第24話 告白・その2

「カンナ」


 やがて伊与が、そっと声をあげた。


「私と俊明の話には……まだ続きがある。語らなければならないことが」


「続き?」


「そうだ。俊明の出自のことで、話があるんだ。――これについては……私も信じがたいし、初めて聞いたときにはなんのことか、分からなかったのだが……」


「なんの話よ。はっきり言ってよ」


 カンナは伊与をわずかに睨んだ。

 かと思うと、その鋭いまなざしを改めて俺に向けてくる。

 大きな碧眼には、涙がいっぱいに溜まっていた。


「カンナ。……実は俺は……信じてもらえないかもしれないが……俺は……」


「…………」


「俺は……未来の世界の人間なんだ」


「…………は……?」


 カンナは、ぽかんと口を開けた。

 なにを言っているんだ、という顔だ。無理もない。誰だってそう思う。

 だが事実なのだ。これを打ち明けなければ話はこの先に進まない。――俺はすべてを話した。


 はるか未来の世界から、なにか不思議な力によってこの時代に生まれ変わったこと。乱世を鎮めるために自分の武器製造技術や未来の知識を活かそうと思ったこと。信長や藤吉郎さんを助けるために生きると決めたこと。そして前世から続く劣等感のせいで、カンナの気持ちにどうしてもうまく応えられず、そして田楽狭間のあと、伊与と結ばれたことなどを。


「本当に悪かった。申し訳なかった。……なにを言われても仕方がない」


 すべてを語り終わったあと。

 俺は頭を下げて、カンナに詫びた。


 数年前、温泉で告白をしてくれた彼女。

 しかしその後、ついにその『続き』をする勇気がもてず、ズルズルと時間だけが流れ。

 そしてしまいには、伊与との関係を結んでしまったこと。――おそろしく残酷なことをしたと思う。


 女性の、若々しい、10代後半から、20代前半までの大切な時間を無駄にさせてしまった罪深さを、改めて思い知る。

 いくら相手が伊与だったとはいえ、カンナに対してあまりに冷たいことをした。

 劣等感と自己否定は、自分だけではなく、他人を傷つけることもあるのだ。


「…………」


 カンナは、俺の話を聞いている途中、ずっと呆然としていた。

 いつの間にか、俺の左手をつねる力も抜けていて、その細い右手はだらりと下に垂れている。


 ちら、ちら。

 カンナは話の途中、何度も伊与を眺めた。


 伊与は、ずっと黙っていた。

 ただ、カンナから目をそらすことだけはしなかった。

 

 ――ややあって。


「意味が分からん」


 吐き捨てるように、彼女は言った。


「……未来から生まれ変わった? なん、それ。どういう意味よ。なんでそういうことになるんよ」


「どうしてそうなったのかは俺にもよく分からない。前世の俺は雷に打たれて死んだ。だからそのときの、落雷の力が、なにか不可思議な現象をもたらしたんじゃないかって――」


「違う! そんなこと、どうでもよか! ……雷がどうとか、もうどうでもよかけん! 意味分からん! 弥五郎、あんたがなにを言いよるのか、あたしにはいっちょん分からんけん! そんな理由で、そんなことで伊与といっしょになったって言われても、あたし……あたし……もう、知らん!」


「カンナ!」


「待て、カンナ……」


 カンナはその場に立ち上がると、俺たちの制止も聞かずに部屋から出ていった。

 素早い動きだった。どすどすどす、と激しい足音と共に、彼女はいずこかへ去っていく。


 部屋には俺と伊与だけが残された。


「……分かって、もらえなかったか」


 俺はひとりごとのように言った。

 だが、伊与はかぶりを振った。


「生まれ変わりのことは、たぶんカンナも分かったさ。お前が未来の人間だとすれば、これまでの山田俊明の活躍もうなずけるというものだ。……ただ」


「ただ?」


「気持ちの整理がつかないのだ。……カンナはそれだけ、お前のことが好きだったから……。私とのことや、未来の話をいっぺんにされて、混乱しているに違いない」


「…………」


 もっともだ。

 カンナの立場からすれば、当然そうなるだろう。


 俺たちはしばし押し黙っていたが、やがて、そこに


「あの……」


 と、髪の長い女性が入ってきた。

 あかりちゃんである。


「カンナさん、どうかされたんですか? すごい顔のまま、外に出ていっちゃいましたよ」


「外に?」


 俺はすっとんきょうな声をあげた。

 外は、土砂降りじゃないか。こんな雨の中、出ていったのか!? しかもいまは夜だぞ!


