第13話 藤吉郎登場

 なまず屋長兵衛の上をいってやる!

 そう決めた俺だったが……。

 しかしどうやって、大樹村の炭を売る?


 値段じゃ絶対にかないっこない。

 となると、品質で勝負するしかない。


 しかし、すでに炭は完成して、持ってきてしまっている。

 いまさら商品の質をどうこうすることは難しい。

 となると、いま持っている炭をどうにかするしかないが――


「…………そうだ」


 俺はふと、思いついた。

 ――炭団(たどん)、という道具があるのだ。

 それは木炭の粉に布海苔ふのりなどの海藻類を混ぜ固めて団子状にしたもので、一種の固形燃料だ。


 江戸時代に塩原太助が発明し、売り出したところ大ヒットした。

 火力は決して強くはないが、一日中燃えて熱を発するため、火鉢やこたつなどで暖をとるため、また調理のためなどに適していた。

 こいつを作ってみるのはどうだろう?

 うん、いけるはずだ!


「父ちゃん! 布海苔ふのりを買い集めて、炭団を作ろう!」


「「「 炭団……?」」」


 三人は揃って小首をかしげる。

 俺は大きくうなずいた。




 それから俺たちは、布海苔を買い集めるために町中を駆け回った。

 布海苔ふのりは、織物に使われるためか、織物屋に売られていた。

 価格は、ひとつにつき6文である。



《弥五郎 銭 420文》

<目標  炭50を完売する>

 商品 ・炭 50



 現状はこうだ。

 ここから、今夜の宿泊費120文は別として、いま俺たちは300文を持っている。


「この300文で、布海苔ふのりを買いまくろう!」


 俺は迷いなく決断した。

 これで布海苔ふのり50が手に入る。



《弥五郎 銭 120文》

<目標  炭50を完売する>

 商品 ・炭    50

    ・布海苔ふのり  50



「弥五郎、あんたいくらなんでも、そんな強気な。……いいのかい、お前さん?」


「ああ、弥五郎になにか考えがあるようだ。全部、弥五郎の指示に従おう」


「ありがとう、父ちゃん。……それじゃ、炭団を作ろう。宿に泊まって、一晩かけて作るんだ」


 こうして、この日の夜、俺たちは必死になって炭団を作り上げた。

 そして翌日――



《弥五郎 銭 0文》

<目標  3貫を稼ぐ>

 商品 ・炭団 50



 炭団は完成した。

 ……それはいいが、すっかり一文無しだ。

 これが売れなかったらヤバいが、もうこうなったら自分を信じるしかない。

 

