第52話 リボルバーと 雷汞
というわけで、津島の町である。
俺とカンナは、ふたりで歩く。
「軽くて、使いやすい銃。……そんな銃、作れると?」
「まあ、作るなら短銃かな。砲身が短い銃なら、それだけ軽くなるし」
「そんな銃、作れるん?」
「短いだけなら、なんてことないさ」
短銃ならばこの時代にも存在する。
ヨーロッパには短いサイズの火縄銃が、すでに誕生しているし、日本でも、これはもう少しあとだが戦国時代の末期には馬上筒と呼ばれる、火縄銃を短くしたような銃も登場した。
だけど、それらの短銃はどれも火縄銃と同じで、1発しか発射できない。威力もそれほどではない。馬上筒など、射程は30メートルほど。殺傷距離に至っては5メートルほどだ。護身用なら使えるかもしれないが、もう少し威力が欲しい。あるいは連射でもできたら面白いのだが。
「できたらリボルバーとか、作ってみたいんだけどな……」
回転式拳銃リボルバー。
レンコン型の回転式弾倉を用いた銃だ。あれなら火縄銃より短いし、連射もできる。反動の問題も解決できるだろう。
リボルバーはグリップの形状によって、その力を上方に逃がすようになっている。映画などでリボルバーを撃った主人公が銃口を上へと向けるシーンがよくあるけど、あれは銃を撃ったときの反動のパワーが、上に向かっているためなのだ。
「りぼる、ばあ? 小さくて、連射できる銃なん? そんなの作れるん?」
「銃身やカラクリは、俺なら作れるんだけど……」
そもそも原始的なリボルバーは、すでにこの時期(1550年代)にヨーロッパで登場している。火打石を用いて火花を発生させ、弾丸を発射させるリボルバーが出てきているのだ。
ただし火打石を用いた銃は、湿気に弱く、また火縄銃より命中精度が悪い。のちの日本に火打石銃があまり普及しなかった理由は、日本の火打石の質があまりよくないとか、江戸時代に入り平和になったからというのもあるが、一番はその命中精度に原因がある。ヨーロッパでは鉄砲は、ひたすら撃ちまくって弾幕を張り、敵の行動を阻止するという運用のやり方が多かったため、命中精度はそれほど問題にならなかったが、日本は銃に命中力を求めたのだ。
「湿気に強く使いやすく、手早く連射できるとなると、やはり金属薬莢を使ったリボルバーかな」
「金属薬莢? なにそれ? っていうか弥五郎、ひとりでブツブツ言っとらんで説明してよ」
「あ、ごめん。つまりその、持ち運びできるほど小さい銃で、5発撃てて、湿気にも強くて、取り出した瞬間にバンバン撃てるのがリボルバーなんだ。それを作りたい。……ただ、作れるかどうか。理屈的には可能なんだが……」
「作るのが、難しい銃なん?」
「問題は、銃そのものよりも雷管らいかんなんだ。――リボルバーってのは、撃針が金属製弾丸の底を打つことでタマが発射される仕組みになっているんだけど、その底に、雷汞らいこうっていう、弾丸を発射するクスリを詰めた部分、すなわち雷管がないと弾丸は発射されないのさ」
「はあ。……よう分からんけど、その雷汞って、手に入らんの?」
「そのへんにあるものじゃないからな。作らないと。……そうだな……」
俺は腕を組み、じっと考え込む。
そして、言った。
「カンナ、伊勢にいこう」
しばらくして。
大橋屋敷の庭に俺とカンナと藤吉郎さん、それに大橋さんとなまず屋が集合した。
「弥五郎とやら。鉄砲はちゃんとできたのか? まさかできなかった、なんて言わないよなァ?」
なまず屋が、いやらしい笑みを浮かべる。
だが、俺はもちろんニヤリと笑い――
「もちろん、できていますよ」
と、銃を差し出した。
「リボルバーと申します。このように撃ちます」
俺は庭の中央にカカシを立てる。
そしてそのカカシに具足を着せてから、おもむろに距離を取り、リボルバーを構え――
たぁん、たぁん、たぁん!