「カンナ、あいつどこに行ったんだ」


「探しにいこう、俊明」


 伊与が言う。俺はうなずいた。

 すると、あかりちゃんも「わたしも探します」と言ってくれた。

 俺たちは編み笠とみのをかぶると、すぐに家から出て、雨の降りしきる海老原村へ飛び出す。


「カンナ!」


「カンナーっ、どこだ!」


「カンナさーん!」


 俺と伊与とあかりちゃんは、声を出しながら外を探し回った。

 しかし、カンナは見つからない。夜の上に雨なので、たいまつを灯すこともできず、捜索は難航する。


 俺と伊与は、甲賀で戦っていたときに、夜でもある程度先が見えるような訓練を受けたので、多少は外が見える。

 カンナも同様だ。だからこんな空模様でも、どこかに消えてしまうことができたんだろうが……。


「あいたっ」


 あかりちゃんが、転んだ。

 夜目の訓練を受けていない彼女は、当然、あたりがよく見えない。


「大丈夫か、あかりちゃん」


「あかり。お前はいったん、家に戻ったほうがいい」


「……でも、カンナさんが……」


 あかりちゃんは、悲しげな顔でそう言った。

 しかし立ち上がろうとすると、転んだ痛みがあるのか、わずかに顔をしかめる。


「あかりちゃん、伊与の言う通りだ。いったん帰りな。……伊与。あかりちゃんを家まで送ってあげてくれ」


「承知した」


「すみません、伊与さん。……あの、お兄さん」


 あかりちゃんは、伊与に肩を貸してもらいながら、じっと俺に瞳を向けた。

 もの言いたげなまなざしだった。


「お兄さん。なにがあったのか知らないけど、カンナさんと仲直りしてくださいね」


「…………」


「カンナさんはお兄さんのことが大好きなんです。お兄さんがいたからこそ、いまの自分がいるんだっていつも言っていました。……だけどカンナさんは、あれで寂しがりやなところもあるから。……お兄さんが側にいてあげないと、だめだと思います」


「……うん」


 俺は、小さくうなずいた。


「分かってる。カンナとは絶対に仲直りするよ」


「お願いします。それでなくちゃ、わたしが身を引いた意味もありません」


「え……?」


 意外な言葉に、俺は目を見開いた。

 伊与は押し黙ったうえ、じっとあかりちゃんを見つめている。


 あかりちゃんは、笑った。


「9年前、この村でイノシシ退治をしましたよね。お兄さんとわたし、滝川さまとカンナさんの4人で。……イノシシを倒したお兄さんを見たとき、あのとき、わたし、お兄さんのこと、すごく素敵だなって思ったんです」


「…………」


「……でもわたし、言えなかった。カンナさんがお兄さんのこと好きだって分かっていたから。わたし、カンナさんのことも大好きだったし、お兄さんにはカンナさんのほうがお似合いだって思ってたから」


 9年越しの告白をするあかりちゃんを見ていて、俺は。

 あかりちゃんの結婚式のとき、藤吉郎さんが言ったことを思い出した。




 ――あかりも、汝のことが好きだったのではないか?




「伊与さん。わたしは伊与さんのことも好きです。だけどカンナさんも負けないくらい大好きで、大切なんです。だから……」


「分かってる、もうなにも言うな。私だってカンナのことは大切だ。彼女を傷つける結末にだけはしない。絶対にだ」


 伊与は、柔らかな笑みを浮かべると、あかりちゃんに向けてとても優しい声を出した。

 そしてあかりちゃんを支えるようにして、八兵衛翁の邸宅に向けて歩きながら、俺のほうへと振り返り、


「カンナのことは頼んだ。まだこの近くにいるはずだ」


「分かった、こっちは任せろ」


 俺は強くうなずいた。


 伊与とあかりちゃんが、去っていく。

 その背中を見送りながら、俺は、カンナの行き先について心当たりがあることを思い出していた。




----------------------------------

 ブログのほうではお知らせしましたが、「このライトノベルがすごい! 2019」の『働く人々』という紹介ジャンルにて、拙作『戦国商人立志伝』が取り上げられました。


 私も先日、担当編集者の堤さんから教えていただいて、初めて気が付いたのですが。

 購入してチェックしてみたところ、確かに145ページで紹介されておりました!

 いわゆるランキングではなくて「こういう作品もあるよ」的な取り上げなのですが、それでも、これだけ市場にラノベが溢れ返っている中、自分の作品が登場したのは本当に嬉しいし、励みになりました。この手のランキングとか雑誌にはまったく縁がないものだと思っていたので、非常に幸せな気持ちであります。


 これも、作品を応援してくださった皆様、書籍版を購入してくださった方々、そしてクラウドファンディングで「戦国」を盛り上げてくださった支援者の皆々様のおかげです。本当にありがとうございます。


 詳細は、実際に「このラノ2019」を購入していただいて、紹介文を読んでいただければと思うのですが――

 しかし、担当さんとも話しましたが、「戦国商人立志伝」を紹介するとなると、やっぱりカンナのほうが話題になるんですね……(笑)



 仕方ないよね。

 金髪で巨乳で和服で博多弁の女の子だもんね。

 伊与が悪いんじゃなくて、カンナが属性強すぎるってさんざん言われてるもんね。



 実はカンナについては、彼女をメインヒロインにしたスピンオフ作品を考えています。

 カンナをもっと描きたいという欲が出てきたので。「戦国」の外伝ではなくて、別作品のメインとして改めて彼女がメインになっている作品を書きたいと思っています。「ニセコイ」に対する「マジカルパティシエ小咲ちゃん」みたいな感じといえば分かりやすいかなあ。これについては、担当さんの許可も得たので、出来上がり次第、WEBで掲載いたしますね、はい。



 では今後とも、須崎正太郎と「戦国商人立志伝」をどうぞよろしくお願いいたします。

 連載中の「戦国商人立志伝」、第3部の「桶狭間激闘編」も間もなく佳境、続いて第4部に参ります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る