第14話 開戦、小牧長久手

「いやでおじゃりまする」


 羽柴秀勝は、青白い顔にか細い声。

 だが声だけはハッキリとして、羽柴家の世継ぎを拒絶した。


「……なぜじゃ。理由を聞こう」


 秀吉は、落ち着いた声音。

 羽柴秀勝はかすかに震えながら、


「於次丸は――生来身体が弱く、病も多く、とても天下の采配は務まりませぬ」


「それについては、常に最高の薬師をつけてやろう。……いやそもそも、若いうちから自分を弱いと思うから余計に病にかかるのだ。汝も武家の息子である。それも信長公のお子である。弱いはずがない。日々、病にかからぬように槍の稽古でもすればよい」


 秀吉にしてはマッチョイズム的というか、弱いなら鍛えろと言わんばかりの発言で、思いやりに欠けるようにも見える。だがそれだけ、ここまできたらなんとしても、羽柴秀勝を後継者にしたいという思いにも溢れている。


 だが、羽柴秀勝はなお、かぶりを振った。


「とても、無理でおじゃりまする……」


「やる前から、無理、無理というものではない」


「いいえ、無理でおじゃります。……於次丸は幼いころより、信長公や養父上ちちうえ、それに蜂須賀どのに黒田どのに山田どのにと、多くの方々の、そう、キラ星のごとき名将たちの戦ぶりを見て参りました。


 特に、中国からの大返しや明智光秀の征討、柴田勝家どのを葬った賤ヶ岳の戦い――あれはとても無理でおじゃりまする。於次丸は馬鹿でございます。於次丸はよわうございます。あんなこと、とても、とても自分には……。


 誠に申し訳ございませぬが、於次丸に世継ぎは務まりませぬ。他の方にお頼みくださいませ。なにとぞ、なにとぞ……!」


「…………」


 あまりにも弱気な発言に、秀吉は言葉を失った。

 その場にいた誰もが、言葉を紡ぎだせなかった。


 しかし俺は、しまった、と思った。

 於次丸への配慮、根回し、育成――そういうものが足りなかった!


 俺には分かるのだ。

 自分のことが信じられない。自分に長所なんか、あるはずもない。

 自分に期待をされても困る――という、心の底まで弱者根性が身についてしまった人間の悩みが。俺自身がそうだったからだ。


 於次丸にはもっと早くから、武将としての経験や修練をさせたり、賞賛したり叱責したりと、羽柴家の世継ぎ候補として教育するべきだった。しかし秀吉も俺も、天下取りのことばかり考えていて、そのあたりを軽視した。


 ここ数年、俺や秀吉がどれほど於次丸に気を配っただろうか?

 ない。ほとんど、していない。


 そこへ、天下の乱が起きた。理由があるから世継ぎになってくれ、と頼む。

 それも、いまからわずか数日前に。根回しと配慮がなさすぎる。

 於次丸の気持ちや性格を、少しも考えていなかった。言えば引き受けるだろう、と思ってしまっていた。


 これは。

 俺と秀吉の慢心なのだ。


 だが秀吉としては。

 もう、おさまりがつくまい。


「左様か。器にあらずか。よう申した」


 ピクピクとまぶたを痙攣させながら、わずかに顔を赤くさせ、


「我が子であると同時に、天下の英傑、織田信長公のお子でござるゆえ、わしは世継ぎと見込んだが、目利き違いであったようだ。……羽柴秀勝」


「は。……はっ」


「かほどに病弱ならば、おのれの城に戻って休むがよい。……以後は、わしからの呼び出しがない限り、出仕はせずともよいぞ」


「……はっ!」


 羽柴秀勝は、こともあろうに、どこか嬉しそうな声をあげて去っていった。

 その声音が、いっそう秀吉を苛立たせた。秀吉はバッとその場に立ち上がり、せかせかと室内を何歩か歩き回ったあと、諸将に向かって、


「見ての通りじゃ。やめじゃ、やめ。於次丸はだめになった。世継ぎのことはまたあとで考えるゆえ、皆の衆、下がられよ」


「はっ。……それでは、我々は」


 丹羽さんが、まとめ役とばかりに声をあげた。

 丹羽さんも池田さんも千宗易も、さらに滝川一益に小一郎に蜂須賀に黒田に、と、その場にいた者たちが退出する。


 最後に俺が残った。

 部屋には俺と秀吉しかいない。

 俺はどうしたものかと数秒、考えたが、いまは秀吉をひとりにしてやろうと思い一礼して、退出しようとしたときだ、


「あれが信長公のお子か!?」


 秀吉はついに、怒気を爆発させた。


「わしが、わしが心から仕えたお方の息子なのか、あれが! わしの頼みを、あんなふざけた理由で断りおった!