「な!?」
「おおっ!」
「連射しおった!!」
なまず屋が、大橋さんが、藤吉郎さんが、それぞれ驚愕する。
具足には、小さな穴がいくつも空いた。
「ご覧の通り、この銃は連射できます」
と、俺は言った。
撃つたびに撃鉄を起こしているので、厳密には連射ではない。
けれど、この時代の感覚ならば、充分連続射撃といっていい。
「さすがに1発の威力は連装銃よりは弱いのですが、その分5発撃てますよ」
「やりおったのう、弥五郎。こんなもの、どうやって作ったんじゃ!?」
「銃自体は、鍛冶屋清兵衛さんと佐々さんの道具を使って、俺が自作したものです。ボロ銃と鉄を1つずつ購入し、バラし、加工して作っていきました」
リボルバーそのものは、手間こそかかれど作るのはそう難しくない(俺ならば、だが。戦国時代の鍛冶屋では当然無理だ)。21世紀においても、紛争地の人間が銃を手作りしていたりする。作るのに大変なのは、金属製の薬莢と、そしてその底に詰める雷汞だ。
まず薬莢は本来、真鍮を用いて作るのが正しい。真鍮の薬莢は、弾を発射すると膨らんで、のちにまた元に戻る。これが薬莢のための素材として優れている最大の理由だ。鉄製の薬莢は、弾丸を発射したあと膨らみっぱなしで、銃の薬室の中に張りついてしまう。その結果、銃が動作不良を起こしてしまうのだ。
しかし今回は時間もなく、真鍮を入手するゆとりもない。そこで薬莢は、軟鉄を用いて作ることにした。張りつきを防止するために、銃の薬室は大きめにした。
そして最大の問題である雷汞の製造。これを作るのは実に危険で、かつ技術が必要なことだった。――まず硫黄と硝石を合わせて燃焼させ、硫酸を作る。次に硫酸と硝石を蒸留させて硝酸を完成させた。これに、伊勢の丹生から産出された水銀を溶かし、硫酸水銀の溶液を作り出す。最後に、日本酒を蒸留させて作りあげたエタノールを一定の温度で反応させることで、雷酸第二水銀こと雷汞が完成した。
雷汞は、火炎や衝撃があればちょっとしたことで爆発する、極めて危険な化合物である。こんなブツを、戦国時代で作りあげることができるのは俺か剣次叔父さんくらいだろう。雷汞を作るのも、使った拳銃を暴発させないように仕上げるのも――自分で言うのもなんだが、俺だったから可能だ。普通も人間には絶対に無理だし、真似もしてほしくない。それくらい危ない化合だった。
だが、努力した甲斐はあったようだ。
「リボルバーはできました。お金と手間はかかりましたがね」
「な、な、なんじゃ、これは……こんな、こんなものっ……田舎のガキが……ありえぬっ……!」
なまず屋長兵衛は打ち震え、顔を真っ赤にしたものである。
ほどなくして、なまず屋はスゴスゴと帰っていった。
「わっはっは、やつのあの顔は、見ものじゃったな!」
「ふふふ、あの男、津島に店を出したいといってわたくしに賄賂を贈ってきたのだよ。一喝しようと思っていた矢先のことだった。わたくしとしても、痛快だ」
藤吉郎さんと大橋さんが、揃って笑みを見せる。俺もまた、笑った。
リボルバーを作るのに必要だった素材は〔ボロい火縄銃 10貫〕〔鉄 5貫〕〔鉛弾 40文〕〔硝石 328文〕〔硫黄 35文〕〔水銀 12貫〕〔日本酒 100文〕などだ(硝石はまた値上がりしていた。時代が火薬を求めはじめ、硝石の価格が高騰しはじめているのかもしれない)。
ボロい火縄銃1、鉄1、鉛弾5、硫黄2、硝石2、水銀1、日本酒1、これらを購入して消費。
さらに在庫の炭1と、日本酒蒸留の際の沸騰石として、小型土鍋1を砕いて消費。
土鍋のカケラはまだ残っているので、これは今後も蒸留をするときに使おうと思う。
ともあれ俺は、こうしてリボルバー1を作りあげた。かかった費用は、28貫26文だ。
「このリボルバーとやら、見事じゃのう。これほどの銃を、譲ってくれるというのか?」
「しかるべき代金さえいただければ。おいくらで買っていただけますか?」
「ふむ。単発の火縄銃が1丁90貫だからのう。5発撃てるこの銃は、450貫……。と言いたいが、威力は連装銃よりは低いようじゃし、その半分の225貫でどうじゃ?」
その値段が妥当だと思う。交渉成立。
《山田弥五郎俊明 銭 1353貫316文》
<最終目標 5000貫を貯める>
商品 ・火縄銃 1
・炭 4
「しかしこのリボルバーの弾丸。ヤッキョウ、といったか。この部分は、弥五郎少年。まだそなたしか作れんのじゃろう?」
「……おっしゃる通りです。雷汞の化合も、鉄製薬莢の製造も、俺にしかできません」
「ということは連装銃と違って、弾丸の補充も、そなたに頼むしかないわけじゃな? そうなると、この銃は確かに素晴らしいが、5発撃ったら次に使うのに、またそなたに弾丸を作ってもらわねばならぬ。……ということは、長い目で見た利便性に欠けるのう」
大橋さんは笑いながら、
「いや、悪口を言っているわけではない。リボルバーは素晴らしい発明じゃ。ただ、弾丸の補充については一考の余地があると言いたいだけじゃ」
「ごもっともです」
俺は、うなずいた。
リボルバーを作るのには、鍛冶屋清兵衛さんに手伝ってもらった。
さすが本職の鍛冶屋、リボルバーの製造自体はかなり飲み込んでもらえた。
ただ、やはり薬莢と雷汞の問題が難しい。このあたりは今後の課題になりそうだ。
しかし、俺にしか作れない銃と、その弾丸か。これは逆にいえば独占状態で儲けられるな。
ところでそれは先のこととして。
「大橋さん、試作品のリボルバーは以上ですが、どうですか。弾丸のことはひとまず置くとして、とりあえずリボルバーそのものを、もっと作っておきましょうか」
「おお、それは無論じゃ。この銃は必ず役に立つ。たくさん作っておいてくれ」
「それでは作ります! カンナ、いこう。もう一度、旅だ!」
それから俺とカンナは再び旅に出た。
リボルバーの材料を集めるためだ。
伊勢にいき、水銀を買い求め、津島に戻り、リボルバーをコツコツ作る。
そんな日々を送っていたあるとき、旅先の宿屋で、カンナが俺の部屋に飛び込んできた。
「大変よ、弥五郎。三郎さまがいくさをするらしいばい!」
「いくさ!」
そうか、もうそういう時期か。
と、俺は内心うなずいていた。
戦争が起こるのは分かっていた。
天文21(1552)年8月16日。
のちに、『萱津の戦い』と称される合戦がはじまる。
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