第44話 地球上でこの六人だけ

 津島の大橋屋敷――


 かつて、俺たちが集った『もちづきや』はとうになくなってしまっている。

 だからこそ俺は、いまは亡き大橋さんのご家族から、この屋敷の一室を借りたのだ。


 俺。

 伊与。

 カンナ。


 それに――


 あかり。

 次郎兵衛。

 五右衛門。


 合計、6人が揃った。


「全員、揃ったな。……伊与。部屋の外に誰もいないか、もう一度確かめてくれ」


「確認した。誰もいない。……お前がなにを話しても、それは、ここにいる者にしか伝わらない」


「よし。ならば話せる」


「どうしたってんだよ、改まって。こっそり酒でも酌み交わすつもりかい?」


 五右衛門がおどけたように言ったが、俺はじっと彼女の瞳を見つめる。

 真面目な空気を察知して、五右衛門は押し黙り、姿勢を正した。

 あぐらをかいていたのが、正座になる。


 俺は改めて、仲間たちの顔を見る。

 本当に長い付き合いだ。……誰もがもう、40歳を超えている。老けたというか、大人になったというか。


 ひとのことは言えない。

 俺など、転生前は29歳だった。

 そこから生まれ変わり、12歳の弥五郎となり、さらに31年の月日を経験したのだ。

 身体こそ満年齢で43歳だが、人生経験の年数でいえばもはや還暦である。老けるはずだ。


 回想が長くなった。

 俺は、一度、深呼吸をして。

 改めて、述べた。


「あかり。次郎兵衛。五右衛門。俺は3人にずっと隠していたことがある。……伊与やカンナはもう知っている。……さらに言えば、信長公も知っていた。そして、竹中半兵衛と明智光秀は気が付いた。……そういう秘密だ」


「アニキ。なんですか、そりゃあ……上様まで知っていた?」


「……山田さま」


「単刀直入に言おう。俺ははるか未来からやってきた人間だ。いまから400年以上も先の日本から、生まれ変わってこの乱世にやってきた」


「……!」


「はい? どういうことッスか?」


「なんだと……」


 あかり、次郎兵衛、五右衛門がそれぞれの反応を示す。

 次郎兵衛が特にピンときていなかったようなので、俺はさらに説明した。


「そもそも俺ははるか未来の日本人、山田俊明という男だった。それが雷に打たれて亡くなってしまったんだ。そして気が付いたとき、俺は尾張の大樹村に生きる小僧、弥五郎となっていた。……信じられないと思うが、事実だ。


 だから、俺は山田俊明であると共に、間違いなくこの時代の人間、弥五郎でもあるわけだ……」


「な、なにを……なにを言ってるんスか、アニキ。そんな突拍子もない……」


「次郎兵衛。俊明の言っていることは本当だ。私だって最初は信じられなかったが」


「ずーっと、ずーっと先の時代からやってきた人なんよ。……だから弥五郎は、先のことがよく分かるし、すごい武器や道具を作ることができたんよ」


「……あ、アネゴたちまでそんな……。……ええ……。……ちょっと……。……未来? アニキが――」


「……並のお方ではないと、ずっと昔から感じておりました」


 あかりが、神妙な声で言った。

 彼女は顔をわずかに伏せて――出会ったころと違って、黒髪を伸ばしたあかりは、どこか愁いを帯びた表情をして、


「ずっと、ずっと昔から。この津島で『もちづきや』をやっていたあのころから。山田さまだけは、この世のお方ではないのではと、考えておりました」


「あかり」


「……最初は、優しいお兄さんのようでした。わたしもわらべでございました。だから遠慮もなく甘え、共に暮らし、ときには商いの旅にもついていきました。共に三河、遠江、駿河、信濃に参った日々は、いまでもわたしの中に、きらきらと輝く虹のように……。


 でも、もう少し長じると、山田さま。あなたは……あるいは神仏かなにかの化身ではないかと、思うようになってきて。……そういうことでしたか。本当に、遠い、遠い未来からやってきた方だったのですね」


