこのようなことを打ち明けるかと申しますと、それは上様、あなた様の生命を救うためでございます」


「ま、……待て、山田。……未来、未来だと……? 未来から転生……?」


 信長でさえ、呆然としていた。

 意味が分からない、といった様子だ。

 無理もない。この時代の人間に、未来から、さらに生まれ変わってきた、などという話。頭がおかしくなったと言われても仕方が無い。


「……余を救うために? ……未来から……? …………」


 信長は眼球を左に右に、忙しく動かしている。

 こんな信長を初めて見た。まだ若いころ、信長の繊細な一面を見たこともあるが、そのときでさえここまで狼狽はしていなかった。


 しかし、さすがは信長だった。

 十秒と経たないうちに、俺の目を見据え、


「……合点がいく」


「…………」


「山田、弥五郎。そちがはるか彼方の未来から、この乱世に転生してきたというのならば、それは……確かに、これまでのそちの行いを見れば、実に――理解できる。……そちはいつも余を助けてくれた。織田家を助けてくれた。人とは思えぬ活躍ぶりで、この信長を――しかし……」


「上様」


「待て、山田。しばし待て。……そちはふざけたり冗談を言う人間ではない。いつも真面目すぎる男だ。それは分かっている。そちは嘘を申してはいない。……だが、まだ納得ができぬ。……そちははるか未来から来たと言っていたな」


「はっ」


「ならば、この後――知っておるのか? この乱世がどのようになっていくのか、この信長がどのような末路を迎えるのか、すべて――。知っておるなら、いま語れ。その上で余は、そちの話への態度を決めよう」


「……はっ! それは――」


 俺は少し、話の切り出し方を迷ったあと、


「この乱世、最後は徳川さまがお治めになります」


「竹千代――いや、次郎三郎が!? ……なぜ、徳川が……」


「それはまた……のちに。ともかく徳川さまが治められ、征夷大将軍となられ、関東の江戸を本拠地とし――」


「江戸? なぜまたそんなところに――いや、良かろう。とにかく最後まで話せ」


「はっ……」


 俺は語った。

 家康が作った徳川幕府が、おおよそ250年、日本を治めることを。


 その後、明治という新時代が始まり、諸外国と交流を重ね、ときには戦争となり、そして敗北も経験しながらも、経済成長を果たして大国となる未来の日本。……しかし経済成長の果てに、近ごろは格差社会などの問題も抱えた国になった、と。簡潔にではあるが、その後の日本史と世界史を語ったのだ。


 信長はもはや合いの手も入れず、黙って話を聞いていたが、やがて話が終わると、


「……おおよそ、合点がいった」


「はっ」


「尋ねたいことは、まだ山のようにあるが」


 信長は小さく息を吐き、


「話におかしなところはなかった。また山田、そちは法螺を吹くような男でもない」


「では――」


「……信じよう。そちが語ったこと、すべてを」


「……はっ!」


 俺は思わず平伏した。

 涙がこぼれそうになった。信長が信じてくれた。織田信長が!

 さすがに風雲児だ。さすがに乱世の英雄だ。よく、よくこんな突拍子もない話を信じてくれた! ……よかった! 本当に良かった……!!


「だが、まだ尋ねたいことがある」


「はい、なんなりとお答えいたします!」


「うむ。……まずはふたつ、尋ねたい。一つ目は、山田。……そちが未来から来たという話、他に知っておるものは誰だ? いないのか?」


「いえ、……確実なのは二人。我が妻の伊与とカンナです。ふたりには俺から打ち明けました。……それと、先日亡くなった竹中半兵衛。俺は打ち明けてはおりませんが、思案を重ねて、俺が未来から来たのではと結論を出しておりました」