 やつを大坂に呼ぶまで七日あったんじゃぞ! 七日じゃ! 断るならばもっと早く、使いを出すとかわしと二人きりで会って話すとか、いくらでも方法があった。それも於次丸は、よりにもよって、丹羽や池田や滝川の前で断りおって!」


「藤吉郎――」


「わしは大恥をかかされた!!」


 秀吉はギリギリと歯ぎしりし、


「腹が立つ……。織田家の連中が、織田家だけでなんとかできるなら、こんなことにもなるまいに、家としてまとまりもせずに天下の采配もできずに、乱れ咲きして天下を惑わせおって……」


「……昔からそうじゃないか。信長公だって弟と家督を巡り争った」


「それもそうだが。……ええい、糞っ! 織田家の中から信長公のようなお方が現れたら、わしは喜んでついていくものを……ええい……ええい……ええぇい……!!


 ……信長公はなぜ亡くなった……。

 信長公は……ええいッ……!!」


 失望や怒りをどう処理していいのか分からず、秀吉は室内を歩き回っては叫んだり、深呼吸をしたりを繰り返していた。




 そして、この出来事より2ヶ月ほどが経過した、1584年(天正12年)3月6日。

 織田信雄は家臣3人を殺害した。その家臣は、秀吉派として世間にも名が知られた3人だった。

 その3人を、大した理由もなく殺したのは、秀吉との断交を表明したも同然だった。


 危惧していた事態が起きてしまった。

 こうならないように手を打っていたが、足りなかった。


「最悪の事態を考えてはおったから、あまり痛手はないんやけども」


 と、カンナは山田屋敷で俺に向かって言った。


「当分、信雄領の尾張や伊勢とは商いができにくくなるたい。……神砲衆としては、赤坂の鉄を仕入れるのが難儀なんぎになるけん、鉄を別から手に入れないかんくなるよ」


 美濃国の赤坂鉱山は、良質の鉄鉱石が採れる。

 日本の鉄は砂鉄を原料とすることが多いが、赤坂鉱山などから鉄鉱石を採ることもあった。


「なに。前にも言ったが、今回の戦いはそう長くは続かない。鉄のことも、なんとでもなるさ。それよりも津島衆は相変わらず連絡をくれているか?」


「うん。津島の店や商人からは、しばらくは織田様に従うしかないが、いくさが終われば再び羽柴や神砲衆と商いをしたい、ち連絡が届いとる。安心たい」


「俊明。……この戦いは、徳川さまも信雄の味方をすると聞いているが、駿河の樹は無事なんだろうな?」


「駿河は戦場にならない、大丈夫だ。樹の嫁ぎ先は徳川家とも親しい商家だ。……あっちには松下嘉兵衛さんもいるんだ。心配には及ばないだろう」


「私の娘ということで、樹が離縁されなければよいが……。ただでさえ、嫁いで数年になるのに子供も生まれていないのだ……」


 伊与が母親としての顔を見せる。

 伊与の心配はもっともだ。俺だって樹のことを考えていないわけじゃない。

 子供ができないことや、離縁うんぬんは俺にどうこうできることではないが――


「だったら、五右衛門と次郎兵衛を駿河に行かせようか。樹の身を守ることと、徳川領の偵察が役目だ」


「そうするか!? ……うん、そうしてくれると私としても安心だ」


「五右衛門なら駿河や遠江の土地柄にも詳しいけん、適任やね。そうしちゃり」


 と、こうして俺たちが商いと家族の心配をしているころ。

 大坂では秀吉が激怒して、


「もはや忍耐のときは過ぎた!」


 と、諸将――蜂須賀、黒田、丹羽、池田、滝川、さらに秀吉子飼いの武将である福島正則や加藤清正、石田三成、小西行長などなど――の前で雄叫びをあげた。


「織田信雄は悪である!!」


 大坂中に響こうかという大声であった。

 らしい(この光景はあとになって滝川一益から聞いた)。


「なるほど織田信雄は信長公のお子である。


 しかし織田の家督は清洲会議により三法師様に受け継がれると決まったのであり、その三法師様をないがしろにして兵を挙げるとは、これは三法師様に対する謀反であり、清洲会議を反故にする非道であり、また無駄な争いを起こして天下万民を困らせる悪逆の行いである!


