第48話 転生の代償

「お見事でござる、山田どの。貴殿の銃に、鳴海勢はしてやられました」


「あ、青山さん。……そんな……その傷はまさか、俺の銃にやられて……?」


「ふふ。……大した威力でござった」


 青山さんは、ばたりと倒れ込んだ。


「青山さん!」


 駆け寄って、青山さんの身体を見る。

 血が、にじんでいる。無数の弾痕が痛々しい。

 そ、そんな。そんな、まさか……でも、どうして……!?


「青山さん、な、なんであなたがここにいるんですか? 旅に出たんじゃなかったんですか!?」


「ふ、ふふ。なかなかどうして、人生はうまくゆかぬもの」


 青山さんは、苦しそうに息をしながら言った。


「あれからそれがしは、確かに旅に出た。しかし――すぐに鳴海城の追っ手に見つかり、捕縛され、城に連れ戻されたのでござる。……そして、連装銃を持ち出したまま逐電した罪を問われ、牢に入れられ申した」


「…………」


「そのまま、刑を待つ身でござったが――鳴海城が、織田家と乾坤一擲けんこんいってきの大合戦をすることとなり、ひとりでも多くの兵が欲しいということで……無理やり、いくさ場の最前線に駆り出されたのでござる。……その結果がこの始末でござるよ」


 青山さんは、苦しそうに喘ぎながら語る。


「まったく、自分の間抜けさが嫌になる。戦うことも逃げることも、舌を噛んで死ぬこともできず、このざまでござる。それがしは、とことんこういう星の巡り合わせなのでござろうなあ」


「あ、青山さん。分かりました。もうしゃべらないでください、いま助け――」


「無駄でござる」


 青山さんは、血を吐きながら言った。


「それがしはもう助からぬ。自分で分かりまする」


 俺は呆然とした。

 気がつくと、周囲から人が消えていた。

 顔を上げると、ワアワアと声を出しながら、織田家の軍勢が鳴海衆を追い返している様子が見えた。


 戦の前半は鳴海城が優勢、後半は織田家が優勢。

 結果は引き分けといったところだろうが……。


「山田どの、そんな顔をなされるな。貴殿はするべきことをした。その結果、こうなった。それだけのこと」


「青山さん! お、俺、俺は……」


 言葉が出なかった。

 涙が止まらなかった。


 誰かに言われているようだった。――俊明、お前は秀吉と手を組み、世の悪党を滅ぼすと誓った。しかしお前が未来の知識と技術を使い、強力な武器を生み出して商いをすることは、こういう悲劇を生むことにもなる。決して悪人とはいえない者や、お前と親しい人間の命さえ、奪う可能性が生じるのだ。

 お前はそれでも戦うか? 自分の作ったその武器で、何千何万の命が費える。その重みに、お前の心は耐えきれるのか――


「しかし、なんというか……」


 青山さんは、ヒュウヒュウと、乾いた息を吐きながら。

 言った。


「人生の結末なんて、こんなものでござろうな」


 顔がゆがんでいる。

 涙も出ていない。


 そしてそんな、末期の言葉を遺し。

 彼は、もはやぴくりとも動かなくなった。


 ……青山聖之介さん。

 ……死んだ、のか?


「嘘だろ?」


 つい先日まで笑っていた男が。

 友情を感じていた人間が、死んだ。

 弱い立場の人間が、自分に心を開いてくれた侍が。


「死……」 


 俺の作った連装銃で人が傷付き、人が死ぬ。

 血を垂れ流して絶命する。その事実。


 大樹村でも、シガル衆の人間たちを傷つけた。

 カンナが襲われたときも、人を撃ち殺した。

 だがあれは、正当防衛だった、誰かを守るためだったと思える。


 だが、今回はどうだ。

 青山さんは。いや、青山さんだけじゃない。俺の連装銃で死んだ鳴海城の武士たちは、悪党だったといえるか? そんなことはない。

 だったら、俺の……俺のやったことは……。


 ――人生の結末なんて、こんなものでござろうな。


 彼がどんな思いでその言葉を口にしたか。

 俺には分かる。分からないはずがない。

 だって、そうだろう。……俺だって。


「――俺だって……」


 ……青山さん……!

 …………青山さんっ…………!!

 あ、青山、さんっっ……!

 ああああああああ……!!


 俺は声にならない声をあげ、顔を上げる。

 果ての空は、ただただ蒼く、抜けるように染まっていた。




 4月の空。

 どこかで、春雷が聞こえた気がした。

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