第34話 織田信長対明智光秀

「ようく狙え! ……撃てっ!!」


 この俺が鍛えに鍛えた神砲衆の使い手たちが、連装銃を構えて明智軍に向けて銃弾を撃ちは放つ。だん、だん、だぁんと先端を尖らせた特殊弾丸が発射され、林の中の明智軍を襲撃する。


 だが、悲鳴ひとつ聞こえない。

 命中していないか。確かに夜の中、立ち並んだ木々の中にいる人間に弾丸を命中させるのは困難だが……。


 そもそも夜襲してきた明智軍が何人なのか。

 それすらも俺には分からない。

 大人数とは思えないから、多く見てもせいぜい十数人じゃないかと思うが――


「山田様。林の中に切り込みますか」


 神砲衆のひとりが尋ねてきた。

 俺はくちびるを噛みしめ、


「……よせ。あの林の中がどういう地形かも分からんのに、この夜の中、突撃なんてしてみろ。それこそやつらのいい的だ。撃て。とにかく撃ちまくって弾丸の雨を降らし、敵を逃がすな。……それと誰か、本陣の上様に使いを出せ。明智が現れた、と」


「ははっ!」


 神砲衆のひとりが、信長のいる本陣へと駆けていった。

 その間も、神砲衆は銃弾を林に浴びせているが、手応えはない。


「……明智のやつ、土地勘があるな」


 あの林の構造をやつは熟知しているのだ。

 なぜ? 決まっている。明智はもともと足利義輝の家来だった。

 京の都とその周囲は、やつにとってホームなのだ。どこに隠れながら攻撃すれば有利か、やつはよく知っているのだ。


 闇に紛れて俺を襲撃できたのも、やつがこのあたりの地理をよく知っていればこそだ。

 まさに戦の天才、明智光秀。数は少人数でも、少人数なりの戦いをしやがる。




 だんだん、だぁん!!




「ちっ!!」


 また弾丸が飛んできて、俺の横をかすめていった。

 神砲衆にも何発か弾丸が命中し、兵が倒れてしまう。


「山田様!」


「俺は平気だ。それよりも弾を撃ち続けろ! 上様か殿様が必ず、援軍をこちらに寄越してくれるはずだ。それまで明智をここに引きつけておけ――」




 だんだん、だぁん!!




「また撃ってきた……!!」


 明智軍が次々と鉄砲を撃ってくる。

 こんなに短い間隔で射撃してくるとは。

 おそらく早合を使っている。津島時代に俺がさんざん作った兵器は、いまや諸国に普及してしまい、珍しいものではなくなったが――しかし改めて思うが、敵が使うと実にいやらしい!


「連装銃、装填急げ!」


 と、俺は指示したが、神砲衆の動きが一瞬、止まった。

 弾丸を鉄砲に込めるのに、わずかだがスキマの時間ができてしまった。

 まずい。このスキマはまずい。これを見逃す明智ではないはず――


「山田ッ! 弥五郎!!」


「!!」


 明智光秀の雄叫びが聞こえた。

 明智がいま、俺を狙っている。目には見えないが分かった。

 殺気を感じた。やられる、と思った。明智の撃ち放つ銃弾が、今度こそ俺の急所を貫くという予感が。肌で感じた。気配で分かった。明智がいま、引き金を引いた――


 そのときだ。



「山田! 加勢にきたぞ!! 加勢に来たぞっ!!」



 殺気を吹き飛ばすほどの大音声。

 声だけで分かった。誰が来たのか。それでも俺は振り向いた。


「……上様!!」


 何十人の兵と共に、この場に駆けつけてきたのは、なんと信長自身だったのだ。


「山田、明智だな? あのキンカン頭がおるのだな!? どこにおるか、あの男は!」


「あ、あの林の中に……それよりも上様、ここは危険です、いったんお退きを。戦いは我らに任せて、上様と殿様はお逃げください。金ケ崎のときのように――」


「そちが生きるか死ぬかというときに、どうして余だけ逃げられようか! 金ケ崎のようになりたくないからこそやってきたのだ!! 構わん、余が出る。明智光秀は余が討ち取る!!」


 信長は自ら鉄砲を持り、一発、ずだぁんと林の中に撃ち込んだ。

 

「出てこい、明智!! 謀反人は余に顔見せもできぬか!!」


「謀反に非ず!!」


 林の中から明智光秀の声がした。


「上様、拙者の心は謀反に非ず。獅子身中の虫、山田弥五郎を討ち取ることだけが拙者の望み! 上様、目をお覚ましくだされ。山田は、山田は……」


「たわけが! 余の股肱たる山田弥五郎の命は、余の命同然なり。その山田を殺そうとするきさまこそが、余にとってはまさに身中の虫なのだ!」


「上様からかようなお言葉を頂戴するとは――この十兵衛、信じたくありませぬ!


 ああ、あなた様はお変わりになられた。……上様!


