第54話 坂井の伊与と槍の又左

 なんでだ。

 どうして彼女がこの戦場にいる。

 それも坂井勢として勇猛に戦っている!?


 事情は分からない。

 だが、ここで伊与を見失うわけにはいかない。

 やっと見つけたんだ、伊与!


「みんな! あの子が、前に俺が話していた幼馴染だ!」


 振り返りざま、仲間たちに向かって叫ぶ。


「俺は彼女と接触する。すまんが、援護を頼む!」


 指示をくだす。

 と同時に、戦場に向かって疾走する。

 危険だが、それでもやらずにはいられない。


 戦場のど真ん中で、織田方と坂井方がぶつかり合っていた。

 俺はその中を懸命にかいくぐる。仲間たちが砲撃を繰り返し、道を作ってくれた。

 そして俺は、ようやく伊与の前まで到着すると、


「伊与!」


 と、その名を呼んだ。


 だが。

 ――伊与は、敵意に満ちたまなざしでこちらを睨んできて。


「お前は誰だ?」


 冷徹な声音で、そう言ったのだ。

 瞳も、もはや化生のものだった。まともな人間の目つきじゃない。

 かと思うと伊与は、刀をふるって飛びかかってきた。


「くっ!」


 俺はとっさに右へ飛びのいて回避する――

 伊与、俺のことが分からないのか!?


「伊与、俺だ。弥五郎だっ!」


 叫ぶ。

 しかし伊与は、無言。

 その刀の切っ先を、俺へと向ける。

 殺される。伊与に殺される……!

 俺は息を呑んだ。その瞬間だ。


「オラァァァッ!!」


 強烈な吼声(おたけび)と共に、若い侍が俺と伊与の間に飛び込んできた。

 俺や伊与と、そう変わらない年齢の少年。しかし身長の4倍はあろうかという槍を振り回して、伊与の刀に一撃を加える。


 伊与は、2、3歩退いた。

 少年武士は、改めて槍を構え直し――


「前田又左衞門利家、推参!」


 快活な声で、名乗りをあげた。


「よき敵と見たぜ。オレっちの初陣を飾らせてもらうぞ!」


 ……前田利家!

 織田信長の家来のひとりで、のちに豊臣秀吉の親友になる戦国武将。

 若いころは『槍の又左』として有名な槍使いだった人物だが――その前田利家が、伊与と戦闘を始めたのである。


 前田利家は、強い。

 初陣というわりにはまったく臆さず、何人もの兵士を斬り倒した伊与と、互角の戦いを繰り広げている。

 俺はコンマ何秒か、我を忘れてふたりの争いを見守っていたが、しかしすぐに、それどころじゃないと気が付いた。


 どうする。

 どうすればいい。

 伊与を救いたい。

 やっと会えたんだ。

 彼女を正気に戻さないと。


 やがて別の坂井兵がやってきて、前田利家を攻撃しはじめた。

 前田利家は、伊与に加えて新たな兵ふたりを相手にすることになる。


「ちっ!」


 前田利家は舌打ちし、さすがに焦りの表情を見せだした。


 こ、このままじゃ前田利家がやられる。伊与も救えない。

 俺がなんとかしないと。俺が……!


 ――俺がなんとかするなら……武器でなんとかするしかない!!


 俺は袋からリボルバー銃を二丁取り出すと、その場で空に向かって――

 たんたんたんたんたーん!! 激しく、何度も射撃した。


「伊与、目を覚ませ! 前田さん、その子は俺の仲間なんだ、やめてくれ!」


 あまりに激しい銃声の連発。さらに俺の叫び声。

 伊与も前田利家も、他の坂井兵も、思わず呆然として――


「伊与! 大樹村で育った弥五郎だ! 思い出してくれ!!」


「やご、ろう?」


「そうだ、俺は弥五郎だ。何度だって言ってやる。弥五郎だぞっ!!」


「……弥五郎」


 伊与の眼に、光が灯った。


「弥五郎……お前……どうしてここに――」


 と、そのときだ。

 わあっと、どこかで声が聞こえた。と同時に坂井兵が退いていく。

 どうやら織田方が勝利したようだ。鬼神のように活躍していた伊与の動きが止まったことも、理由のひとつかもしれない。


「こりゃ、どういうことだ。……おい、てめえ」


 前田利家が、ジロリと俺を睨んでくる。


「何者だ。背旗も差さずに戦場に来やがって。こら、てめえはいったい織田方か、坂井方か……」


「織田方でごぜえます!!」


 そのとき、これまた大声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。

 振り返ると、藤吉郎さんがそこに立っていた。織田の旗を持っている。


「お初にお目にかかります、前田さま。わしは那古野城の小者頭、藤吉郎でごぜえます。そこにいるのはわしの友にして、津島衆の客分、山田弥五郎でごぜえます!」


「ふーん、仲間か。まあ、それならいい。で、そっちの娘は――」


「そちらも、山田弥五郎の幼馴染の伊与でございます。事情があって坂井方におったようですが、わしとも顔見知りでごぜえます! のう、伊与?」


「え。あ、は、はい……」


 伊与は、まだ呆然としながらもうなずく。

 前田利家は、苦笑いを浮かべた。


「この流れじゃ、その娘を斬るわけにもいかねえか。ま、家族同士、仲間同士で敵になったり味方になったりは、よくあることだからな。……まあいい。既に首級はあげた。初陣にしちゃ上出来だ。これ以上は欲張りだな」


 前田利家は、さわやかな笑みを浮かべた。さっぱりとした気性の人のようだ。

 藤吉郎さんのおかげで助かった。前田利家に倒されたらたまらない。

 それにしても、伊与。やっと会えた……。


「って、あれ?」


 振り向いたら、伊与がいない。

 どこに行った、と思ってきょろきょろすると。

 ――伊与は地べたにぶっ倒れていた。


「どうした、伊与。おいっ、伊与!」

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