3-30.『風僭倢』の猛攻

※今回は、三人称視点で展開されていきます。



 ルキウムの『風僭倢クイークエ』は猛った。

リーベル直々に指南を受けた隊員達にできること。

それは、忙しい中でも自分の時間を割いてまで鍛錬に協力してくれた、リーベルへの感謝。

感謝は勿論、言葉だけでもいい。でも、それだけでは伝わり切らない思いがある。

そもそも感謝の言葉など、もう既に百万と言っている。

だから、今度は――隊員達がベルに顔向けするための最高の方法は、敵を討伐することだ。


「取り囲め、敵はたったの一体だ! ……我らには能力がない。

でも、殊この戦いにおいては一種の有益点アドバンテージにもなり得る!

敵が魔法をもった最強のドラゴンから、何の能力ももたない、そう言わば我らと同じ無能に成り下がったことと同じになるのだ!

我らにも勝機の切れ端が掴めるかもしれないぞ!」


「「「「っしゃあぁぁぁぁぁぁあああああ!」」」」


 ――『風僭倢クイークエ』には秩序がない。

いつもどこかで衝突が起こっており、それら全ての解決手段は喧嘩勝負に帰着する。勝者こそが規定ルールで、絶対であった。

故に、敵との戦闘時も一定の間隔など存在せず、各々が好きな時に好きなように攻撃する。

敵方には混乱を招き、隊員達のみが心地よく殴り続けることができる。彼らの十八番じょうせきがここにあった。

 張り詰めた空気は、どこかに忘れてきた。

現状巻き起こる、怒涛の『風僭倢クイークエ』包囲網。その勢いに、ドラゴンは押され気味になっていた。

身体のあちこちに裂傷が見受けられる。目に映える赤が何度も何度も地面を汚した。

 隊員達にも手応えというものが、その手に宿っていた。

もしかしたら、本当にやれるかもしれない。そう思う程には、目の前のドラゴンは追い詰められているように見えた。

知らず接戦が続き、予想以上に時間が稼げている。

裏で話し合う『詮仁咲カトゥオル』の面々も、白熱した議論が展開されているようだった。


「最後まで気を抜くな! 俺達が勝ち星を上げずして、誰が上げるって言うんだ!

そうだろう、みんな!」


「ったりめぇよ!」


「舐めてんじゃねぇぞ!」


「やってやろうじゃんよ!」


 各々、口に出す言葉は違っていても、心は同じだった。

――眼前、見据える人類の宿敵。その息の根を止める。それだけが彼らの願いだった。

 上がる息や跳ねる汗には見向きもしない。さっきまで胸を巣食っていた恐怖も、外の吹き曝しに追いやった。

切り伏せ、撃ち込み、殴り飛ばし、圧倒する。隊員達の頭は、そのことで埋め尽くされていた。

 波状攻撃は止むことを知らない。

ドラゴンの抵抗はあるものの、数の暴力に案外抗うことができていなかった。

群がった無能の恐ろしさは計り知れない。もしドラゴンに感情があったなら、そう感じたかもしれない。

 でも。ドラゴンは未だ本当の実力を発揮していなかった。

長い時間をかけ、体力も奪えば、損傷も与えた。それなのに、一向に弱った様子を見せないのだ。

損傷も致命傷になり得るものはなく、ドラゴンにとってはただの掠り傷の連鎖でしかなかった。

 対する人類側。その体力は底を突きかけていた。

先ほど、ドラゴンは抗うことができていなかったと言ったが、それはこちらの攻撃量を鑑みての物言いだった。

実際は、反撃が何も無いという訳では毛頭なかった。幾許かの反撃によって、数人の隊員は戦闘の続行が不可能になっていた。

単に反撃が少なかったのは、命の危険を感じることがなかっただけ。その可能性は大いにあった。

無能には当然の結果だったのかもしれない。そもそもドラゴン潜在能力ポテンシャルを甘く見るべきではなかったのだ。

 痺れを切らしたドラゴンは、大振りの尻尾を隊員達目掛けてお見舞いする。

体力空穴からけつの彼らに、避ける余力は残っていなかった。皆まとめて地面に打ち付けられる。

そのまま誰一人として立ち上がる者はいなかった。

 その時、後方で話し合いを続けていた『詮仁咲カトゥオル』から拍手喝采の嵐が吹き荒れた。

風僭倢クイークエ』の最後を見届けていたへイリア達が、皆一斉に盛り上がりの渦中にいるイノーに注目の目を注いだ。


「『風僭倢クイークエ』の皆、一歩遅くてすまなかった!

でも、君達の頑張りは次の我らの道をつくったぞ!」


「良い案が上がったのか?」


 へイリアから言葉尻を待たない問いかけが繰り出された。皆、同じことを考えていたことだろう。

それをわかっているイノーも、もったいぶらずにさらりと返す。引き締まった、勝負の顔を携えて。


「おうとも。これで君達はあの憎きドラゴンを葬り去ることができるだろう!」


 力強く宣言されたその言葉に、その場にいた全員の拳がギチリと鳴いた。

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