 あかりにしては珍しい長口上。

 それだけ、ずっと昔から抱いていた想いだったのだろう。


 はるか昔、まだあかりが俺のことを『お兄さん』と呼び、俺は『あかりちゃん』と呼んでいた。


 それがいつごろからか、仲間ではあるが、少しだけ違う関係になった。

 あかりはそのころから大人になり、直感的にではあるが、俺のことをそういう風に、つまり違う世界の人間だと感じるようになっていたわけだ。


「嬉しゅうございます。山田さまが、このわたしに本当のことを話してくださって」


「あ……」


「常人とは違う宿命を帯びた方。その宿命をこうしてお打ち明けになること、さぞやお悩みだったと存じます。……それが、わたしに打ち明けてくださった。それだけでわたしは、もう、もう……」


「うちは納得いかねえぞ!」


 そのとき、五右衛門が叫んだ。


「そんな大事なこと、なんでいままで隠していやがった!? ええ、弥五郎――うちらにだけは話してくれよ。話したら、誰かに漏らすとでも思ったのか? うちらがビビって逃げるとでも思ったのか?」


「あのね、五右衛門――そうやないとよ」


「カンナは黙ってろ! 伊与もだ! あんたたち3人だけで知っていて、そりゃあんたたちは夫婦だからだろうけれどさ、それにしたって隠すのが長すぎるだろうが! 何年付き合ってるんだよ! 何年、何十年、死線をかいくぐってきて……そりゃねえだろう!!」


「あー、五右衛門のアネキよ。別にアニキは、隠したくて隠してたんじゃねえと思うッスよ。あかりちゃんの言う通り、アニキなりに悩んでいたんじゃないッスかね……」


「馬鹿は黙ってろよ! 話についてこれてねえんだろ、どうせ!」


「おいおいおい、馬鹿はねえっしょ!? 言うに事欠いて馬鹿呼ばわりたあ! そりゃあっしは馬鹿っすけどね、さすがに今回の話は流れが見えてきたッスよ! アニキはずっと未来からやってきた。そうでしょ? そうだ! ……それでアニキ、ちょっと聞きたいんスけれど、それでアニキのやることはなにか変わるんスか? これからも藤吉郎のアニキと一緒に戦うんでしょ!?」


「……ああ。それはそうだ。変わらない。これからも俺は藤吉郎と共にある」


「だったら話ははええや。アニキ。あんたが未来の人間だろうがなんだろうが、あっしにとっては神砲衆の山田弥五郎だ。あかりちゃんみたく神仏だとは思わねえ。兄貴分の山田弥五郎だ。命尽きるまで、アニキと一緒に戦う。和田様を助けてくれたアニキを、これまで一緒に過ごしてきたアニキを信じてついていく。それだけだ」


「次郎兵衛。……あんた、よか男になったんやね。びっくりしたばい!」


「まったくだ。人間、齢を重ねればこうもなるか」


「ひでえなあ、お二方とも。そこまで言わなくてもいいのに……」


「次郎兵衛」


 俺は、その瞳をまっすぐに見た。


「ありがとう」


「……いやぁ……」


「あかりも」


「……わたしも、次郎兵衛さんと同じ。最後まで山田さまと共に」


「なんだい、なんだい。二人揃って、隠し事してたヤツ相手にえらく優しいじゃねえか。うちはそんなに上品にならねえぞ。もともとうちは泥棒の娘なんだ。天性、性根が曲がってんだ。はるか未来からやってきたなんて話、このうちがあっさりと信じるとでも……!」


「五右衛門。……話していなかったのは本当にすまなかった。いろいろと怖かったのは間違いない。……特に怖かったのはバタフライエフェクトだ」


「バタ……なに?」


「バタフライエフェクト。取るに足らない些細な行動が、歴史に影響を与えてしまう。それが怖かったのもあったんだ。俺が五右衛門たちに真実を打ち明けることで、なにか遠い未来にとんでもないことが起きてしまう。そんな気がしたんだ。


 それこそ今回、信長公は亡くなったが、……俺の動き次第では、信長公がずっと早くに死んでしまうとか、そういう未来になってしまうかもしれない、そういうことが怖かった……」


