3-32.これが僕の最強だ!

※今回も前回と変わらず、へイリア視点から展開されていきます。



 僕が決意を固め、前方に目を向けると、『火這ドゥオ』の隊員達がドラゴンを果敢に攻め立てている最中だった。

風僭倢クイークエ』が敵わなかった相手である筈なのに、僕には彼らドゥオが優位を取っているように見えた。

これでは『風僭倢クイークエ』の顔がもたないじゃないか。

僕ら『我世』は、曲がりなりにも厳しい試験を超えて入隊してきた猛者達の集団だ。

そこに大きな差があるとするならば、大問題として捉えられかねない。

世界の約九割を占める大組織が、テキトーな人選で新入隊員を雇っている。

しかも、世界有数かつ本部も置かれているニグレオス王国で管理している隊員達が、だ。


「すみません。『風僭倢クイークエ』はもっと活躍できたタイミングがあったんじゃないですか?

これではあまりにも彼らが報われなくて」


 僕の切実な思いを聞き受け、イノーさんはけろりと返す。拍子抜けだといった様子で。


「どうした、へイリア隊員。……彼らクイークエが報われない? 何を言っているんだ。

彼らのおかげで、現状『火這ドゥオ』が圧倒してドラゴンと戦い合うことができているのではないか!」


 力強い声音は、どこか『今』を戦う人々の心に発破をかけているように思えた。

周囲を見渡す。そこには、絶えず支援を続けている『燈釐草トリア』の面々の姿があった。

怪我を負った隊員には包帯を巻き、武器が破損した隊員には新しい武器を手渡す。

飲み物も汗を拭く布も、求められれば即刻提供してみせる。

やはり日々の活動によって培われた手際の良さできることは伊達ではなかった。

でも、『火這ドゥオ』と『燈釐草トリア』の協力は、どうしても『風僭倢クイークエ』の善戦と無関係のように思えてしまってならない。

その結論に至ったが最後、理解を捨てた僕の脳は勝手に疑問符を投げかけていた。


「はい?」


「いや、『風僭倢クイークエ』の波状攻撃によって、多くの裂傷ができ、王都の地に血だまりをつくった。

だから、身体のあちこちが切り落しやすくなっていた。……ほれ見てみろ!」


 イノーさんが指差す先。僕の眼前には次々に斬りかかっていく『火這ドゥオ』隊員達によって、右翼、左翼が二連続で地面に落とされる光景が映されていた。

いずれも深く深く傷が刻み込まれ、止めどなく血が溢れている状態だった。

 そうか、彼らクイークエの善戦は何の意味もなかった訳ではなかったのだ。

思い返してみれば、比較的に長い時間をかけて追い詰めていった経緯もあった。

多くの時間を稼いでくれたおかげで、イノーさん達『詮仁咲カトゥオル』の作戦もまとめ終えることができたのだ。

勝手に勘違いして、勝手に失望にも似た感情を抱いてしまった。

僕が一番、失礼だった。僕が一番、信用してあげなければならなかったのに。


「本当ですね……。何か申し訳なかったとしか……」


「おい」


「はい」


「へイリア隊員は悪くない。良くも悪くも他の人を受け入れられない性分が根付いてしまっているようだ。

でも、大丈夫。ここから変わっていけばいい。『今』は君に味方している」


 僕の見据える先には、両翼を捥がれ、更には両足さえも捥がれたドラゴンの姿があった。

ドラゴンは苦渋に顔を歪め、肩で息をしている。


「さぁ、アンタの出番だ、へイリア隊員!

俺達は俺達の最強を語った! アンタはどうだ?」


 僕はイノーさんに会釈をし、ゆっくりとドラゴンに近付き始めた。

縮まる距離に、一センチたりとも動けない、その巨体が無様に踊る。

きっとこれが最初で最後になることだろう。

知られて良かった。わかれて良かった。

僕は背中に携えられた大剣をゆっくりと握る。

 一秒。前に踏み出した一歩に力を込める。

上半身を前傾に、あいた手を大きく振り始める。

速度はどんどん上がっていく。

心臓の跳ねる音が鼓膜を揺らす。

 後ろに通り過ぎていく『火這ドゥオ』隊員達が皆、笑顔を見せてきていた。

僕は何度も脳内に「ありがとう」を響かせた。

最後に映ったのは、助けてくれた例の隊員。僕は力強く頷く素振りを見せ、喉を震わせる。


「――これが僕の最強だ!」


 引き抜いた大剣を横振りの構えに、そしてそのまま一気にドラゴンへと衝突させる。

目立つ傷に重ねるようにして放たれた斬撃は、鱗を貫通し、血肉を切り裂き、鮮血の飛沫を噴き上げさせた。

衣服が赤く染まっていく。

 何かの物音を耳が拾った。それは、足音だった。

幾重にも幾重にも連なって、次第に大きな音を奏でていく。

ゆっくりと音の鳴る方に身体を向けた。

後ろで見ていた『火這ドゥオ』隊員も、その他大勢の組織員達も、皆まとめて走ってきていた。

一人は両腕を空に掲げて、一人は歓声を上げながら、一人は小刻みに足を捌き、舞踏ダンスでもするかのように。

 一秒後、僕は大勢の仲間達に抱きつかれていた。誰もが鮮烈な赤をまとっていく。

ともすれば残酷な一場面。だが、誰もが声を上げて笑っていた。

僕は、この日、大剣を捨てた。

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