「…………。……ふむ、さすがに今孔明と呼ばれた男よな。……だがその半兵衛ももう死んだ……」


「はい。……ですが、もうひとり。……明智十兵衛どのが」


「なに、明智? ……」


「はい。……どうも、俺が未来から来たのではと感づいているようです。……先日、面と向かって尋ねられました。……俺は否定しておきましたが」


「…………」


 信長は、またなにか考えているようだったが、


「……それで終わりか。そちの正体を知っているのは。では、みずから打ち明けたのは、堤と蜂楽屋だけか。羽柴には――藤吉郎には話しておらぬのか?」


「はい。藤吉郎は、……知りません」


 すると信長は、目を細めた。


「……そうか。……男では、余が初めてか」


「はい」


「……そうか……」


 信長は、見たことがないほど優しい眼差しになり、


「山田」


「はっ」


「……話を聞いたとき、余はまさかと思うた。……腹も立った。そちと出会ってもう二十何年。その間、ずっと隠し事をされていたのかと思うとな。……だが、……別の考えに至った。そちのような真面目な男がこれまで何十年と秘してきたのは、よほど深刻に思い悩んでいたのであろう、と」


「…………!」


 ふっと、肩の荷が下りた気がした。

 俺は、あの竹中半兵衛から「未来を知っているあなたは、我々を操った」と言われたとき、そういう一面も確かにあったと思った。隠し事をしていたのも間違いなかった。


 だから俺は、信長に真実を打ち明ければ、怒られるか、殴られるか、あるいは胡乱うろんな男として斬られてしまうかもしれないと、そう思っていた。


 だが信長は、すべてを理解してくれた。

 俺の心の中を、すべて――


「上様。……俺は」


「そんな声を出すな。……余にも覚えがあるのだ。――若いころ、城の中を走り回って、ずいぶんと高級な花瓶を割ってしまってな。……そのころ世話になっていた爺に、言い出すこともできずに黙っていた。……ふん、まるで話の大きさは異なるが……」


 信長は、優しい声音で、


「なかなか、言い出せぬものよな。言ったほうがいいと分かっていることでも」


 かつて藤吉郎が言っていた。

 信長は時として、心配になるほど優しい、と。

 俺もそれは感じていたが、今日ほど実感したときはない。


 信長は優しい。

 敵に対しての苛烈な性格は、もちろんある。

 だがそれと同時に、たまらなく優しい一面を信長は有している。


 それが分かった。

 ならば、俺はこの人を本能寺の運命から救いたい。

 その後の歴史が変わったとしても。絶対に――


「……それで山田。ふたつめの質問だが」


「はっ」


「この乱世、徳川が終わらせると先ほど聞いた。……なぜ、そうなるのだ? そちははぐらかしておったが、その話を聞きたい。……余の命を救いたいとも申したが、それと関係があるのか? 申してみよ」


「はっ。……それでは」


 ついにこのときがやってきた。

 俺はこの瞬間のために、ここにやってきたのだ。

 もう、部屋の外は赤くなっている。引き戸の隙間から西日が射し込んできているのが分かった。明智が部屋を退出してから何時間も経っていた。


 俺はしゃべり続けて、喉はもうカラカラだ。

 だが、それでも俺は言わねばならない。


「申し上げます。これより以後、上様ならびに殿様(織田信忠)は謀反に遭います。それにより織田家は、事実上、消滅。……その後は……その後は、一度は藤吉郎が、すなわち羽柴家が天下をおさめます。しかしその羽柴家も、……やがて徳川家にとってかわられ、そして新時代に至るのです」


「なに、謀反。……その後が、藤吉郎……? ……藤吉郎……」


 信長は、またも目を見開き、


「……そちの話はずいぶんと飛ぶ。やはりこれから、細かく聞かねばなるまいな。織田が亡くなったあとに羽柴とは。……いや、待て。順を追って聞こう。……そちがずっとはぐらかしておる名前は誰だ。余に謀反を起こすとはいかなるものの企てぞ。


 申せ。その名を!」


「……明智」


「なに?」


 俺は、その名前を告げた。


「明智光秀が謀反を起こします。これより4ヶ月のちに、この本能寺に上様がご宿泊されているときに、明智が軍を率いて襲撃するのです。――後世……そう、この山田、……山田俊明が生きている時代では、上様が明智光秀に殺されたことを、このように称します」


 引き戸の隙間から、夕陽が消える――


「本能寺の変、と」


 夜の世界が訪れた。

 信長はこの日、おのれの未来を知った。

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