 それにしても、江戸時代に発明されるものをいま作ってしまった。

 歴史が変わるかもしれない。そういう危惧はある。

 それでも、両親と村のためだ。俺は自分に、そう言い聞かせた。




 市場は、今日も人でごった返していた。


「炭ィ、25文。皆々様、25文ですぞ~」


 なまず屋長兵衛は、今日も絶好調で炭を売っている。

 そのなまず屋。俺たちが市場に来たのを発見すると、ニタァ~と嫌な感じに冷笑を浮かべる。


「おやおやァ、大樹村さんはやっぱり商いをやりますかァ。売れるといいですなァ~」


 嫌な感じの、せせら笑いだ。


「おのれ、あのブタ商人……」


「伊与、相手にするなって。俺たちは俺たちの商売をするまでだ。そうだろ、父ちゃん」


「ああ、その通りだ。やるぞ、弥五郎」


 俺たちは、荷物の中からゴザを取り出してその場に敷き、炭団をずらずらと並べた。

 炭団はひとつ60文で売るつもりだ。

 炭と同価格である。それでも充分、利益が出る。

 あとは、売れるかどうかなんだが……。


「さて、どうしたもんかな。どういうふうに売ればいいかな」


 少し、戸惑う。

 商品を作ったはいいが、売るとなると考えてしまう。

 なにせ未来の道具だけに、商品の良さをアピールするのが難しい。

 手に取ってさえもらえれば、炭団の良さは絶対に分かってもらえるんだが……。

 悩んでいると、隣にいた父ちゃんが俺の肩をポンと叩いた。


「そう暗い顔をするな、弥五郎。お前は間違っていない。自分に自信をもて」


「父ちゃん。……いや、だけど。炭団をどう売ろうかなって思うと、ちょっと悩んじゃって」


「気持ちは分かるが、商いは明るくやることが大事だ。……よし、それならまずは父ちゃんがお手本を見せてやろうか」


 そう言うと父ちゃんは、ふいに声を甲高くして「お炭ィ、お炭ィ」と歌うように叫び始めた。

 よく通る、いい声だった。その調子に引かれて、なんだなんだと人々が集まり始めた。


「さてさて、おのおの方。これなるは唐天竺はもとよりのこと、南蛮国でもまったく見られぬ珍妙な炭。なんと一度火をつけてみてみれば、夜までまったく消えやせぬ。魔術妖術の類にも見えるがなんてこたあない、最高の炭。海藻と炭を混ぜ合わせて作った炭団子、その名は炭団!」


「炭団?」


 客のひとりが尋ねてくる。

 父ちゃんは慇懃にうなずいた。


「ぜひとも一度お使いあれ。並の炭とはわけが違う。や、違うといってもお値段は同じ。炭団ひとつで60文。ぜひとも皆様、お買い上げを――や、そのまなざしはまだ疑うておりますな? 夜まで消えない炭なんて、そんな馬鹿げたことがあるかよ――そういうお気持ちでございますな? よろしい、それならば」


 父ちゃんは、炭団ひとつに火をつけた。

 チリチリと、炭団が熱を放ちだす。

 おお、と客たちが声をあげた。


「ご覧の通り、炭団は熱い。とことん熱い。お客様、触ってみますかな? ……あっはっは、ほうら、お熱いでしょう。指先、早く水で冷やしなされ。――さてこの炭団、いま火をつけましたが、ぜひ皆様、また宵の口にこちらにいらしてくだされ。炭団は変わらず、熱を放っていますぞよ」


 客たちは、それぞれ目を見合わせた。

 す、すごい口上とパフォーマンスだな。

 さすが、兼業とはいえ長年商人をやってきたひとは違う。

 商品は、こういうふうに売るのか。なるほど、やっぱり品が良いだけではものは売れないんだな。売るには売り方ってものが必要なんだ。


 当たり前の話なんだが、俺はそれをいま学んだ。

 武具に関する技術や知識なら人に負けない自信はあるが、商売となると俺にはまるでスキルがない。

 もっと修練しないとな……。


「さ、さ、さ。お客様、市場の中を見てきなされ。手前らは変わらずここにおります。おっと、火をつけた炭団をすり替えやせぬか、そう思っておりますな? よろしい。それならばずっとこちらで見張っておってもよろしゅうござる。商人(あきんど)、牛松。逃げも隠れも致しませぬ」


 そのセリフを聞いて――


「それじゃまた夕方に来るよ」


 と、去っていった客が半数。

 残り半分の客は、


「面白え、炭団が夕方になっても熱いままかどうか、ここで見といてやるよ」


「おう。もし熱が消えていたら、おめえ、ただじゃ済まさんぞ」


 と、口々に告げて、その場に残ったものである。

 父ちゃんは、胸を叩いた。


「炭団は本物。熱は消えませぬ!」


 ……その口調が、あまりに自信満々なもんだから。

 俺は思わず、ひそひそ声をかけたのだ。


「いいのか、父ちゃん。そんなに強気なことを言って。炭団がもし失敗したら――」


 すると父ちゃんは、沁みるような笑みを浮かべてうなずいた。


「大丈夫だ。儂はお前を信じておる」


「…………」


 俺は思わず、言葉を詰まらせた。

 父ちゃんの言葉が、涙が出るほど嬉しかったから。

 誰かから愛され、信じられるということが、こんなに幸せだと思わなかった。

 お前を信じている。――平凡なセリフだが、実際に面と向かって言われることなど、人生のうちでそんなに何度もあるもんじゃない。少なくとも前世の俺は、何年も聞いていなかった。


