第37話 信長、日野城へ。そして

 和田惟政さんは、ニタリと笑うと棒手裏剣を次々と投げまくり、落ち武者狩りの連中を倒し、また追い払った。


「和田さん! どうしてここに……」


「山田うじから、上方に甲賀忍者を貸してくれと言われてから、どうも胸騒ぎがいたしましてな。そこでそれがし自身も上洛したところ、明智が謀反を起こしたと聞いて――急ぎ、甲賀への山道を走ったところ、こうして出くわしたというわけでござる。少し予定より遅れ申したが、それがかえって良かったかもしれぬ。……」


「和田伝右衛門」


 信長が、和田の顔を見つめる。

 和田さんは、片ひざを地面に着けた。


「織田様、お久ししゅうございます」


「そちは、生きておったか」


「生き恥を晒しておりまする」


 和田さんはかつて、信長の怒りを買い、織田家から追放された身だ。その後、死んだことになっていたのだが――


「死んだと思った人間が生きていたなど、よくあることだが。……どうやら、山田が匿っていたようだな」


 信長はじろりと俺を見た。


「織田様、確かに山田うじには助けられ申した。しかし拙者はその後、匿われていたわけではなく」


「もう良い! ……黒田松寿丸の件といい、余は本当によく家来に出し抜かれるわ」


 信長は、眉宇を険しくさせた。

 やはり和田さんが生きていたことが不愉快だったのか。――と思ったが、


「和田。山田。本来であれば叱るところだが、余を助けた手柄につき、すべて不問にいたす」


「おおっ」


「上様!」


 俺と和田さんは思わず笑顔になった。


「和田伝右衛門。甲賀への道を案内いたせ。それから日野にも向かう」


「承知仕った!」


 和田さんは、改めて平伏したあと、すぐに立ち上がる。

 良かったな、和田さん!


「急ぎ参りましょう。山中は夜になると歩けませぬ。日のあるうちになるべく歩かねば」


「もっともである。では参ろうぞ。……奇妙、そちもそろそろ立ちあがれ――奇妙?」


 ずっとうずくまっていた信忠に、信長が声をかける。


 信忠からの返事はなかった。ぴくりとも動かない。


 まさかと思い、俺は慌てて信忠の身体に向かって駆け寄り、「御免」と言ってから身体を触る。


 わずかに冷たい。

 そして皮膚の柔らかさが、不自然だ。

 人形を触っているような違和感。これは、


「……上様。……殿様が」


「…………」


 信長はしばし呆然としてから、


「で、あるか」


 わずかに震えた声で、そう言った。




 信忠は、もともと怪我をしていたところへ、無理な行軍。


 そこへ和田さんが助けに来たことでほっとして、気が抜けて、亡くなったのだろう。と、俺は推測したが――


 その推理を口にしている余裕もない。

 俺は和田さんと共に、信忠の遺体を簡易に埋葬し、遺髪のみを切り取って信長に渡した。


 それから俺たちは無言で甲賀へ向かう。

 和田さんの先導のおかげで、落ち武者狩りにも山賊にも遭わず、獣にさえ出くわさずに進むことができた。


「山城と甲賀の間の道は、それがしにとって庭のようなものでござる」


 と、和田さんは豪語したが、それはそうだろう。

 あの足利義昭がまだ京の都にいたころ、和田さんは幾度となく、甲賀と山城を行き来していたのだから。




 やがて甲賀の里にたどり着くと、俺たちの数は、和田さんの連れてきた甲賀忍者まで含めてじつに67人にまで減っていた。しかもその67人のうちの大半は疲れ切っていた。和田さんは甲賀の里に頼み、寝床と食事を用意させた。俺も信長も、そして他の兵たちも、到着した日の夜ばかりはひたすらに食い、そしてある屋敷の奥で心行くまで眠りこんだ。


