第7話 織田と浅井の接近

 墨俣における戦いで、斎藤家の戦力は半減した。

 が、だからといって斎藤家がすぐに弱体化したかというと、そうではない。

 1566年(永禄9年)の4月上旬、織田信長は兵を率いて木曾川を渡り、美濃国の加賀美野という場所に軍勢を集結させた。稲葉山城をいっきに落とそうというのだ。


 しかしこれは失敗した。

 信長と戦うべく出てきた斎藤家の軍団は、数こそ4000ほどだったが、なお士気旺盛しきおうせいで、しかも、


「銃刀槍を持っていやがる!」


 と、我が友、前田利家が叫んだように、かつて俺が製作した銃刀槍を、敵兵4000は完全に装備していた。


「どういうこったよ、ありゃあ!」


「どうもこうもない」


 信長は、吐き捨てるように言った。


「もともと銃刀槍は、我がしゅうと、斎藤道三に見せつけるために作ったものだ。道三はその後、『銃刀槍を何本か寄越せ』と言ってきたゆえ、余のほうから5本、あの武器を贈ったのだ」


 当時、織田家と斎藤家は同盟国で、かつ信長と道三は義理の親子だった。

 その義父から銃刀槍をよこせと頼まれたら、嫌とは言えない信長であった。


「おそらく斎藤家は、あの銃刀槍を量産したのだろう」


 こうなると、稲葉山城を攻め落とすのは難しい。

 敵はまだやる気まんまんで、武装も充分なのだから。

 信長は、ただちに引き返した。そして尾張に戻る途中、俺を呼び出して、そして告げた。


「山田。いまのままでは稲葉山は落ちぬ」


「はっ」


「考えい。……あの銃刀槍など屁でもなくなるような新兵器をな」




「新兵器、な……」


 津島に戻った俺は、自室で首をひねった。


「相変わらず、上総介さまの無茶ぶりは大したものだな」


「どうすると、弥五郎。なにか名案はあるとね?」


 伊与とカンナが、揃って話しかけてくる。

 カンナのひざの上では、娘のいつきがすーすーと寝息を立てていた。


「名案な……。名案といっても、俺の考えつく道具なんて、未来の武器か道具だから、名案というか盗作なんだが」


「またそうやって弱気なことば言う。案そのものは人から拝借したものでも、その案を実現させるあんたの手腕は大したものなんやけん、もっと自信もってやりんしゃい」


「……かな?」


 俺は、ちょっと苦笑いを浮かべた。

 なにかあるごとにネガティブになるのは、確かに俺の悪いクセだが――しかし、こいつはもう性分だな。

 と、そのときだった。五右衛門が部屋の外から「おーい、客だぞ。ここに通すぞ」と声をかけてきて、俺は慌てた。客をここに通す馬鹿があるか、別室に通せ、と言いかけて、


「いよう、弥五郎!」


「……なんだ、藤吉郎か。ならいいや」


「なんだとはごあいさつじゃな。……おっ、なんじゃ、樹は寝とるのか。せっかく猿芸のひとつでも見せてやろうと思うたに」


「よしてくれ、藤吉郎さん。あの芸は……樹は怖がる」


 伊与が真顔で言う。

 その顔があまりに真剣だったので、カンナと五右衛門は思わずニヤニヤ笑った。藤吉郎も、困り笑いを浮かべた。


「なんじゃなんじゃ、神砲衆の姫様はわしに冷たいのう。泣くぞ。くっすんじゃ」


「冗談はそこまでにしといてくれ、藤吉郎。……なんの用だ? まさか猿芸を見せに来たわけじゃないだろう?」


「おう、無論じゃ。大事な話があってきた。……ふむ、ここにいるのは汝の腹心ばかりじゃな。ならば話そう。汝ら、顔を近付けよ」


 藤吉郎が声をひそめる。

 俺、伊与、カンナ、五右衛門の4人は、藤吉郎のくちびるに耳を近付けた。


「北近江の浅井家との交渉、どうやらまとまりそうじゃぞ」


「ほう」


 俺は小さくうめいた。


「浅井と織田との提携、ついに成るか」


浅井あちらとしても利のある話なのよ。津島や熱田はもちろん、最近では木曾川水運まで手中におさめた織田との同盟話は。北近江や越前の物産を、濃尾平野に流して儲けることができるゆえな。無論、こちらも得がある。北近江や越前と交易ができる。上総介さまは北近江との交易を、弥五郎、汝の神砲衆に一任するおつもりらしい」


「ひゃあ。そらごっつい儲けになりそうやねえ、藤吉郎さん」


「じゃろ? しかし良い話はこれだけではないぞ。北近江の国友には腕の良い鍛冶屋がおるという。弥五郎、国友と提携すれば、上総介さまご命令の新兵器を作るのも、容易になるのではないか?」


 国友か……。

 史実では、室町幕府第12代将軍の足利義晴が鉄砲の製造を考えたときに、近江の守護の京極氏が「我が領内に優れた鍛冶屋がいる」と国友の鍛冶屋を推薦したとされている。なるほど、国友の鍛冶屋とつながりができれば、面白い兵器を考えつくかもしれないな。


「いい考えだ、藤吉郎。それならさっそく、国友まで足を運んでみるか」


「おう、そんなに早くか。まあよい、善は急げじゃな。……しかし仮にも浅井領の国友じゃ。いきなり我らが乗り込んでいっては、揉め事に発展せんとも限らんぞ」


「それならたぶん大丈夫だ。浅井家中にひとり、知り合いがいる。そっちを通してみよう」


 そこまで話して、俺は思わずニヤリと笑った。


「藤吉郎にも紹介するよ。その知り合いは、竹中半兵衛という男さ」

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