3-31.アンタの最強で、いいんじゃないのか?

※今回はまた戻って、へイリア視点から展開されていきます。



 僕はイノーさんの言葉を待った。

風僭倢クイークエ』の善戦によって、僕ら無能者達が勝ち取った時間。

その全てを注ぎ込んで、ようやくまとまった作戦なのだ。さぞ確実性の高い作戦に違いない。

『我世』の脳と言われる、頭脳派部隊『詮仁咲カトゥオル』考案の箔。それは、かの『世界の黄金郷メディウス・ロクス』の輝きに勝るとも劣らないものがある。

否が応にでも期待せずにはいられなかった。

ドラゴンは絶えず侵攻を続けている様子だ。

早くしなければ、最悪、件の塔にまで辿り着いてしまうやもしれない。


「では、早速ではありますが、その方法とやらを教えてくれないでしょうか?

風僭倢クイークエ』の後釜を命じていない以上、被害は少しずつでも確実に、一秒一秒拡大していってしまうでしょうから」


 テムさんのこの発言には、イノーさんも頷かざるを得ない。

本当に時間がないのだ。手短かつ、わかりやすく伝えてもらわねば困るというもの。

テムさんと同様、僕もイノーさんに念を押すように視線を送った。


「うむ、それでは肝心の作戦概要を発表しよう!

ここには『極擽懲花ウーヌム』以外の全ての『我世』部隊の隊員がいる。

それぞれ得意とする作業も、逆に苦手とする作業も異なっている筈だ。

だからこそ、ワシらは長所を活かし、弱点を補い合って戦うことができる!

そうだろう、皆!」


 大手を振り、高らかに演説を始めたイノーさん。

時間がかかるかもしれない。

直感的にそう思った僕は、本筋の作戦概要に戻るよう促そうとすると、他組織員の面々から同意する声が沸き起こり始めた。

僕は一人、静かに頭を抱えた。


「そうさ、殊戦闘に大きな差があってもそれぞれできることは違っている」


「私は援護支援を得意としているわ」


「僕は避難誘導」


「俺は何と言っても戦闘だ」


「おうとも! ワシら『詮仁咲カトゥオル』、脳みそここを使うことなら、ドンと来いだ!」


「私達『燈釐草トリア』は、戦闘の後方支援と、人々の避難誘導、並びに人命救助です」


「俺ら『火這ドゥオ』は、戦うこと一筋! 何があろうと歩みを止めてやることはない!」


「『風僭倢クイークエ』だって、その規則のない、自由な戦法で、敵方を鋭く追い込んでいくことに長けているだろう!

先ほどの戦い、彼らは素晴らしかった!」


 理解はできた。組織員達を扇動し、士気を高めたいという魂胆だろう。

確かに、誰も彼も全てに劣等の烙印が押されている訳ではない。

出来不出来があることは当たり前で、だからこそ、できることには全力で情熱を注ぐことができる。

とはいえ、もうドラゴンは間近に迫っていているのだ。

急がなければ、父さんと同じ轍を踏むことになってしまうかもしれない。

それだけは、それだけは避けなくては――。


「さて、そんなワシらが強大なあのドラゴンをぶっ倒すならば、手順を踏み、手分けをして対抗していく必要がある!

全部で手順は四つだ。だが、一つはもう終わった」


「終わったとはどういう?」


「ノホホ、それはワシらの会議に他ならん。

第四部隊が頭脳を名乗るのであれば、当然組織員達の司令塔として、戦う姿勢を見せねばならないだろう」


「わかりましたわかりました。

十分理解が及びましたので、中身を――これから行うことを教えてください!

