第3話 謎の声

 俺は、乱世に生まれ変わってしまったようだ。

 ってことは。……俺、未来を知ってるよな……?


 そう、俺は歴史を知っている。

 叔父さんから武具の作り方について習ったとき、その武具がどうしてこの世に登場したのか、その背景も一緒に教えてもらったもんだから、歴史についてはそれなりに詳しいつもりである。

 語り出すとキリがないが、大ざっぱにいってしまえば、戦国時代は最終的に、徳川家康が江戸幕府を開くことで終了する。これは子供でも知っている流れだ。

 だからものすごく単純に考えれば、徳川家康の配下になれば、俺は出世できるかもしれない――


 って、そう簡単にいくかよ!


 内心、ひとりでツッコんだ。歴史の知識があるだけで立身できたら苦労はないぜ。

 そもそも俺は出世がしたいのか?

 ……どうだろう。うーん。


「弥五郎。さっきからなにをぼーっとしているんだ?」


 伊与が、話しかけてきた。


「やはり、頭でも打ったのではないか? たんこぶは……うん、こぶはできていないようだ……」


「あ、いや」


 心配してくれる幼馴染に向けて、俺は――弥五郎こと俊明は、ぎこちなく笑う。


「ごめん。本当になんてことないんだ」


「……ふむ? そうか。それならばいいが」


 伊与はそこで、やっと柔和な表情を見せた。


「とにかく悪かった。次はもう少し手加減して投げ飛ばそう」


「投げ飛ばすのは確定なの!? そりゃないよ!」


「ふふっ、それだけ元気に怒鳴り返せるのなら、本当に怪我はなさそうだな。安心したよ」


 伊与は優しく目を細めた。その愛らしい笑顔を見て、俺も思わずくすっとする。

 彼女が、俺の身体を案じてくれているのが嬉しかった。


「弥五郎、そろそろ夕暮れ時だ。家に帰ろう」


「うん」


 俺は伊与と連れ立って歩く。……歩きながら、思う。

 どうもまだ混乱している。とにかく現状をもっと把握しよう。

 この戦国時代でどう生きるか、決めるのはそれからだ。






 大樹村は、山間にある。

 西に目を向ければ尾張中心部への道が伸びている。

 南北と東に目を向ければ、樹木が生い茂っている山々しか見えない。

 そう、樹木といえば、村の中心部には大木がそびえ立っている。


 樹齢は何百年だろうか。村の名前の由来にもなっているらしい。

 村の特徴といえば、これくらいだ。要するにごく平凡な村だ。

 村人たちは、農作業をしたり、わらじを編んだり、洗濯をしたり、平和な日常を送っている。

 まあ戦国時代とはいえ、24時間戦争をしているわけじゃないしな。


「私も強くなったものだ」


 伊与が口を開いた。


「相撲で、弥五郎にあっさりと勝てるようになった。半年前はもっと苦戦していたのに」


「そう……そう、だったな。伊与はすごく強くなったよ」


 不思議なことだけど、いまの俺には、子供のころから伊与と過ごした記憶が確かにあったんだ。

 それだけじゃない。両親や村人と過ごした12年分の思い出もある。

 いまの俺は、山田俊明でもあり弥五郎でもあるのだ。

 戦国時代の少年・弥五郎に、ある日突如、前世の記憶がよみがえった。

 そう表現するのが、いちばん正しいように思う。


「ふふ、だがな、私はもっと強くなるぞ。そして大身の侍になるのだ」


 そう、伊与の夢は侍になって活躍し、華々しく出世することなんだ。

 子供のころから何度も聞かされていて、ぶっちゃけ耳タコだ。


「この調子でいけば、あと3年だな」


「3年? なにが?」


「私が侍になるまでの時間さ。待っていろよ。村が金銀で溢れ返るほど、大出世してやるからな」


「そりゃ、でっかい夢だ。相変わらず伊与は、すげえことを言うなあ」


「なあに。――身寄りのない私を育ててくれた義父様とうさま義母様かあさまと村への恩返しを思えば、それでもまだまだ足りないくらいさ」


 伊与は、少しだけ真面目な顔で言った。

 が、すぐに相好を崩し、


「まあ3年後を待っていろ。私が弥五郎を養ってやるからな。働かなくても食っていけるぞ」


「や、養われ――それじゃ俺、ごくつぶしじゃん。だめだろ、それ!」


「楽でいいじゃないか。なにが嫌なのだ?」


「い、嫌っていうわけじゃ――ただ、幼馴染から養ってやるって言われても、なんかこう複雑で」


「私から見れば、お前は弟のようなものだ。いいだろう」


「よくないよ! いつから伊与が姉ちゃんになったんだ?」


「昔からだ。私は弥五郎より年上だし」


「1日だけだろっ!?」


 そう、伊与は俺よりも1日だけ、誕生日が早かったのだ。


「それでも年上は年上だ。姉は弟をかばい、守り、慈しむものだよ? なあ、弥五郎」


「ちぇっ、イバりやがって」


 苦笑を浮かべつつ、だが俺は思った。伊与の夢は本当に立派だ。

 戦国時代で戦をするのは男ばかりってイメージがあるけど、女も戦場に登場して戦っていたんだよな。徳川家の鉄砲隊を構成するメンバーは女性が多かったという記録もあるし、男よりも女の兵のほうが勇敢に戦ったという証言まで残っている。それに女性でも活躍した武将っているしな。井伊直虎(男って説もあるが)、立花誾千代、成田甲斐、吉岡妙林尼、などなど――


 と、いかんいかん。叔父譲りのウンチクが脳内を駆け巡ってしまった。

 危ねえなあ。いまの知識、もし喋っていたら完全に予言者だ。変なやつだって思われるぞ。

 反省したそのときである。


【――その……きがあれば……お前は……】


「えっ!?」


 妙な声が頭に響いた。

 い、いまの声はなんだ?

 絶対に空耳じゃないし、伊与の声でもないぞ。


 慌てて周囲を見回す。

 しかし、俺と伊与以外、誰もいない。

 な、なんなんだ、いったい!?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る