 俺が目を覚ましたのは、翌日の、すでに夕方であった。


「20時間近く眠っていたのか……」


 こんなに眠り込んだのは久しぶりだが、それだけ疲れていたのだろう。

 それから所持品を確認する。


「銃も火薬もない。銭は永楽で600文。武器は脇差のみ。ここまで使い切っていたか」


 こんな状態で甲賀の里にいると、昔を思い出してしまう。

 と同時に、甲賀ならば炮烙玉や火薬、爆薬の類があるはずだと思い、すこし気が楽になった。


「和田さんに頼んで、火薬を貰っていくか」


 独りごちながら、屋敷の奥に進んでいく。

 すると、一室から信長と和田さんの声が聞こえた。

 俺は一声かけて、入室する。


 信長が、甲高い声で言った。


「起きたか、山田。……和田から聞いたが、都の周りはすでに明智の兵でひしめいておるらしい」


「それがし自身が見たわけではござらぬが、里の者から聞く限りでは、実に都から安土まで明智の手のもので埋まっておると」


「すでに安土まで……」


「まっすぐ安土に向かえば、敵に見つかりやられるだけでござる。ここはやはり、日野城に向かい、蒲生どのと合力するのが上策かと」


「もっともです。すぐに向かいますか」


「いまから里を出れば夜の山道を進むことになる。兵もまだ疲れておる。今日はこの里で休息しつつ、武具を用意してから日野へと向かうのだ」


 信長が説明した。

 俺は「はっ」とうなずいた。


 気持ちだけでいえばすぐに安土に向かいたい。情勢が気になるし、なによりも、……伊与とカンナ、それに安土にいるあかりのことが気になるからだ。あの3人ならば、まずたいていのことは切り抜けてくれるはずだが――


 それと、五右衛門と次郎兵衛も。

 無事でいてくれるだろうか。

 あっちには秀吉がいる。まず間違いはないと思うが……。


 それにしても。

 本能寺の変を防ぐつもりが、ずいぶん妙な流れになってしまった。

 信忠も守ることができなかった。悔やんでも悔やみきれない。明智光秀がまさかこんな形で動くなんて。


「いや、まだだ」


 和田さんといっしょに信長の御前から退出したあと、俺は空を見ながらまたつぶやいた。

 信長がまだ生きている。俺もまだ生きている。後悔している場合じゃない。


 やるべきことが残っている。

 命がけでも信長を守り抜き、明智を倒すのだ。

 いま俺のやるべきことは、それだ。


「和田さん。ありったけの火薬や弾薬をくれませんか。他にも武器や防具があったら、それも見せてください」


 できる限りの準備をするのだ。




 翌朝。

 装備や準備を整えた俺たちは、甲賀の里の忍びも加えたおおよそ100人の集団となって日野城へと向かっていった。


 信長はすでに、具足姿である。

 それも南蛮風の胴を着用した――まるで南蛮人のようないでたちだった。


「山田。そちの作ったこの具足は、着心地がいいぞ」


 信長はニヤリと笑った。

 俺は笑ってうなずいた。


 いま信長が着ている具足は、甲賀の里にあった古い具足に、俺が鉄製の胴をつけて改良を加えて作った南蛮風具足である。鉄で胸元を覆った逸品で、信長の防御力を必ず高めてくれるはずだ。


 信長といえば南蛮。

 南蛮風の鎧やマントを着ているイメージがある。

 だが南蛮風の具足が日本にもたらされたのは、確実に分かるところでは天正16年(1588年)とされている。つまり信長は南蛮風の具足を着用する機会など、なかったのだが――いま、この俺が製造した。


 背の高い信長が、南蛮風のいでたちをしているのは実に似合っていた。

 これこそ大将、という雰囲気は、軍団の士気も上げてくれることだろう。


「昨日のうちに」


 その信長が、小さな声で俺に話しかけてきた。


「伊勢の三介(織田信雄)に使いを出した。信長生存。ただちに兵を率いて日野まで来い、という知らせだ」


「おお、三介様に」


「三介の兵の多くは、大坂の丹羽のほうに送っていたゆえ、数はそうおらぬ。とはいえ、1000は率いてこられるはずだ。これに日野城の蒲生と合わせれば、おおよそ1500。小勢であるが、小勢なりの戦ができる数となる」


