第35話 青山聖之介という男

 というわけで、俺は津島で米100を仕入れた。

 これで600文かかった。



《山田弥五郎俊明 銭 65貫974文》

<最終目標  5000貫を貯める>

 商品  ・火縄銃   1

     ・炭    11

     ・早合    2

     ・小型土鍋  1

     ・米    115



 この交易じゃそんなに儲からないと思うけど、最初だからな。

 それに俺が大樹村から連れてきた馬だけじゃ、たくさんは運べないし。

 そのうち、また馬を買おうか。それとも物資を運ぶ道具を自作しようか。悩むところだ。

 というわけで、焙烙玉の売上が入った翌日、俺とカンナは熱田へ向かった。

 この旅には、あかりちゃんもついてきた。


「熱田に親戚がいて、届け物をしたかったんです。いつもはお母さんが行っていたんですけど、今回はわたしが行くってことになって」


 あかりちゃんは、なんだか楽しげである。


「あの、わたし熱田に行くのも初めてで、心細くて。だからお兄さんたちが熱田に行く用事ができて、よかったです!」


「まあ、旅は多いほうが楽しいからね。……ただ」


 俺は、じろりと『彼』を見つめた。


「次郎兵衛さんは、なんでついてきてるんだっけ」


「やだなあ、アニキ。あっしの仕事は尾張の調査ですから。そりゃ尾張を巡る旅なら同行するッスよ。アニキ」


「アニキはよしてください、次郎兵衛さん」


「やだ、さん付けなんて他人行儀な。呼び捨てでお願いしますよ、アニキ!」


「…………」


 甲賀の里の次郎兵衛は、なぜか俺をアニキと呼ぶようになっている。

 なんでこうなったのかよく分からん。俺に一目置いているのは確かなようだが。


「まあ、次郎兵衛は忍者やし、護衛としておってもいいっちゃない?」


「さすがカンナのアネキ。話せるゥ!」


「アネキはやめて。アネキは」


 カンナが真顔で次郎兵衛を拒否する。俺の気持ちが分かったか。

 ともあれ、こうして俺、カンナ、あかりちゃん、甲賀の次郎兵衛4人は熱田ヘ向かった。




「ふわあ……」


 あかりちゃんがびっくりしたような顔を見せた。

 熱田の市場は、津島とはまた別の活気に満ちていた。


 津島は、商人が店舗を構えて大々的に商売をやっていることが多い。

 しかし熱田は、小さな店や露店商がずらずら並んでいて、まるでお祭りのようだった。

 しかも、売られているものは妙なものが多い。欠け茶碗やら錆びた南蛮時計やら、誰が買うのかというものが、3文やら7文やら捨て値で販売されている。武器も売られていたが、錆びた槍やらツルが切れた弓やら、ひどいのになると、なんと折れた竹光まで売られていた。誰が買うんだ。


「鉄砲まで置いちゃあやん……。しかもたったの800文!?」


「竹竿を黒く塗ってるだけだぞ、あれ。インチキだ、インチキ。……あ、あっちの鉄砲は本物……うわ、ボロボロだな。使えないだろ、あれ」


「アニキ……あっし、いま、ケツ触られたッスよ……どうして……なぜ……」


「あの。……わたし、なんだか怖いんですけど。お兄さん、わたしの側についててくれますか……?」


 あかりちゃんは、なんだか不安げである。

 ――とにかく、変わった空気に、俺たちはそれぞれの形で飲まれた。

 熱田門前市……こんなディープな市場だったとは。

 米を売るだけでも一波乱の予感だぜ……。




 その後、あかりちゃんを親戚の家まで無事に送り届けた俺たちは、続けて米屋さんへと赴いた。

 さすがに米屋は露天商じゃなく、ちゃんとした店を構えていた。


「こういう場所では、米屋さんもきっとヤバいッスよ」


 と言ったのは、次郎兵衛だ。


「ナメられないように、ガツンといくんスよ。というわけで、たのもーお!」


「はい、いらっしゃいませ」


 次郎兵衛の気合と裏腹に、のんびりした人のよさそうなおじいちゃんが登場した。

「あら」と、次郎兵衛は拍子抜けしたような顔になる。


「……あ、あの。米115を売りたいんスけど」


「はい、分かりました。いまこの町の相場が米1につき17文なので、合計で1955文になりますが、よろしいでしょうか」


「は、はいッス。お願いします」


「ではお取引成立で。ありがとうございます」


 ……米115をすべて引き渡し、1955文。

 1貫995文を手に入れた。


「え、えーと。……ッス……」


「? お客様、なにか」


「あ、いえ。なんでもないッス。えへへ。どうもお疲れしたー……」


 次郎兵衛は、ヘラヘラ笑いつつ引き下がろうとして――


「「待った」」


 と、俺とカンナのふたりから止められた。

 俺たちふたりは、次郎兵衛の持っている銭、1955文をしげしげと見る。

 そして――米屋のじいさんに向けて、言った。


「米屋さん、ふざけちゃいけない」


「このお金の中。……悪銭が何枚も混ざっとるやん」


 悪銭。

 それは現在、日本で事実上の通貨とされている永楽銭でなく、日本各地の業者が勝手に作ったりした、質の悪い銭のことだ。

 永楽銭に比べて、価値はいちじるしく低かったり、あるいはそもそも無価値だったりする。


 戦国時代の商人は、永楽銭1000枚の中にちょっとだけ悪銭を入れたりして、ごまかそうとする人間も多くいたという。

 俺はそれを知っていた。……こういう空気の町ならば、あるいはそういう事件も起こるかもと、警戒していたのがよかったようだ。俺は米屋が支払った銭の中の悪銭を、ちゃんと見抜くことができた。

