3-29.無能者共の狼煙

※今回も、前回に引き続きへイリア視点から展開されていきます。



 ルキウムにいる隊員達は皆、艱苦かんくの表情を浮かべている。

イノーさんが来たことによって、形勢は一気にこちらに傾くと思っていた。それなのに、実際はどうだ。

肝心のドラゴンには、魔法が効いていないのだという。

身を翻し、自陣に帰った僕は皆に尋ねる。


「どうしましょう。魔法が効かないとなると、僕ら無能者で何とかするしかありません。

何か考えはありませんか?」


 僕の発言に、誰一人答えようとする者はいない。揃って眉間に皴を寄せ、小首を傾げている。

そんな中、一人挙手をする存在があった。


「おうおう、沈黙に身をかまけている時間はないぞ!

こういう時こそ、我ら『詮仁咲カトゥオル』の出番ではないのか!

これだけの人がいるのだし、やりようは幾らでもあるんじゃないか?」


 魔法が役に立たずとも、第四部隊を指揮する部隊長だ。

こういう時、イノーさんは本当に頼りになる。

彼女の言葉に、俯いていた第四部隊の面々は次第に顔を上げ始める。

それを見て、他の部隊員達も一斉に前を向くことを思い出していった。

誰かが一言発した。


「普段は魔法を使える人の援護が多いけど」


 それはか細く、それでもどこか信念の籠った声音だった。

その声を聞いた誰かが続きを紡ぐ。


「僕達」


「私達も」


「皆」


「『我世』の一員だ!」


 声は重なり、徐々に大きく力強いものへと変わっていった。

皆が息を呑んだ。お互いがお互いを、目で見て認識し合う。

ここにいるのは紛れもない仲間だ、と。


「だから――」


 これまでで一番喉を張った声が空気を揺らした。

最後はイノーさんが息を吸う。


「そうさ! だからこそ、『今』、ここで」


 どこから始まったのかはわからない。でも、そこには大きな円が出来上がっていた。

男も女も、部隊の垣根も関係ない。ただ丸くまとまった人々の心。誰ともなく、鼻で息が吸われた。

打ち立てよう、打ち立ててやろう。僕らがここに生きた証を、父さんが僕を認めざるを得なくなるような実績を。

全員の声が、その一瞬に全て解き放たれた。


「「「「ドラゴンを討伐してやろう‼」」」」


 各々がポツリポツリと紡いでいった言葉。その一つ一つが、全体の総意として結実した。

僕は一人、静かに感動の涙を堪えていた。

人類はどんな苦境に立たされようと負けないのだ。

『勝ち』の可能性が一つまみ分でもあるのなら、誰もがやり遂げようと旗を掲げるのだ。

まだまだ『神様』にいいようにされる訳にはいかない。

ここを最小限の被害に抑えて、また、皆で笑って暮らす。

そのためなら、僕もここで全力を出し切ってやろう。


「……じゃあ、とりあえずここにいる『詮仁咲カトゥオル』は集合してくれ! 

それと、ドラゴンはワシらを待ってはくれない。

だから、これ以上被害を拡大しないためにも『風僭倢クイークエ』の諸君、防戦してきてくれ!」


「ほう、早速出番か、いいじゃないか! ベルはいないが、俺達は強い。

必ずや守り抜いて、時間を稼いできてやるぜ!

あわよくば、ぶっ倒してきてやるから、楽しみに待っていてくれよ」


「心強いな。ベルのとこの平達は」


「なんか言ったか? イノーの姉貴」


「いや、何でもない。では、本当に早速だが、よろしく頼む!」


「おうよ! 任せときな。行くぞ、みんな!」


「「「「おぉぉぉぉぉぉおおおおお‼」」」」


 とりあえず『風僭倢クイークエ』がドラゴンの足止めをしに行った。

彼らに有効打があるかはわからない。もし彼らだけであのドラゴンを討伐できたなら、最高の展開だ。

あくまで希望的観測の範疇は超えない。それでも、期待してもいいと思える目を彼らはしていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る