「ごもっとも。……ここに西から来る藤吉郎と力を合わせれば、明智を必ず打ち倒せましょう」


「うむ」


 信長は力強く、首肯した。




 早朝に甲賀を出て、あたりに気を配りながら進む。

 そして俺たちが日野城に到着したのは、その日の夕方であった。


「おぬしらは誰じゃ。ここは誰も通すなと言われておる!」


 日野城の門番は、最初、俺たちをうさんくさげに眺め、さらに槍まで突き出してきた。

 そこで信長は、みずから一歩前に出て、


「余は織田信長である。蒲生に会いに来た。ただちにここを通せ」


 と主張したが、門番たちは互いに顔を見合って、


「信長ぁ? 馬鹿を言うな、上様がこんなところに来られるはずがない」


「そうじゃ。上様は京の本能寺でお亡くなりになったんじゃ。でたらめを申すな」


 やはり情報が錯綜している。

 信長は本能寺で亡くなったという話になっているのか。

 それにしても、信長がみずから出てきたというのに門番たちはまるで信じようとしない。信長は一度、激しく舌打ちして、「蒲生を呼んで参れ。それですべて分かるはずじゃ!」と、怒鳴りつけはじめたが、そのときである。


「……おや?」


 門番のひとりが、俺の顔を見て、


「おやおやおや。あなた様は、ひょっとして山田弥五郎様では?」


「ああ……いかにも俺は山田弥五郎だが」


「やはり、そうでございましたか。……ああ、以前、殿様が鉄砲作りのときにあなた様にご指導いただいたとき、それがしは隣にいたのですよ。大変申し訳ありませんでした。……大丈夫、こちらは織田家の山田弥五郎様じゃ!」


 門番がどうやら、俺の顔を知っていたらしい。

 他の兵たちに、俺のことを紹介してくれた。――と同時に、門番たちは顔を青くして信長の顔に目をやると、


「……すると、こちらの方は紛れもなく……う、うえさま」


「も、申し訳ございませぬ! それがしども、上様の顔も存ぜぬがゆえに――」


「……ああ、もう良い。むしろ、胡乱うろんな輩どもが100人も来たのに、城内に通そうとせぬその働き、健気である。……それよりも、はよう蒲生を呼んで参れ」


「ははっ!」


 門番のひとりが慌てて城内に入っていった。

 やがて10分と経たぬうちに、蒲生賢秀がもうかたひでさんと、もうひとり、凜々しい顔の若武者が登場した。


「上様っ、まことに上様でございますか! よくご無事で!! おう、山田どのまで!! よかった、本当にようござった!」


「おう、見ての通り、無事だとも」


「蒲生さん、お久しぶりです。なんとか生き延びましたよ」


 信長と俺の顔を見て、蒲生さんは顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。


「父上、だから申したではありませんか。上様は絶対に生きておられると。この忠三郎ちゅうざぶろうの舅様なのですから!」


「そうか、忠三郎は余が生きていることを信じておったか。はっはっは、愛いやつじゃ!」


 信長は久しぶりに、朗らかな笑顔を見せてくれた。

 忠三郎、といったな。しかも信長のことをしゅうとと呼んだ。

 ということは、


「おう、山田は初めて会うか? ここにいる若武者は、蒲生忠三郎がもうちゅうざぶろうと申してな、余の娘を妻とした男よ。若いが良き武将じゃ」


「蒲生忠三郎でございます。山田どののご活躍は父上からもうかがっております。以後、お見知りおきくださいませ」


 蒲生忠三郎は、丁寧に挨拶をしてくれた。俺も挨拶の言葉を返した。

 この若武者は蒲生氏郷がもううじさとか。信長の娘婿で、力量のある武将だ。


「蒲生。現状を余に知らせてくれ」


 日野城の奥に向かう、俺、信長、蒲生父子、そして和田さんの5人。


「はっ。それがしども、安土城を守っていたところ、上方で明智が謀反を起こしたという知らせが飛び込んで参りました。明智軍はすぐに安土にも兵を送り込んできたので、それがしは一戦交えるかどうか悩みましたが、安土城は籠城向きの城ではなく、戦上手の明智軍とやりおうたところで無駄死にになるだけ。そう思ってそれがし、上様の女房衆や、安土の兵を引き連れて、日野城に逃げてきたのでござる」


「明智は戦上手。戦っても勝てなかったであろう。それでよい」


「はっ。その後、この日野城で戦の支度をしながら、様子をうかがっておりましたところ、つい先ほど、伊賀の山越えをしながら三河を目指している徳川様からふみが参りまして」


