第28話 奮闘、信長軍

「それ、かかれ、かかれ!」


 信長の大音声が、桶狭間山に鳴り轟く。

 空は、いつの間にか青々と晴れ渡っていた。

 勢いを帯びた信長軍は、鉄砲を放ち黒煙を上げ、押しに押して押しまくる。


「殿様に続けえ! 織田上総介さまに続けーぇっ!」


 どこかで藤吉郎さんの声もする。

 荒れ狂った戦場の中においてさえ、信長と藤吉郎さん、おふたりの声はよく聞こえた。


 そして俺は――

 俺たち神砲衆は、




 たーん、たーん、たーん、たーん!




「次」


「はいな」




 たーん、たーん、たーん、たーん……!!




「次っ」


「はい、これ」


 俺は鉄砲を次々と放ち、弾切れになった瞬間、隣に控えていたカンナから、また新しい銃を貰って撃ち放つ。連続射撃を続けていた。

 俺だけじゃない。神砲衆の中で、鉄砲の扱いが達者なものたちはみな、俺と同様に銃弾を撃ち放つ。そのたびに今川軍の一部が崩れ、後ろに向かってどっと倒れた。そのすきに、


「いまだ、敵を崩すぞ!」


 伊与が、五右衛門や次郎兵衛ら、接近戦が得意なものを従えて、敵軍に向けて襲いかかった。

 そのタイミングの絶妙なこと。今川軍が砲撃で混乱したその瞬間に、伊与たちは攻撃を開始したのだ。今川軍は、いよいよ崩壊を始める。


 そして崩れははじめる今川軍の中。

 はるか奥のほうで朱塗りの輿が放り出されるのがかすかに見えた。……あれはなんだ?


「あれは、今川治部の輿だ!」


 目のいい五右衛門が大声で叫んだ。

 俺も、怒鳴り返す。


「治部の輿だと!?」


「間違いねえよ。うちは昔、あんたと藤吉郎さんを助けるために今川屋敷に忍び込んだことがあっただろ? そのとき、確かに見たことがある!」


 駿河に向けて旅をしていた、あのときか。

 五右衛門が言うなら、まず、間違いないだろう。


「上総介さま!」


 俺は慌てて、近くで戦っていた信長のところへ駆け寄ると、


「ご覧ください。あの朱塗りの輿は今川治部のものです。治部はあのあたりにいるに違いありません!」


「で、あるか!」


 信長は、即座にうなずき、


「者ども、聞いたか。あの朱塗りの輿を目指せ。今川治部の旗本はあれだ。あれにかかれ!」


 すでに時刻は、太陽が中天にのぼっているころだった。

 真夏のような暑さの中、信長軍はいっせいに、今川義元の旗本部隊に向かっていく。


「うつけどもめがっ!」


 どこか遠くで、義元の声が聞こえた。くそ、なんとか義元を倒さないと……。

 桶狭間はいよいよ乱戦だ。敵味方が激しく入り混じり、弾丸や弓矢が飛び交って、槍や刀がチャンチャンバラバラとぶつかり合いまくる金属音が響きとどろく。


「今川治部、どこだ! どこにいる! ブッ殺してやるぜ!」


 誰かが叫んでいる。

 いまのは滝川さんの声だと思うが――あちらもご活躍のようだな。


 しかし信長軍も、安泰ではない。


「太守様! 加勢に参りましたぞ!!」


 これまた、どこかで声がした。

 今川方に、援軍が来たらしい。


 もともと全体の数で劣る信長軍だ。

 長引けば敵の援軍がやってきて、不利になる。

 奇襲の効果もそろそろ切れる。早く義元を倒さねば……!


「者ども、バラバラになるな。余のもとに集え。一丸となって治部を討つぞ!」


 信長も、長期戦の不利を悟ったらしい。

 近くにいた兵を集めて、一気に義元を倒そうとしているようだ。それがいい。異論はない。


「伊与、カンナ。俺たちも殿様のところへいくぞ――」


 と、吼えたそのときだった。


「伏せろ、俊明!」


「うっ!?」


 伊与の声に反応した俺は、とっさにその場に突っ伏した。

 すると、コンマ何秒前まで俺がいた空間を、弾丸が飛び抜けていく。


「あ、あぶねえ……!」


「弥五郎、あそこばい、あそこのやつが撃ったとよ!」


 カンナが、叫んだ。

 俺は飛び上がり、彼女が指差すほうを見る。

 すると、そこには、見覚えのある顔があった。


「石原甚兵衛!」


 そう、かつて三河で俺がドジョウのいたずらをしかけ、そして今川屋敷で俺と藤吉郎さんを捕らえたやつが、俺のほうにパームピストルを向けていたのだ。


「針商人梅五郎、いやさ山田弥五郎。いまの銃撃をかわすとは運のいいやつめ!」


「石原ぁっ!」


 かつて俺たちを苦しめ、信長を撃ち、いや元はといえば三河の民を苦しめていた男!