僕達は何をすれば?」


 待っていられなくなった僕は、イノーさんに『答え』を催促する。

どうしてこう、回りくどいのだろうか。さっさと言えば、超えられる壁があるというのに。


「へイリア隊員、ご忠告ありがとう。

ワシもこの現状がどういったものかは理解しているのだがね、しっかり説明せんとわからないと思ってな。

今、こう諭す時間も……」


 イノーさんが『今』を理解などしていないということを、僕は理解した。

聞く耳は途中で破れ落ち、残った頭が行動を起こした。

予備動作も無しに方向を転換し、爪先に力を込める。靴と地面とが熱を生み出したと同時に、空中に砂塵が舞った。

 走り出した僕をもう止める者はいない。

僕は恐らくこの中で一番強い。僕が勝てなければ、きっと他の誰にも勝てる相手じゃないだろう。


――だから、勝って証明する。


――だから、勝って安心させる。


――だから、勝って父さんに追いついてやるんだ。


「お前を葬り去るのは、この僕、へイリア・マルッゾだ!」


 僕は一人先行し、ドラゴンまでの道を突っ走っていく。

後ろから何かを叫んでいる声が聞こえている気がするが、こうして飛び出してきた僕には必要のない言葉達だろう。

さっきは良くも悪くも魔法に頼り過ぎていた。どれだけ強かろうと、確実はないことを切に教えてもらうことができた。

この失敗をいい経験だったって、笑い話にできるような明日を僕が連れてきてやる。

そうこうしている内に、大剣の一振りには十分な間合いまでやってきた。

 大剣はやはり重かった。いくら鍛えていても、自分の身長とさほど変わらない鉄塊を持つのは大変なことだった。

すぐにでも地面に落とせれば、きっと腕は楽になるのだろう。

走るのだって、もっと早くなるに違いない。

拳で戦うことを選べば、大剣を振るより手数も速度も段違いに改善されるのだと思う。

 それでも。父さんの強さ、憧れの原石、成長の実感。揺るがない三つの原動力が僕に大剣を振り被らせた。

避けられることも覚悟の上だ。その次、その次の一手まで、予測し頭の中では繰り返し予行演習がなされている。

……自分の身体のことは全くの度外視にして、だ。

 父さんが幾度も幾度も大剣を振るえていたのは、きっと魔法のおかげだった。

僕には魔法がない。だから、父さんのようにできなくても何もおかしいことではないのだ。

でも。だからと言って。僕が父さんを諦められる理由にはならなかった。

それは寧ろ僕が父さんを追いかける理由になった。

こんな無能な僕の身体で、父さんみたく世界を救えたら、どんなにか格好いいだろうと。

父さんは世界の平和のために戦っている。それは、世界に幸せを運ぶこと。

僕だって、同じように幸せを、笑顔を運んでやりたかったから。だから、こうして自分に見合わない大剣だろうと、ドラゴンを殺すために振り下ろせるんだ。

 垂直をたどった軌道は――無様に避けられていた。

力を込めた一閃に、身体ごともっていかれそうになる。

重心のズレた僕は、そのまま地面に吸い込まれるように倒れていく。

その好機をドラゴンが逃してくれる訳がなかった。

 黒く淀んだ口の中。微かに燃える火種の存在に、僕は気付き、死を悟った。

ここにドラゴンの業火を防ぐ手段はない。

もう、終わりなのか。結局、無能の僕に、ただ笑っていることだけが取り柄の僕に、父さんを超えることはできなかった。

今にも噴出されんとするドラゴンの炎熱に、僕は独りでに目を瞑った。


「おい、勝手に諦めてんじゃねぇよ!」


 突然、何者かに引っ張られる感覚が肩口に走った。

近かった熱源が一気に遠ざかっていく。

目を開くと、『火這ドゥオ』の隊員らしき人物がその白い歯を覗かせてきていた。


「大丈夫か? 危ないところだったな」


「イノーさんの話は……もう終わったのですか?」


 焦りを感じながらも、僕は状況把握に努めようとした。

僕は一度死にかけた。これは間違いなく言えることだ。

でも、こうして他隊員が助けてくれている。

ドラゴンの討伐をするにあたっての概要が語られたと見ていいのだろうか。


「あぁ、バッチリ終わった。この作戦の鍵はへイリア隊員、アンタなんだよ」


「僕が、鍵……?」


「何も不思議なことじゃない。

ここにいる組織員の中で最も強いのは、きっと誰に聞いてもアンタと答えるだろうよ。

皆、アンタのこと、認めてんのさ」


「いや、でも。僕は父さんみたく、大剣を扱うことはできませんでした。

一度ならず、二度までもです。こんな僕に期待されても……」


(パチンッ!)


 さっきまで見えていた白い歯を隠し、命の恩人は僕をはたいた。痛さよりも衝撃が強かった。なんで、怒ったような表情を僕に向けるのだろう。何一つ理解できなかった。


「アンタの強さは本物だ。それだけは絶対に忘れちゃいけない。

エラルガさんは確かに強いかもしれない。

でも、アンタだって強いことに変わりはないんだ」


「僕は、父さんを超えなくちゃいけないんです。

父さんはきっと、僕のためにこの『我世』に残っているのですから。

今も戦い続けているのは、僕に最強を証明してみせるためなんだと思います。

その思いには、答えなくちゃ……」


「エラルガさんは大剣が全てなのか? ……そうじゃないだろう。

さっき見ていたが、大剣を振るうにはまだ身体ができていないらしい。

それと大きさももう一回り小さいものの方がいい。

でも、エラルガさんを超えることは、何もかも全てを真似しなければいけない訳ではないんじゃないのか?」


「いや」


「アンタの最強で、いいんじゃないのか?」


 僕はハッと息を呑んだ。

これまでの意識は全てにおいて、父さんを超えなくてはならないと、そう躍起になって修行をしていた。

いつか今日のような大剣を扱えるようになろうと、筋肉マッスル強化トレーニング室に入り浸った。

誰にも強化トレーニング中は喋りかけないように脅しながら。

もしかしたら、間違っていたのかもしれない。

僕は、静かに胸の高鳴りを感じていた。

肩口には掴まれていた時の熱が残っている。


「あの、教えてくれませんか。『詮仁咲カトゥオル』の丁寧を重ねた作戦を」


 真正面から捉えた双眸。初めてお互いに視線が合った瞬間だった。

裏では、『火這ドゥオ』のドラゴンへの攻撃が開始されていた。


「ハハ、あったりまえだ。一つは件の作戦会議。

お次は、『火這ドゥオ』の部位破壊だ。

ドラゴンの強さの元凶は、その機動力の高さである。

よって、その機動力を削ぐため、両翼と、できれば足の破壊までできたらと思っている。

その次は、『燈釐草トリア』の後方支援。彼らの通常業務、染みついた熟練の技で俺達の助勢サポートをしてもらう。ほら、こんな感じでだ」


「はいよ、頑張ってくれな」


 その大柄な体格に似合う戦斧アックスを貰い、親指を突き立てる『火這ドゥオ』隊員。

多くの組織員が一斉にかかることも大事だが、限度もあるし、そもそもその人達の適正に合っているかどうかもわからないのだ。

この方が効率的で、理に適っていると言えるだろう。


「で、最後の四つ目ってのはなんなんです?」


「おいおい。言わすのか、ソイツを。

……決まってんだろ、アンタさ。へイリア隊員による、トドメの一撃。

やはりドラゴンをこの世から葬り去るのはアンタしかいないよ」


「買いかぶ……」


 途中まで出かかった言葉を、空気と共に体内に押し戻す。そして、ギュッと手に力を込めると、その拳を胸元に叩き付けた。


「わかりました。本物の強さってヤツを見せつけてやります!」


 『火這ドゥオ』隊員は勢いよく僕の肩に手を回し、バンバンと叩いてきた。

僕は大きく二度頷きながら、笑顔を見せるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る