「ほう、竹千代から! なんと書かれてあった?」


「『その城を守るのはもっともなことです。上様の御恩を忘れず、必ず明智光秀を討つべきです』と……」


「竹千代の健気なことよ」


 信長は目を細めた。

 家康は伊賀越えを果たしたあと、光秀打倒のために軍を率いて京を目指す。

 そのことを信長は知っているはずだが、蒲生さんの口から改めて聞いて、感じ入るものがあったのだろう。


 信長は廊下の途中で立ち止まり、蒲生氏郷のほうを見て、


「忠三郎。竹千代は必ず三河に戻る。……いまから三河に使いを出せ。信長は生きておる。共に力を合わせ、逆賊明智を討とう、と」


「ははっ!」


「さらに、大坂の丹羽と、備中の羽柴にも使者を出せ。信長に合力せよ。明智を討つ、と。……そしてもうひとつ。伊勢の三介にも使いを出す。父は生きておる。ただちに全軍を率いて日野に参れ、と」


「ははぁっ!」


 信長はてきぱきと指示を下した。

 蒲生氏郷もそれに応える。氏郷は、信長の命令が終わったと知ると、すぐにその場から立ち去っていった。


 さらに信長は、蒲生さんと和田さん、そして俺を順番に見て、


「蒲生。城内にある米と銭をありったけ用意せい。和田は甲賀忍びをいつでも出せるようにしておけ。山田は蒲生と共に、城内にある鉄砲を準備し、いつでも戦える状態にしておくのだ」


「承知いたしました!」


 こうして俺と蒲生さんは、日野城内にある鉄砲と火薬、爆薬を準備する動きにかかった。

 城内の物置に向かって、2人で移動するのだが、そのとき蒲生さんが言った。


「山田どの。上様のことばかりで伝えられずに申し訳ない。おぬしの女房たちも、無事にこの城の中にいるぞ」


「伊与とカンナも!? それを早く言ってくださいよ!」


「いやいや、すまない。鉄砲のことはそれがしが手配するゆえ、顔だけでも見てきたらよい」


「そうさせてもらいます」


 俺は蒲生さんから伊与たちがいる場所を聞いて、城の奥へと向かった。

 すると、奥にあった一室の中には女性たちが――信長の女房衆だろう――詰められていて、その中には確かに、伊与とカンナ、それにあかりの姿があった。


「伊与、カンナ。あかり!」


「俊明!」


「弥五郎!」


「山田さま!」


 3人が、俺のところへ駆け寄ってきた。


「3人とも、無事で良かった」


「あんたもよ。上様といっしょに行方知れずになったゆうけん、心配しとったばい」


「神屋さんたちは、船で堺に向かい、そのままいったん博多に戻った。心配するな」


「ああ、それでいい。……よし、みんな無事だったな。よかった、よかった……」


「山田さま。上様はご無事なのですよね? 生きておられるのですよね?」


「ああ、大丈夫だ。怪我もしていない。生きているぞ」


「皆々様。上様はご無事だそうです。生きておられます!」


 あかりが、部屋にいる女性たちに声をかける。

 すると彼女たちは、わっと顔を明るくさせて声をあげた。


 信長生存!

 その事実がなによりも彼女たちを元気づけたようだ。


「俊明。これからどうする?」


「上様はこれから兵を集め、明智と一戦なさるおつもりだ。俺も当然、それについていく」


「だったらあたしもやらないかんね。明智を倒さんと商売もできん。……変が起きてからたった数日なのに、このへんには山賊が出るわ追い剥ぎが出るわ関所が閉じるわ、商人たちも『先行きが不安』ゆうて怖がって、ものを売り買いしてくれんくなるわ、もう散々なんよ」


