4-49.先生の幻惑Ⅱ

※今回は、イノー視点から展開されていきます。



 魂が抜けたみたいに、身体が軽かった。

ワシはきっと吐いてしまったのだ。今日は体調が悪かったし、仕方がない。

熱がないのだけが救いだったが、なかったからこそ無理をし過ぎてしまった。

でも、ザビ少年の誕生日くらい、ワシが主催して祝ってやりたかったんだ。


 また下からせり上がってくる熱を感知する。もう何度目だろう。

付き合いで飲んでしまったから、熱くなっているに違いない。

朝の時点では熱はなかった。なかった。……なかった筈だった。

 じゃあ、この大量の汗はなんだ。この視界を激しく揺さぶる眩暈はなんだ。

この荒い呼吸は一体何なんだ。風邪の症状というのが、きっと一般的な解釈なのだろう。

間違いない。言い逃れはできない。

何にせよ、ワシの身に何かが起こっていることだけは確かなことだ。


 ……あぁ、苦しい。まただ。また始まった。

額から溢れ出る汗に呼応してか、毎秒金槌で打ち込まれたような痛みが、前頭葉にも後頭部にも満遍なく走り続けている。

考える脳が死んでいく。支配される感覚が、限界点を突破した。


 ある一つの感情だけがワシを巣食っていた。


 痛い。痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。


 脳の部位という部位が、ワシを攻撃していた。

今日のワシは何かがおかしい。こんなこと、これまであまりなかった。

どうしようもない。よだれが止まらない。

目尻の涙は行き場を失い、服と地面を打ち続けていた。

時折、赤も混じるその染色が、事の深刻さを如実に感じさせた。

意識が少しずつ飛びそうになる。

全身を襲う絶望は止みそうになかった。

頭痛、眩暈、汗、鼻水、荒呼吸、吐き気、倦怠感。

もうこの世の全ての苦しみが、この時だけはワシに集まっていると錯覚させられた。




×××




 ――気付けば、意識の外枠で、ワシは絶叫を垂れ流していた。

既に失った感覚が、肌を焦がす雷を受け取っていたことを、この時のワシは知る由もなかった。

『今』思えば、全てがつながっていたことが理解できてしまう。

してやられた。冷たい牢獄の中、情けない溜め息しか漏らせないワシを恨んだ。

あとは頼んだぞ、『ラスターつなぐ者』よ。

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