 ここに及んでは織田信雄を、昨年の三七どの(織田信孝)同様に征伐する。それこそが天下を安寧に導くための行いである。皆の者、異論あらばいま申せ!」


「……ございませぬ!」


 ひときわ大きな声をあげたのは、池田恒興だった。


「大殿(秀吉)は織田家に対して格別の配慮をいたしました。羽柴家の家督を於次丸様に譲ろうともなさいました。しかし断ったのは於次丸様でございます。また三介様(織田信雄)も、於次丸様のこと、うわさを聞かなかったはずはないのに、今日に至るまで一言もございません。織田家がその気になれば、羽柴家との融和は可能でありますのに、織田家のほうがそうされなかったのです!」


「よくぞ申した、勝三郎!(池田恒興)」


 秀吉は、怒り顔などもう忘れたといった風情で、ばっと扇子を開き、そして強気な笑顔で、


「大義は我らにあり。我ら織田家臣団の思い、長年に渡る奉公を無視して、まったく御恩をかけてはくれず、お言葉さえくださらぬ三介どのはもはや主筋でもなく、人間としてさえ尊敬できぬ! もはや征討あるのみよ!」


 そのとき――

 滝川一益は、心の中でふと(ああ)と思ったらしい。

 と言うのも、『お言葉さえくださらぬ三介どの』という箇所には深くうなずくところがあったのだ。


 前年まで、反秀吉派として必死に戦ってきた自分がいる。

 それなのに織田信雄は、自分に対して言葉も使者も手紙も、なにもくれないのだ。


 確かに前年の段階では、秀吉と織田信雄は同じ組であり、自分は敵だった。だがそれにしても、滝川一益が織田家のために戦っていたことは世間が知るところだ。


 ひっそりと、忍びでも送ってくれたら。

 たった一言『織田家のためによく頑張ってくれた』と言ってくれたら。


 於次丸にしてもそうだ。

 自分に対して、滝川家に対して。

 ほんのわずかでも配慮をしてくれただろうか。


 金もいらない、官位もいらない。

 ただ一言、気にしてくれてさえいたら。……。

 滝川一益の中にあった、織田家に対する忠誠心と義理が、すっと消えていき――


「大殿のおっしゃる通り」


 滝川一益は、気が付けば、声をあげていた。


「かくなる上はひと戦を起こし、羽柴の天下を印象付けねば、民の心も定まりますまい」


「よくぞ! よくぞ申した、久助! 見たか、皆。滝川久助が申したぞ!!」


 秀吉は扇子でぱたぱたと天を仰ぎ、


「出陣じゃ! 出陣をするぞ! 織田信雄を討ち果たし、天下布武を推し進めるのだ! 我らのために、万民のために!!」


 いわゆる、小牧長久手の戦いが始まろうとしていた。




 秀吉の動きは素早かった。

 信雄の殺戮が起きたわずか4日後には、大坂を出立。


 さらに、自城に戻った丹羽や池田、滝川らの諸将は家臣団をまとめあげて織田信雄側の勢力と交戦を開始。またたく間に信雄領であった伊賀国が攻略される。さらに秀吉軍は伊勢国に侵攻、戦闘が開始された。


 信雄軍は抵抗を続けた。

 しかし秀吉軍、特に滝川一益の動きがめざましく、伊勢国の峯城みねじょうを一気に落城させた。


 この知らせに、秀吉も手を打って喜んだ。


「さすが、進むも滝川、退くも滝川と呼ばれた男よ。味方にすると、なんと頼もしい」


 さらに池田恒興も美濃から尾張に侵攻し、犬山城を攻略。

 いくさの序盤は秀吉軍の圧勝といえた。


 しかし。

 ここにひとりの名将が登城し、秀吉軍の前に立ちはだかった。


 徳川家康である。



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