 天下布武の名の下に、力ある者が認められる日ノ本をお作りになると信じていた。

 そしてこの明智十兵衛を正しくお使いになってくださると、認めてくださると信じていた。


 それなのにあなた様は山田弥五郎に心を奪われ、なまぬるい天下を選ばれ、この十兵衛に冷や飯を……なにゆえに! なにゆえに! あなた様は、あなた様はっ……!!」


 明智光秀の悲痛な叫び声。

 まさに、行動の動機そのものの告白に等しかった。


「この大たわけが!! つけあがるのも大概にせい!!」


 信長は、聞いたこともないほどの大声で返した。


「山田弥五郎の言葉を、この信長が正しいと思うたから採用した。

 この信長の天下には、山田の力が、心が、必要と思うたから重く用いた。それだけのことよ。


 それで自分が相手にされなくなったから怒り狂って山田を殺そうなどと――

 明智! きさまがこの程度の男であったこと、見抜けなんだのはこの信長の不明よ。


 きさまのことを、余は哀れにさえ思うぞ!!」


「哀れ! 哀れむとおっしゃるか!? 志もった男のつらに向かって哀れむなどとは言語道断! 上様といえどあまりのお言葉――」


「面をきさまがいつ見せた! 闇の中からこそこそと、声ばかり一丁前に叫びちらかしおって! それを腰抜けと言う。それを哀れに思う! きさまのような人間をこそ、ひとは『うつけ』と呼ぶのだ!!」


「信長あぁぁぁ!!」


 明智光秀の雄叫び。

 と同時に発射される火縄銃。

 仁王立ちとなっている信長の足下で、弾丸がちゅいんと跳ねた。


「上様、お退きください。そこにいては危ない!」


 俺は再度、信長に退くことを提案したが、信長は動かない。


「このまま明智を討つ。余が明智を討てばこの戦も終わる。山田も救われる。ことは単純よ。そうではないか」


「しかし――」


 と叫びかけて、俺は瞬時に理解した。


 信長はこういう人なのだ。

 稲生いのうの戦いでもそうだ。

 桶狭間でもそうだった。みずから先頭に立って戦う人だった。


 先日の本願寺との戦いでも、信長は明智光秀を助けるために――そう、大変皮肉なことに、いま戦っている明智光秀を救うために!――みずから敵兵と戦いに向かったじゃないか。そういう武将なのだ。そういう人なのだ。家来を救うためにみずから戦う人なのだ。


 金ケ崎など例外で――むしろ金ケ崎を後悔していたのだ。俺や秀吉を見捨てて逃げたことを。だから金ケ崎のようになりたくない、と言ったのだ。


「夜目の利く者は集え。――よし。このあたりの土地に詳しい者はおるか? ――よし! ではこのまま林の中に鉄砲を撃ち込み、切り込みをかける。明智は小勢よ、このまま多勢で揉み潰す!」


「「「おおっ……!!」」」


 信長の号令一下、軍勢の士気はおおいに騰がった。

 さすがの鼓舞であった。将器があるとはまさにこのことか。


 信長は「支度をせい、……よし、撃て!」とみずから指示を下す。

 すると、だんだんだんだん、だぁぁあん、と火縄銃が火を噴いた。

 林に弾丸が撃ち込まれる。明智勢からの反応はない。そこで信長は刀を抜いて、


「切りこめい!」


 怒鳴りあげた。

 すると、織田勢がわぁっと――

 夜目が利く者、土地勘のある者が先頭に立って突っ込んでいく。


 するとほどなく、悲鳴があがり始めた。

 明智光秀の声じゃない。しかし明智の家来が次々と討ち取られているらしい。


「山田。そちは奇妙のところに戻って手当せい。ここは余が戦う」


「いえ、上様。俺は大丈夫です。それよりも明智を倒さねば」


 本音だ。

 やつの首を見るまでは安心できたものじゃない。

 信長は、ニヤリと笑い、


「で、あるか。よかろう。ならばこのまま明智を討つ」


「はい!」


 俺と信長は、家来衆を引き連れて、林の中に入っていった。

 林といってもそう深いものではない。せいぜい、学校のグラウンド場くらいの大きさの森林だ。

 俺たちは林の中に突入したが、やがて中年の侍が首を持って、ヌッと俺たちの前に現れた。


「織田家中、野々村三十郎でござる。明智家の足軽大将、小峠陣右衛門の首を取り申した」


「骨折り。続いて十兵衛を探せ。明智十兵衛の首を取れば万石取りの大名としよう」


「ははっ!!」


 野々村三十郎は首をその場に置くと、すぐに林の中に戻った。

 いいぞ、明智軍を次々と倒している。このままいけば、本当に本能寺の運命を回避できそうだが――




 そのときであった。




 ぶおおぉん、ぶおぉおおおん、とどこかで法螺貝が鳴り響いた。

 む、と信長が音がしたほうへ目を向ける。


 西からだ。

 つまり京の都からである。

 たいまつを掲げた軍団が、駆け足でこちらに向かってきているのが見えた。あれは――


「水色桔梗の旗印。明智軍か!」


「明智の家来がこちらにまで来たのですか……」


 俺は歯を食いしばって、軍団を睨みつける。

 睨んだだけではない。敵の数を数えていた。


 夜なので分かりにくいが、足音でだいたいの数は分かる。

 たいまつの数はごまかしが効くが、足音はそうそうごまかせるものではない。


「……明智の手勢、おおよそ500!」


「山田はそう見たか。余もそれくらいと思うた。援軍は厄介じゃが、この数ならいまの我らで倒せる」


「ごもっとも。明智家の軍勢ならばもっと数がいるはずですが、急ぎこちらに寄こせたのが、せいぜい500だったのでしょう」


「先ほどの場へ戻り、一戦交えるぞ。奇妙丸の軍も、戦の準備をもう終えているはずだ。織田軍全軍をあげて、十兵衛と明智の援軍を滅ぼす!」


「御意!」


 俺はふところの中に入れたリボルバーに銃弾を装填する。

 時刻はおそらく、午前3時ごろ――


 夜明けは、まだ遠い。



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