第45話 戦争前夜

「青山さん!?」


 鳴海城の青山聖之介さんが立っていた。

 彼はその手に、連装銃を持っていたのだが。

 ……次の瞬間、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。


「山田どの、申し訳ござらぬ。それがし、謝りに参りました!」


「は、はい!?」


 俺は、戸惑うばかりだった。




 ――津島の路地裏である。

 人っ子ひとりいないその場所で、俺は青山さんと向かい合っていた。

 なぜ、場所を移動したかというと、


「まことに申し訳ござらぬ! まことに申し訳ござらぬ!! それがしが先日渡した黄金。あれはニセの金塊でござった! 本当に申し訳ござらぬ!」


 と、まあ、青山さんがこんな調子なので、表通りにはいられなかったのだ。

 彼があまりに平謝りを続けるので、通行人の目が痛すぎたのだ。


 さて。

 彼の謝罪の内容は、やはり例のニセ金の件だった。


「我が主の命令でござった。それがしは主君より黄金を預かり、山田どのに武器の作成を依頼するように命じられたのでござる」


「ニセ金とは知らされずに、ですね?」


「無論。知っていればそのような主命、さすがに引き受けませなんだ」


 青山さんは、はっきりと言った。

 その表情は、嘘をついているようには見えない。

 俺は少しホッとした。青山さんは、故意に俺を騙したわけじゃなかったんだ。


「それがしは本物の黄金と信じて、山田どのに武器の製作を依頼した。しかし昨日、たまたま旅の商人から黄鉄鉱の存在を知らされ、さらに小さな黄鉄鉱の現物まで見せられ、真相に気がついたのでござる。我が主は、それがしも山田どのも騙していた!」


「……青山さん。青山さんの主とは、鳴海城の山口九郎二郎のことですね?」


「左様でござる。……はて、それがしは山田どのに、我が主のことを伝えておりましたかな? いたような、いなかったような」


「あ、いえ。実は――」


 俺は青山さんにすべてを話した。

 青山さんと最後に会ったあと、大橋さんや小六さんと知り合ったこと。

 金塊が黄鉄鉱だと分かったこと。青山さんが鳴海城の山口九郎二郎に仕える侍だと、大橋さんから教えてもらったこと。


 そして――

 鳴海城は、織田家から今川家に寝返るつもりではないか、という推測が成立したこと。

 なにもかも、青山さんに話したのだ。

 すると、青山さんは目を見開いた。


「なんと。我が主は織田家から今川家に寝返るつもりであると? いや、まさか、そんな……」


「青山さんは、鳴海城の寝返りを知らなかったのですか?」


「……それがしはただ『黄金を使って、山田弥五郎なる少年に新しい武器を作ってもらえ』という命令を受けただけでござる。ああ、しかし……思えば奇妙なところはござった。『山田弥五郎はまだ少年ゆえ、本物の黄金など知らぬであろうな』とか、『織田三郎はまことのうつけだそうだな』とか、そういう言葉はよく口にしてござった。……そうか、我が主はニセ金を使って新しい武器を調達し、それを土産に今川家に随身するつもりでござったのか。……そうか……!」


 鳴海城の寝返りの件は、青山さんでさえ知らなかったらしい。

 この顔色からして、嘘ではないだろう。

 このひとは、ただ純粋に主の命令を果たそうとしただけだったんだな。


「山田どの」


 青山さんは、改めて頭を下げた。


「このたびはご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませぬ。それがし、謝り申す!」


「青山さん、もういいんですよ。それだけ謝ってもらえたなら、もう充分です。……それに連装銃は津島衆に対して作ることになりましたし、それに青山さんからの依頼があったから、俺は町をうろついて、津島の顔役の大橋さんや蜂須賀小六さんと知り合うことができたんです。結果オーライですよ!」


「お、往来。結果が往来でござるか?」


 青山さんは、キョトンとした。

 しまった、また未来語を使ってしまったと反省。

 ……だがそれと同時に、往来、という青山さんの言葉が思わずツボにはまり、


「は、ははは……!」


 と、笑ってしまった。

 すると青山さんも「ははは」と笑ったものだ。

 波長が合う、ってのはこういうことをいうんだろうな。

 お互いに言葉の意味は分かっていないが、わけもなく俺たちは楽しかったのだ。


 それから俺たちは、ずいぶんとおしゃべりをした。

 その結果、俺は青山さんのことがよく分かった。

 青山さんは山口家に代々仕える武士だということ。

 しかし身分は決して高くないということ。

 生来の気質のせいか、鳴海城ではいつも貧乏くじを引かされるということ。


「考えてみれば、いつもこうでござる。嫌な仕事や面倒そうな仕事は、すべてそれがしに回されてござった。今回もそうでござる。ニセ金を使ってものを買う仕事……もしニセ金だとバレたときは、それがしひとりの責任にすればよい、と。そういう流れであったに違いない。いや、間違いござらぬ。いつもそうなのだから……」


「いつも、ですか」


「いつも、でござる。……下の者はつろうござるよ。上の者を、何度殴りたいと思ったか知れぬ」


「…………」


「ですが、それがしはそういうこともできぬのでござる。人にたいして怒りたい。だけども怒る勇気もない。よほどの理不尽を受けたとしても、自分ひとりが我慢をすればいいではないかと内にため込み、家に帰ってひとりになったらなんと弱気なおのれだろうと、自己嫌悪を繰り返す始末でござる」