 そして、カンナも。


「おじいちゃん、これじゃあたしらはお米を売れんよ。ちゃんと永楽銭ばよこさんね」


「そういうことです。正当な取引を、よろしくお願いします」


「な、なんじゃ、あんたら。……若いくせに、生意気な」


 米屋は、急にこわい顔をした。


「優しくしてやればいい気になって。……悪銭がなんじゃい! その中のほとんどはちゃんとした銭じゃろうが。それをブーブーと文句垂れるか、このガキどもッ――」


 米屋は、本性をあらわした。

 ふところから、短い刀をすっと取り出す。

 ヤバい。こいつはマジだ。俺はカンナをかばうように立ち、背中の火縄銃を引き抜いて――



「だああああああああああああああッ!」



 そのとき。

 次郎兵衛が叫んだ。


「アニキに恥ぃかかせちまったああああああ! アネキに手間ぁかけさせちまったああああああ! あっしはダメな忍びだあああああ、ごめんなさい、ごめんよう、アニキぃいいい!」


「お、おい、次郎兵衛、落ち着け!」


「そ、そうよ、別に手間なんかアンタ――きゃあっ!」


「ま、待て、暴れるな。店が壊れる。分かった、わしが悪かった。金は払う、払うから――」


「だあああああああああああああああああああ!!」


 次郎兵衛の、号泣大暴れはしばらく続いた。




「……大変でしたねえ」


 熱田からの帰り道。

 あかりちゃんは気の毒そうに言った。


「わたしがいない間に、そんなことがあったんですか」


「あったんだ」


「あったとよ」


「……面目ねッス」


「……で、でもまあ、それでお金がちゃんと手に入ったならいいじゃないですか。ねっ」


「……まあ、そうだけど。……疲れた」


 こんなに疲れてしまうとは。

 熱田との交易は、しばらくゴメンだな。

 ……だけどまあ。あの雑多な空気、嫌いじゃなかったけどな。



《山田弥五郎俊明 銭 67貫929文》

<最終目標  5000貫を貯める>

 商品  ・火縄銃   1

     ・炭    11

     ・早合    2

     ・小型土鍋  1



 俺たちが津島へと戻ってきたのは、夕方のことだった。

 俺たちは身を寄せ合って、『もちづきや』へと向かっていく。

 すると。


「あれっ、弥五郎。もちづきやの前に人がおるばい」


「あ、ほんとですね」


 カンナとあかりちゃんが言った。

 そりゃ宿の前なんだから、人くらいいるだろう。

 と思いながら見てみると、宿の前には確かに、若い男が立っていた。


 それも、侍だった。

 さわやかな顔をした、二十歳ほどの若侍。


 宿のおばさん。

 つまりあかりちゃんの母親を相手に、なにやら話し込んでいる。

 が、おばさんと若侍は、ふと俺たちのほうを見て、笑顔を作った。


「ああ、あんたたち、やっと帰ってきたねえ。お侍さん、このおふたりがそうですよ。山田さんと蜂楽屋さんですよ」


 おばさんが言った。

 若侍が「おお」と目を細める。

 ……なんだなんだ?


「貴殿が、山田弥五郎どのですか。ああ、やっとお会いできました! それがし、青山聖之介あおやませいのすけと申します」


 青山聖之介。

 知らない名前だ。

 21世紀でも聞いたことがない。

 まあ、俺の知識は未来の本などによるものだし、歴史に名を残さなかったひとのことは知るはずもないんだけど……。

 で、その青山聖之介はニコニコ顔で言った。


「山田どの。それがし、おうわさを聞いてやって参りました。津島の山田弥五郎なるお方は、若いがじつに火薬に精通しておられると……」


「うわさ、ですか」


「左様、うわさでござる。……それで山田どの。それがし、興味本位だけで貴殿を探していたわけではござらぬ。……実は、していただきたい仕事がござる」


「仕事ですか」


「はい、仕事です。……火薬を用いた武器をなにか、作っていただきたい。……ただ、できるならば」


 青山聖之介は、きらりと目を光らせた。


「兵ひとりが3人分は活躍をできる。そんな火器が欲しいと、そう思ってござる」


「ひとりが3人分!? そ、そんなこと、いきなり言われても!」


「それが素晴らしい武器ならば、金はいくらでも出しますゆえ。……これ、この通り」


 青山聖之介は、ふところから革袋を出す。

 そしてその中には、なんと。

 ……きらきらと光る、大金塊が入っていたのだ!

 こ、この男。……何者だ!?

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