3-33.地獄の意志、粘り強く

※今回は、ザビ視点で展開されていきます。



 俺とベルウはその間合いを詰めることもなく、長らく睨み合っていた。

先に動いた方が負ける。どこかにそんな意識が芽生え始めているような気がした。

緊張感は疾うに限界に達し、いつ爆発してもおかしくない状況だ。

 今日の俺も勿論、肉弾戦で『勝ち』を捥ぎ取るつもりだ。

でも、相手の出方、戦法がわからないのであれば、迂闊に攻撃を仕掛けていくことに躊躇いも生まれてくる。

こっちの手の内がバレた瞬間、相手の有益点アドバンテージが暴走する可能性も否めないのだ。

慎重に、慎重に行かなくては――。


「何してんの、ザビっちぃ! 早く攻撃しないと、王都滅ぶよぉ?」


 俺は思わず地面にコケそうになった。

何故このタイミングで話しかけてくるんだ。普通に考えて、意味のわからない行動でしかない。

固まっていた構えを解いて、顔だけアナの方に向ける。


「おい、アナ。俺はこれから、命のやり取りたたかいに身を委ねるんだ。

どう考えても声掛けなんかしちゃいけねぇだろ!」


 当の本人は口をあんぐり開き、目を右へ左へ忙しなく泳がせていた。

俺の溜め息に、慌てて両手を振り出し、大量の汗を流し始める。


「あ、いや、ごめんごめん! つい王都が追い詰められているからって、先走っちゃったよぉ!

さ、アタイのことはいいから、さっさとあのよくわからない奴をぶっ倒しちゃってぇ!」


「おうよ、言われなくてもそのつもりだ。

……なんかアナのおかげで緊張なくなった気ぃするぜ。ありがとな!」


「いいってことよ、ザビっちぃ!」


 俺の肩をバンバン叩きながら、アナは笑顔を見せてきた。とても敵を前にした表情とは思えない。

相対する敵もさぞ困惑しているのではないだろうか。

アナの方から、今一度敵方に視線を向けると、敵は顔を真っ赤にして俺達を待っていた。


「貴方達、随分余裕そうですね。

このオレが、こうして対峙しているというのに……!」


「本当に連れが迷惑かけた! こっからが本番だぜ。

さぁ、戦いを始めようじゃねぇか! ……っと、そう言えばお前、何者だ?

いきなり王都を襲ってくるなんて考えられねぇぜ」


「はぁ、オレの名前はベルウ。三週間ほど前に、ザビさんに弟を殺された者です」


「三週間……というと、入隊試験の時。あっ、待てよ。

てことは、お前まさか――」


「そう、ザビさんの手で殺められたケルーの兄です!」


「アイツに兄弟がいたなんて! なら、今回の目的は復讐ってとこか!」


「まぁ、そんなところですね」


「だったらこんな風にドラゴンを二体も使って、王都全体に攻撃をする必要なんてねぇだろ!」


「…………」


「何か答えてみろよ、ベルウ!」


「……確かに、王都全体を破壊する必要なんてないですね」


「おいおい、お前、自分の罪を軽くしようってのか。

自分はこの作戦については知らなかった、と。

そんなに都合のいい話があってたまるかよ! 現にこうして……」


「いや、この作戦について知らされたのは昨日だったんです。

その時はどこか恍惚としていて、意識がしっかり保てていなかったような……」


「いい加減にしろ! 言い訳甚だしいんだよ。もう御託なんかいらねぇ!

正々堂々ぶつかって、どっちが正しいか白黒つけようじゃねぇか!」


「わかりました、いいでしょう。では、早速参ります!」


「お前、さっきと違ってはやす……」


「――『地獄変球イーンフェルヌス=ムータティオ』」


 俺の言葉には耳も貸さず、ベルウは魔法を繰り出した。一体どんな効果を秘めているのだろうか。

一瞬の内に、ベルウの周りに七つの光球が現れた。ケルーの魔法と同じ、赤黒い光を放っている。

ベルウが右手で何かを投げるような動作を起こす。すると、それらの球が一つずつ、俺の方に飛んできた。

後ろにはアナとイノーさんがいる。彼女たちに流れ弾が当たらないようにしなければ。

俺は通りの反対側へと、大きく旋回し始めた。

球の速度はかなり早いが、俺の手札まほうにかかれば何とかできるだろう。


「話を聞いてくれないんじゃしょうがねぇ!

俺も俺で死にたくないし、仲間にも死んでもらいたくねぇんだ。

――『強筋ブースト』!」


 エラーから貰い受けたこの魔法ちからで、全ての被弾をくぐってやる。

だが、忘れてはならないことがあった。――ここは紛れもない王都であるということである。

俺が避けた球は、通りの店舗群に当たり、大きな爆破を起こした。

地面が揺らぎ、危うく転びそうになった。想像を絶する爆発に、俺は何も言えなくなる。

これは俺が受け止めなければならない魔法だったかもしれない。

一発はくれてやった。でも、もうこれ以上は被害を増やしたくない。ならば――。


「なるほどな。どちらか二つに一つを選んでくれと、そう言いたいんだな!

……だが、生憎と俺って奴は傲慢でね。両方とも守りたくなっちまうのさ。

――『反思リジェクト』!」


 ケルーとの戦いの中でも用いた、相手の攻撃をそのままの威力で返す魔法。

拳に乗せて放つ一撃は、相手が強ければ強いほどこちらの有益点アドバンテージが生まれるのだ。

これで、ケルーと同じようにあの世じごくに送ってやる。

俺はその場で構え、光の球を捕まえんとした。

迫る魔法に拳を握る。額から流れ落ちた汗が頬を伝った。

自然、浅い呼吸が幾度も漏れだす。

 これに失敗したら、さっき見た爆発が俺を襲う。

そうなれば、絶対にまた死を経験することになる。

死んでも生き返ることは別に得することじゃない。

死んだらちゃんと痛みがあって、死んだらちゃんと息苦しくなる。

眩暈なのか吐き気なのか、はたまた眠気なのか。どこにいるかもわからなくなるような、波紋の揺らめきの中で、静かに全てが消えていく。

もう味わいたくない感覚だった。だから、失敗できない。したくない。

拳で受け止め、狙いを定め、そして撃つ。簡単な作業じゃないか。

自分で自分を落ち着けて、もう手を伸ばせば届く距離にまで迫った赤黒い物体に触れようとした。が、突然。その物体は俺の手を避け、地面に着弾した。

途端、膨張し、俺の両足を覆い隠す。

何が起きているのかわからず、逃げようとした俺は気が付いた。――足の自由がなくなった。


「ザビさん、驚きましたか。

この魔法によってつくられた光球は、その性質を自在に変化させ、好きなように操作することができるんですよ!」


「なら、俺の足に纏わりついているこれは――」


「はい。極度に粘性を高め、その厄介そうな足の自由を奪わせていただきました」


 俺は迂闊だった。相手の魔法は何回も見てみないとわからない。

それでも、あのタイミングであの軌道を避け切ることができなかったのは、大失態としか言えない。

動けなければ、ベルウを殴りに行くこともできないじゃないか。

 さて、どうしたものか。俺は足りない頭で考えを巡らせるのだった。

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