「……だから、うちらに教えなかったわけかい。ふん。……だったら、どうしてここに来て、急に話し出したんだ?」


「五右衛門が言ったじゃないか。なにもかも終わったらすべて話してほしい、と。……そうだな、とさすがに思うようになった。そして――信長公が亡くなったいま、歴史は大きく動き出した。俺も40歳を超えた。……ここまできたら、すべてを話したいと思うようになったんだ」


「それで、か。……分かるような、分からんような。……全部、結局あんたのお気持ち次第じゃねえか。だいたい伊与とカンナにだけは、しっかりとしゃべっているのも腹が立つし、それに、信長公? なんで信長公まで知ってたんだよ」


「そこは、また話すと長くなるが……」


「あっしはむしろ、そこ、スゲエと思うッスけどね。伊与とカンナのアネゴたちはそりゃまあ別格としても、その次があの上様ってのがねえ。あっし、上様の次にアニキの秘密を知ったのかって。ねえ、あかりちゃん」


「う、うん、まあ、そうだけど」


 あかりは次郎兵衛を相手にしたとき、ほんの少しだけ昔のような顔をした。

 そんな顔をしてから、


「山田様。このことは、羽柴様にも滝川様にもお話していないのですね?」


「……ああ。話していない。上様に、半兵衛も明智も亡くなったいま、知っているのはここにいる6人だけだ」


 そう言うと、部屋がしんと静まり返った。

 この広い日本、いや地球上にたった6人。

 俺たち6人だけが、未来を共有している。


「弥五郎」


 五右衛門が、うつむいたまま言った。


「なんだ」


「どうしてもムカッ腹が立つ。理屈じゃない。たまらん。……一発、平手打ちさせろ」


「ちょっと、五右衛門。あんた、そらいくらなんでも」


「……いや、大丈夫だ、カンナ。構わんぜ、五右衛門」


 ばちん!


 思い切り、俺は平手で打たれた。

 さすがに五右衛門の力は凄かった。

 俺は思い切り吹っ飛んで、尻もちをついた。


「……痛え……くっ……」


「よし、これでしまいだ」


 五右衛門が俺のところへ寄ってきた。

 もう、先ほどまでも怒り顔は見えない。

 目を細めて、ニッコリ笑っている。


「勘弁してやるさ。……さあ、あんたの知っていること、もっと全部ぶちまけな。さあ、うちらはこれからどうする? なにをしたらいい? もう、上様もいねえんだ。怖いものなんてない。思いっきり、大暴れしてやろうぜ」


「五右衛門。……ありがとう」


 俺と五右衛門は、がっつりと握手をした。

 この時代に握手という習慣はないのだが、それでも手と手をつなぐことに、なにか人間としての本能的な喜びがある。俺と五右衛門は笑顔を交わし合った。


「それで未来から来たアニキ、いろいろと聞きたいことはあるんスけれど、どうしても気になることを最初に聞きたいッス。……あっしって、何歳まで生きるんスかね? それが知りたくて、へへへ」


「分からん。……いや、別に隠してるんじゃなくてだな。いつまで生きるかなんて、400年後の世界に名前が伝わっている人間しか分からないんだ。だから俺はもちろん、伊与もカンナもあかりも次郎兵衛も、何歳まで生きられるかは分からないんだ。……これが有名な人なら、そう、例えば藤吉郎だったら何歳まで生きるかも分かるんだが」


「わ、分からないんスか。……あっし、名前が残ってないんスね。ううん、こりゃ参った」


「なるほど、それじゃ迂闊に誰かに相談もできねえわけだな。なるほど、なるほど。じゃあ、この石川五右衛門も何歳まで生きるかは分からないわけだ」


「………………」


「ん? おい、弥五郎、いまなんで目をそらした? さてはなにか知ってんな、おい!? 言えよ、隠し事をするなよ、おい! ……弥五郎~っ!!」


「……久しぶりだな、俊明がここまでいじり回されているのは……」


「津島の風のせいかもしれんね。みんな、昔を思い出すけん」


「本当に。懐かしい限りです。……どうでしょう、いまからわたし、おむすびでも作ってきましょうか。


 ……昔みたいに……!」




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次回、第45話で第5部は終わります。

第6部にて戦国商人立志伝は完結します。最後までよろしくお願いします。



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