 誰かに必要とされる。誰かに信じてもらえる。

 それって本当に、嬉しいことなんだな……。


 父ちゃんの信用に、応えたい。

 だから俺は負けじとばかりに、


「炭団、炭団っ。いかがですか! 熱さ長持ち、便利な炭団っ! いかがですかっ!」


 声を大きく張り上げた。

 隣で、母ちゃんと伊与も客の呼び込みをしてくれた。


 背後で父ちゃんが、微笑んでいるのが分かった。

 俺も、笑った。




 そして、夕方――


 炭団は変わらずに熱を発し続けていた。


 ――こいつはすごい。


 集まっていた客は、驚き、炭団を次々と褒め、60文を払って、購入していった。

 炭団は、飛ぶように売れた。売れただけじゃない。炭団そのものが珍しいということで、人々が次々と見物に集まった。


 炭団は49個売れた。しまいには、パフォーマンスのために火をつけた、途中まで消耗している炭団まで、60文で買いたいという客が登場したのだ。

 すなわち、炭団は完売した。

 俺たちは、3000文。すなわち3貫を手に入れたのだ!



《弥五郎 銭 3貫0文》

<目標  炭50を完売する>

 商品 なし



 3貫もの銭が前にある。

 父ちゃんはうなずき、母ちゃんもさすがに喜んでいる。


「なんて子だろうね。本当に3貫、稼いじまったよ」


「だから言っただろう、弥五郎は神の子だと」


「いや、父ちゃんのおかげだよ。俺だけじゃ、炭団をこんなに売れなかった」


「いやいや、儂はただ、ものの売り方に慣れているだけに過ぎん。何年も商いをやっていれば、あれくらいはできるよ」


 父ちゃんも母ちゃんも、そして伊与も笑顔だった。

 みんなが幸せそうでなによりだ。それに、3貫が手に入ったのもよかった。


 ――ふと市場の中心を見る。

 炭の在庫を大量に抱えた、なまず屋長兵衛が立っていた。


「ぐ…………」


 俺と目が合うと、なまず屋長兵衛はプルプルと震え、


「このなまず屋に恥をかかせおったな。……覚えておれっ!」


 捨てゼリフを残すと、きびすを返して去っていった。


「いい気味だぜ、あいつめ」


「ああ、最後の顔は見ものだったな」


「これ、弥五郎、伊与。あまり人様をそういう目で見てはいけませんよ」


「と言いつつ、ちょっぴりほくそ笑むお杉であった、と……」


「もうっ、お前様。だからどうして説教の途中にそういうことを!」


 勝利の団欒が、家族におとずれる。

 気分がいいぜ。やったね。

 と、みんながニコニコ笑っていた、そのときである。


「おう、おう、おう」


 小男が突然、声をかけてきた。


「大樹村の者が妙な炭を売っていると評判じゃったから、見に来たんじゃがのう。なんじゃ、もう品切れか?」


「あ、はい。左様でございます」


 俺は慌てて答えた。

 妙な顔をした男だった。


 しわくちゃの顔がなんだか猿みたいで、出っ歯の口許などはねずみに似ている。

 そんな面構えのせいで、なんだか老けて見えるんだけど、しかしよくよく見ると男はまだまだ少年だった。せいぜい10代半ばだろう。


「売り切れとは残念至極じゃのう。安くて良い炭があるならば、100でも200でも300でも――いやいやいやいや、例え100万の炭があろうとも、買い上げるつもりであったがの」


「……はあ」


「おう、人をそんな、うさんくさそうな目で見るもんじゃないでよ。わしゃ、これでも怪しいもんじゃない。この猿顔は確かに怪しいがの!」


 小男は、げらげら笑った。

 やかましい。町中に響くのではないかと思うほどの大声だ。

 ――そして彼は、名乗ったのだ。


「わしの名前は藤吉郎。尾張那古野の織田家に仕える小者での、薪炭奉行(しんたんぶぎょう)の下で働いておる。なにはともあれ、よろしくの!」


 ……藤吉郎?

 藤吉郎って……なんだか聞き覚えが……。


 ………………。

 …………ま、まさか――ひ、秀吉!?


 俺は、思わず叫び出しそうになった。

 豊臣秀吉。低い身分だったが、主君の織田信長によって見い出されて武将になり、最後は天下人にのし上がった、戦国一の出世頭。

 戦国日本は、この男によって統一される。幼少時の名前は猿とも日吉丸とも伝わるが、確実な史料から見られる最初の名前は、木下藤吉郎秀吉――

 ま、マジでこのひと、秀吉なのか!?

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