「安土から日野に来る途中、百姓と話したが、永楽銭を出しても米を譲ってくれなかった。また乱世に逆戻りかもしれんから、いまは銭よりも食べられる米じゃ、ということだ」


「そうか……」


 ここ数十年かけて、俺や織田家が築き上げたものが、瞬時に崩壊してしまったのを感じた。

 安心して銭のやり取りができる、ものを売り買いできる、という流れが、いま断ち切られようとしている。


 明智を倒すしかない。

 日本のためにも、信長のためにも、俺たちのためにもだ。


「伊与、カンナ、あかり。手伝ってくれ。明智征討軍の準備をするぞ。逆賊光秀はなんとしても俺たちが倒す!」




 ここで俺は、というか俺たちは、明智光秀を倒すために動きたかった。

 だが――


 信長の計算では、日野城の兵、甲賀忍び、さらに織田信雄の軍勢を加えて、おおよそ4000。


 この数をもってまず安土を奪還し、さらに西にいる羽柴秀吉と丹羽長秀、三河からやってくる徳川家康と合流し、明智軍を木っ端微塵に粉砕するつもりであった。


 ところが、である。

 来なかったのだ。

 織田信雄の軍が。


「遅い。伊勢からここまで来るだけで、なにをまごついておるか」


 信長は苛立ち、さらにもう一度、伊勢に使いを出す始末。

 すると、さらに2日経って、ようやく織田信雄の軍勢が動いたという知らせが入り、そして翌日、日野城まで信雄はやってきた。


「父上。まことに父上でございますか?」


 日野城に入った瞬間、信雄は謝罪もせずに、まずそのことを口にした。


「ああ、間違いなく父上……。す、すみませぬ。この信雄、父上が生きているという知らせが信じられず、敵の策略ではないかと思い、軍を動かせませんでした――」


「言い訳はよい! ……動きが鈍い。鈍すぎるぞ、三介! 余の生存が虚報だと思うのならば、なぜそれを自分で確かめようとせなんだか。日野に使いを出すもよし、忍びを放ってみるもよしだ。それもせずに、ただ伊勢でグズグズしているだけとは――」


「も、申し訳ございませぬ!」


「もう良いわ。……三介、軍を寄越せ。これより余が総大将を務める。そちは副将として余のそばにおれ。良いな」


「は、ははっ!」


 俺は信雄を初めて見たが、噂に違わず、武将としての力量はあまりないように見えた。

 信長の言う通り、この緊急事態にしては行動が万事、遅すぎる。のんびりしすぎている。


 信忠だったら、こうはならなかった。

 むしろ信長に代わって自分が総大将をやる、くらいのことは言ったかもしれない。

 織田家は本当に惜しい後継者を亡くした。


「……よし」


 信長は、信雄から軍配を取り上げると、


「では、これよりただちに安土に向けて進軍する。明智の本陣はまだ都にいるとの知らせゆえ、安土周囲には小勢しかおるまい。余がみずから蹴散らしてくれる。いくぞ、者ども!」


「「「おおっ!!」」」


 信長の号令に、俺も、蒲生父子も、和田さんも、伊与もカンナもあかりまでもが手を挙げたものである。




 日野から安土まではすぐだ。

 少人数の旅ならば、陸路でも1日あればつく。

 軍勢を率いてゆっくりと進んでも、2日あれば必ずつく。


 信長は、声こそ高らかだが心は冷静で、織田軍4000を進ませながらも、甲賀忍びをあたりに放ち、伏兵の存在に気を配っていた。……明智の伏兵にしてやられた反省を活かしているようだった。


 けっきょくその日の夜は、日野と安土の中間地点で夜営することになったのだが、そのときである。


 足軽が、織田の本陣にひとり、飛び込んできた。


「申し上げます、申し上げます。羽柴筑前守さまの使いが参りました」


「羽柴の? ……通せ!」


 信長が叫んだ瞬間、本陣に入ってきたのは――

 本陣に詰めていた俺と伊与は、揃って「あっ」と叫んだ。


「「五右衛門!?」」


 そう、秀吉からの使者としてやってきたのは、五右衛門だったのだ。

 五右衛門は息を切らしながら、俺と伊与をちらりとだけ見たあと、信長に向けて叫んだ。


「申し上げます。備中より戻ってきた羽柴筑前守様の軍勢が本日、山崎にて明智光秀の軍と衝突。これを打ち破りましてございます! 明智軍は散り散りになって逃亡しており、……明智光秀本人もまだ、逃亡中とのことでございます!」


「羽柴が!? ……やつめ、やりよったか!」


 信長は甲高い声をあげた――

 秀吉が明智光秀を倒した。あいつ、さすがだ。やってくれた。

 大筋の歴史通りとはいえ、秀吉が明智を倒したと聞いて、俺は嬉しく思った。


 だが同時に。

 俺は五右衛門が発した最後の言葉が気になっていた。


 明智光秀本人は、逃亡中……?

 まだ、仕留め切れていない。

 戦いはまだ、終わっていないってことか……!?


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