第57話 斎藤道三の肝を抜け!
斎藤山城守道三。
父親との二代がかりで、美濃国をのっとったとされる、戦国屈指の梟雄。
その生きざまから『美濃のマムシ』とまで呼ばれている斎藤道三は、当時から油断のならない男だと思われていた。
今回の会見も、ただ婿の顔が見たいという理由で行われるはずがない。
信長の父、織田信秀が死亡したことで、尾張の政情はぐらついている。跡継ぎの信長は、うつけと評判である。では、その信長が本当にうつけなのかどうか、この目で確かめてやろう。もし本当にうつけなら、面会したその場で殺してもいい……。
と、斎藤道三は、そのようなことを考えていたと言われている。
だが、未来人の俺は当然知っている。織田信長はうつけなどではない。
事実、信長は斎藤道三の考えを見抜いていたらしい。
だからだろう。
織田信長は道三との会見が決まるやいなや、こう言ったとのことだ。
『マムシめ、我が器量を図る気でおるか。……面白い。ならばこの会見を逆に利用して、やつの度肝を抜いてやる』
信長は、評定の場で家臣団に命令した。
『誰か。マムシでさえ驚くような武器を500、用意せよ。かといって役に立たぬものは要らぬ。――槍か銃が良い。見たこともない槍か銃だ!』
なんて面倒くさい主命だろう。
そんな主命を受けたい者はいない。
『誰もやらぬというのか? ……ん、又左?』
信長は、評定の間の末席にいる前田さんと目が合った。
『そちは、どうじゃ。やってみぬか?』
信長は、淡々とした声音で言った。
前田さんは、一瞬、気圧されて――しかし、思わず叫んでしまったらしい。
『お、おお。やります、やりますとも。お安い御用で!』
「ということで、見たこともない槍か銃を用意しなきゃならねえ」
「えっらい安請け合いしましたね」
「分かってるよ、ンなことは! 思わず口に出ちゃったんだから、しゃあねえだろ!」
前田さんは、叫び返してきた。
「……とにかくオレっちは主命を引き受けた。それはいいが……しかし知恵が出てこない」
「はあ」
「――そこで弥五郎、お前の出番だ」
「はっ!?」
「藤吉郎から聞いたぞ。お前、武器を作るのが達者だそうじゃねえか」
「は、はあ……」
「な、頼む。ひとつ力を貸してくれ。なにか面白い武器を作ってくれよ」
「ま、また無茶な……!」
見たこともないような槍か銃を500。えらいことだ。
まして信長と道三の会見なんて、歴史の中でもけっこう重要なポイントだと思う。
プレッシャーが半端ないが……って、ちょっと待てよ。
確か信長と道三の会見は、信長が鉄砲を何百丁も揃えて持ってきていて、それを見た斎藤道三が驚く、という流れのはずだ。……はずなのだが。
さっきの推測を思い出す。
この世界は、俺が動かなければおおむね史実通りにならないんじゃないか、というもの。
ならばまさか。俺が動かなかったら、あの銃の逸話は成立せず、会見も失敗するんじゃないのか!?
斎藤道三が織田信長を殺すとか、そういう流れになるんじゃないのか?
もちろんこれは推測でしかないが。
……しかし、だとしたら、だとしたら。
――気がついたとき、俺は思わず叫んでいた。
「や、やりますっ。やらせてください、この仕事!」
もしも信長がここで死ねば、日本の統一事業は進まない。
天下は平和にならないだろうから。
「おお、やるか、弥五郎!」
「さすがオレと藤吉郎の見込んだ男だぜ!」
藤吉郎さんと前田さんが、笑顔で褒めてくる。調子のいい……。
――が、次の瞬間、前田さんはえらいことを言った。
「ところでな、今回の予算なんだが。……実は謝礼を含めても3000貫までなんだ」
「え、3000貫!? 火縄銃は良いものなら90貫はします。500揃えたら、その時点で――ええと……45000貫ですよ!?」
「それは分かっているが、最近いくさが続いたからな。織田家も金がねえんだよ」
「いや、しかし……さすがに3000貫は――」
「そこをどうにかするのが、弥五郎の腕ではないか。なっ、頼りにしとるでぇよ!」
けっきょく押し切られてしまった。
俺は、織田家のために槍か銃を揃えることになった。
とにかく考えよう。
新しい武器、まではいいけれど、予算が3000貫なあ。うーん。
悩みながら部屋に入る。
伊与とカンナが、笑みを浮かべて会話をしていた。
「……なんか仲良くなってるな、ふたりとも」
「いや、私が目を覚ましたら、そこにカンナがいたものだから」
「そりゃ、看病せないかんち思うたけん。で、ふたりで話しよっただけよ。ねえ?」
「ああ」
伊与は穏やかな笑みを浮かべ、カンナもニコニコ顔だ。
気がついたら仲良しか。……まあ、いいことだ。お互いの自己紹介も、もういらないみたいだな。
「で? 藤吉郎さんは、なんて言うてきたん? 面倒な依頼してきたんやろ?」
「面倒って……まあ確かにそうなんだけど」
俺は藤吉郎さんから依頼された仕事について、ふたりに話した。
「槍か銃を500。しかも予算が3000貫か。厄介だな」
「だろ? どうしたもんだろうな。鉄砲だけでも予算を超えそうだし」
「安物を買い集めるとか、どうだ?」
「しかし今回は美濃のマムシをビビらせないといけないからなあ」
「それもそうか。……ううん」
伊与は腕を組んでしまった。
すると、カンナが口を開く。
「熱田にでもいってみる? なんか思いつくことがあるかもしれんよ?」
「熱田? 役立つことなんてあるかなあ?」
米交易のときにいった熱田。
やたら雑多な空気だけが記憶にあるな。
「分からんけどさ、あそこ、変なもんけっこう売りよったけんさ」
「まあ、それはそうだけど……」
「そういえば、これは堤さまの遺品なのだが」
伊与が、小刀を見せてくれた。
「無銘だが、なかなか斬れる。しかしこれが、熱田で100文だったと言っていたな」
「安っ。100文でそれは掘り出し物やね。……ねえ弥五郎、行ってみらん?」
「……そうだな。ちょっと、熱田に行ってみるか。伊与はどうする? まだ身体の調子、完璧じゃないだろ?」
「いや、もう大丈夫だ。……私もいくよ」
伊与は、笑みを浮かべて言った。
「これから少しでも、弥五郎の役に立ちたいからな」
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