 まさにここで会ったが百年目ってやつだ!


「お前は、俺が討ちとる!」


 俺はリボルバーを構え、石原甚兵衛に銃口を向けた。


「来るか、こわっぱ!」


「いくともさ!」


 だんだん、だぁん!

 リボルバーの引き金を引き、弾丸を何度も発射する。

 石原甚兵衛、こいつをで倒したい。倒して、義元の輿のところへいくのだ。


 しかし弾丸は命中しない。石原の前にいる、今川の兵士たちに当たっていく。

 敵の援軍が次々とやってくるのだ。くそっ、どけ。どいてくれ! 俺がやっつけたいのはお前らじゃないんだ!


「ぐはははっ、山田弥五郎! 命運尽きたな! これまでだ!」


「くっ!?」


「俊明!」「弥五郎!」


 石原甚兵衛が、雑兵を盾にしながら(なんて戦法だ!)突っ込んでくる。

 そしてパームピストルの照準が俺に当てられる。


 まずい、これはやられる!?

 そう思った。――だがそのときだった。




 ずんっ!




 どこからか、槍が飛んできた。

 そしてその先端が、石原甚兵衛の右手を切断する。

 槍は、そのまま地べたに突き刺さった。


「お?」


 石原甚兵衛はなにが起こったかよく分からないという顔をした。

 しかし5秒と経たぬうちに、痛みに耐えかねたのか、やつは絶叫した。


「う、おおおおおおっ!?」


 そんな石原甚兵衛の前に……

 槍を投げつけたその人物が登場した。


「たかが片腕をなくしたたけで、侍がピーピー鳴くんじゃねえよ」


「無理もあるまい。貴様の槍をまともに食らったのだからな」


「おっ、親父どの。そう言ってくれる? へへへ、槍の又左は伊達じゃない、ってな」


 ……そう。

 槍を遠くから投げつけて、俺を救ってくれたのは、前田利家さん。

 そしてその横にいるのは柴田勝家さんだった。


「前田さん、柴田さん!」


 俺はお二人に駆け寄った。


「ご無事でしたか!」


「ご無事でしたか、はこっちのセリフだぜ。山田弥五郎ともあろうものが窮地だったな」


「……まあ見ての通りだ。柴田権六と前田又左衛門。共に五体満足。ゆえにこの場に加勢に参った」


「ええ、本当によかった! お二人ともどこにおられたのですか。心配してましたよ」


「そこまで心配してくれてたのか、嬉しいぜ。だが山田、積もる話はいくさに勝ってからだ」


 前田さんは冷静に言った。

 もっともである。俺はうなずいた。


「おおおおお、おおおお、おお――、お、うおっ!?」


 なお苦しみの声をあげていた石原甚兵衛。

 しかしやつは、その場に倒れ、どさりと崩れた。絶命している。


 信長がそこにいた。

 手には、血塗られた太刀を持っている。

 彼がみずから、石原甚兵衛を斬ったらしい。


「権六、よく来た。そして又左。……なぜ参った。そちは織田家の出仕を解いた身のはずだ」


「へっ。……もともとオレっちはカブキ者の槍の又左っすよ。いくさ場に現れて勝手に喧嘩をしているだけさ」


 前田さんは、信長に向けて軽口をたたく。

 信長は、表情を変えない。ただ一言。


「その話は、すべてが終わってからだ。いまは」


 信長は、はるか遠くに見えている、今川義元の旗本に目を向けた。


「今川治部を討ち取る。そのことだけを考える」


「左様ですな。まずはあの大将を倒さねば!」


「藤吉郎さん……」


 気が付けば、この場には主だったメンバーが結集していた。

 信長をはじめ、藤吉郎さんに柴田さん、前田さん、佐々さん、滝川さん、丹羽さん、そして俺たち神砲衆に津島衆まで。


「ゆくぞ、者ども」


 信長は、太刀を構えて咆哮した。


「余に遅れを取るな。義元を討つ!」


「「「「「「ははあっ!!」」」」」」


 信長以下、織田家家臣団はこのとき、確かに一丸となっていた。

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