「……よく……本当によく分かりますよ……」


 俺は、何度もうなずいた。

 いつの時代も、気の弱さで損をするひとはいるもんだ。

 それが戦国の世であっても、いや乱世だからこそいっそうそれはひどいのだろう。

 俺は青山さんの立場や弱さが、ほんとうによく分かるのだ。

 そうだよな。怒るにも、勇気が要るんだよな……。


「――いや、それにしても」


 青山さんは、ふいに言った。


「山田どのが大橋さまと知り合い、損をしていないと分かって、それがしは嬉しゅうござる。よかった! 本当によかった! ……連装銃はこの通り、お返しするでござる!」


 青山さんは、連装銃を俺に返してきた。


「鳴海城の武器庫から取り返したものでござる。あの金がニセ金であった以上、これは山田どのに返さなければならぬ。お受け取りくだされ」


「分かりました。ではこちらも、黄鉄鉱をお返ししましょう」


「いえ、それはニセ金でござるゆえ、こちらに戻ってきても……。その黄鉄鉱とやら、武器を作る山田どのならば、なにか役に立つこともござろう。もしよろしければ、そのままそちらで持っておいてくだされ」



《山田弥五郎俊明 銭 80貫76文》

<最終目標  5000貫を貯める>

<直近目標  津島衆に武器を売る>

 商品  ・火縄銃   1

     ・連装銃   1

     ・炭     9

     ・小型土鍋  1

     ・黄鉄鉱   1



「しかし青山さん、いいのですか? 主命を果たせず、山口の殿様に怒られませんか?」


「なあに。それがし、今回のことでホトホト主に愛想が尽き申した。ニセの黄金を用いて、家来に武器を買わせるなどまともな主君のやることではござらぬ」


 青山さんは、にっこりと笑って言った。


「それがし、鳴海城から去ることに決め申した。いっそこのまま、逐電しようかと思ってござる」


「……そうですね、それがいいと思います」


 俺はうなずいた。

 青山さんのためにも、それがいいと思う。

 鳴海城の山口九郎二郎の寝返りは、最終的には失敗する。

 山口九郎二郎は今川義元によって切腹させられてしまうし、鳴海城も最終的には織田信長の手に戻るのだ。

 そういう未来がある以上、青山さんは鳴海城にいないほうがいい。


 ――俺はもう、青山さんに友情に近い気持ちを抱いてしまっていた。

 時代は違えど、弱い立場に苦しむ彼を殺したくはない。


 ……そうだ、鳴海城から離れるのなら、青山さんは津島に住んだらどうだろう。

 仕事がないなら、俺の手伝いとかしてくれないかな?

 俺はそのことを、青山さんに提案した。


「どうですか? 鉄砲作りや交易で忙しいので、人手が欲しかったところなんですよ。大した給金は出せませんが」


 そう言うと、青山さんはちょっとだけ笑って、


「お気遣い、ありがとうございまする。しかしそれがし、少しくたびれ申した。心が落ち着くまで、ゆっくり休みたいというのが本音でござる」


「……なるほど。その気持ちは分かります」


 俺も前世で会社を辞めたとき、すぐに転職しようという気持ちにはならなかった。

 短い時間でもいい。休息が欲しい。そういう気分だった。

 青山さんも、きっとそういう心もちなんだろう。


「心が癒えるまで、ゆっくり休まれてください。……ただ、もし気持ちが変わったときはいつでも来てくださいね。歓迎しますよ」


「ありがとうございまする。青山聖之介、感謝の言葉もございませぬ」


 青山さんは、薄い笑みを浮かべた。


「山田どの」


「ん?」


「沁みるような心遣い、感謝いたす。それがし、これほど優しい扱いを受けたことはこれまでになかった。……山田どのは、あるいは天下万民の信を得られる。そういうお方になるかもしれませぬな」




 天下万民の信、か。

 ずいぶん持ち上げられたもんだな。


 青山さんが旅に出た翌日。

 俺は『もちづきや』の中で、そんなことを考えていた。 


 カンナは、もういない。

 再び交易の旅に出た。

 今回は、カンナと次郎兵衛――

 さらに、聖徳太子たち5人が護衛兼荷物持ちとしてくっついている。


 俺は津島に残り、連装銃作りに励むことにした。

 あかりちゃんとおさとさんが、作ってくれるごはんを食べながら(素泊まりという約束だったのに、ふたりは完全な好意で食事を作ってくれたのだ。塩交易の儲けのお礼だ、とは言っていたが)、ひたすらコツコツ。鍛冶屋の清兵衛さんのところに行って、連装銃作りを続けるのだ。




 そして、1552(天文21)年の4月がやってきた。


 この月、鳴海城は織田家から今川家に寝返る。

 裏切りを許さない信長は当然、出陣。鳴海城へと向かうのだ。


 尾張がいよいよ、荒れ狂う。


「いくさ、か」


 俺は目の前にある、完成した連装銃を撫でながら、独りごちた。


 銃が、鈍く輝いた気がした――

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