2-9.『呼思者』
その内容を聞いて、比喩抜きで顎が外れるほど驚いた。
まさか『
今日はいつも通り、身体ならしとしての組手を行った後、メインの修行で『
本日が初日と言うこともあって、どんなことをするのか今からワクワクしている。
でも、期待し過ぎて拍子抜けしてしまうという可能性もあるから、それなりの気持ちで留めておいた方がいいかもしれない。
ともかくまずは目の前の組手に精を出すことにしよう。
組手のルールはたった一つのみ。相手に一発、渾身の一撃を叩き込むこと。
叩き込んだ者の勝利と言うことになっている。
オズはオズで対人の戦闘スキルが無いわけではなかった。無いなんて口が裂けても言えない。
そう言うなれば――対人戦闘の達人とでも言うべき人だったのだ。
右拳を囮にし、左フックをかまそうとしながら、俺はオズに会話を投げかける。
「なんでこんなにつえーんだよ、オズ!」
「これまで本当に永遠かと勘違いを起こすくらい気の遠くなる時間を、私は一人で過ごしてきたネ。
日々を普通に消化しているだけでは、暇になる時間がどうしてもできてしまうサ。
そんな暇を解消するために、多種多様なものに手を出したのヨ。
その一つにあったのが戦闘スキルの獲得だったってことネ~」
俺はオズが口を動かしている間にも、攻撃の手を緩めなかった。
いや、むしろ手数を増やし、追い詰めていったはずなのにどうにも決定打が作れなかった。
片手間で高速に繰り出される足や手の数々をいなし、涼しい顔をキープしている。
実力の差は明白だった。何が『やり手の冒険者』だ、笑わせるな。
一発も食らわせられないまま、攻撃に失敗しスキだらけになった抜き身の身体を渾身の左ストレートが貫いた。
今日も負け。今日はもう一度チャンスがあるだろうが、まるで勝ち筋が見えない敵にどうしたものかと頭を悩ませる。
組手をメインでする日もあるため、毎日毎日同じ数やると決まっている訳ではない。
今回の勝敗分も合計して、ざっと二十五戦二十五敗。負け越しもいいところだ。
今日はいい。今日のメインは
すぐに気持ちを切り替えて、俺は次の修行に備えていく。
これまでは実態あってのイメージだった。
果物をはじめとした食品系、材質やにおい、色味などにそれぞれ特徴のある物体系等々、この数日間で様々な感覚からのイメージの構築を模索した。
事実、先日行ったように何も見ずとも果物が分かるようになったし、その物に触れるだけでどんなものに触れているかも何となくイメージが掴めるようになった。
そして、今日。注目必至な
きっと聞き間違えだったのだろう。あまりにも魔法との関連性が薄すぎる。
「おい、オズ。
さっき
「本気も本気ヨ。さっきも言ったけど、昨日の夜中、拠点に来訪者があったのネ。
それで、何の話かって尋ねたら、『
何か詐欺紛いのにおいがプンプンしている。
あまりにも怪しすぎる存在をさも当然のように信じ込むオズを心配し、少し強めの語調で当たる。
「そいつは、信用に足る人物なのかぁ。
ぽっと出の奴の言葉なんて信じるかよ、フツー」
軽く放ったジャブのつもりだった。なのに、返ってきた言葉はメリケンサックを装備した右ストレート。
オズは目をギンギンに開いて、力説してきた。
「あれは、きっと物凄い人物だと思うネ!
尋常ならざるオーラを宿し、その言葉にはどこか優美で、繊細で、奥ゆかしいものを感じたヨ。
そう、言うなれば……『神様』みたいだったネ~」
「『神様』だって⁉そんな馬鹿な!
こんな何でもない時期とか、何でもない場所に『神様』は降臨しねぇはずだぜ?」
「それは、確かにそうだけどサ……」
オズは名前を知られていたらしい。親し気に接してきて、友だちができたのかと興味津々に聞いてきもした。
どうやら発言からして、『
果物で魔法の習得は難しいと単刀直入に言ってきたのだという。
俺らしか知りえない情報を知りすぎていることから、『神様』だろうと推測を立てるのも無理はない、か。
でも、仮に昨日の来訪者が『神様』だったとして、なぜ俺たちに干渉してきたのか。
「考えるより、試してみる方が早いネ。
てことで、ザーが寝ているうちに採血をしておいたヨ~」
「おいおい、やる気満々かよ! まぁ、俺もやり方はわからないしな。
…………一応試すだけ試そう」
聞いた話によると、握り拳一つ分くらいの量を飲んで、発動条件である行動をすれば、魔法は発動するらしい。
どのあたりの記憶を見るとか、どのくらいの時間分の記憶を見るのかとかは、何度も魔法を使用する中で練度を上げていくことが必要なようだ。
とにかく一度行動してみることだ。
俺があれこれと考えを整理している間に、オズは既定の量程度の血が入ったコップを前に置いてきた。
四の五の言わずにさぁどうぞって感じか。面白い。
「……よし、飲むぜ」
ゆっくりとした動きで、コップを手中に収め顔の前に近づけていく。
赤く光沢のある液体が、不安げな俺の顔を映した。
ええい、ままよ!覚悟は決めた。顔と一緒に腕も上げる。一気に煽る形で、のどの奥底へ流し込んでいった。
「っはぁ、はぁはぁ……飲んだぞ! これでいいんだよな‼」
「はいネ~! じゃあ、早速使えるかやってみてヨ~」
そう言って、俺に左手を伸ばしてきた。
「えっ、休む間もなくかよ! まぁ、やっけどさ」
少々嫌がりつつも、すんなり右手を差し出す。
やったことはないが、記憶を遡るようなイメージも頭の中で作っておく。
「じゃ、行くぜ、『
意識を吹き飛ばすような衝動が全身を襲う。
これは、成功したのだろうか……。
――これは昨晩の記憶のようだ。
『禁忌の砦』の前に一つの人影が見える。
これは、さっきまで話していた『神様』と思しき来訪者か?
その存在に気付いたのは、用を足すために外に出たオズだった。
来訪者は出てきた傍からオズにハグをし、我先に話し始めた。
俺たちの近況について事細かに話しているみたいだ。
オズは真剣にその話しを聞いている。なんて優しい奴なんだろう。
来訪者の話しが一度止まる。先が気になるといった様子で耳を傾けるオズに対して、答え合わせでもするかのようにもう一度口を開いた。
次の瞬間、驚くような顔を一つ。この時、自分の血を飲ませれば、俺に魔法を習得させられるのだと言われたのだろう。
一部始終見ていたが、どうやらオズの話しは正しいらしいということが証明された。
一切の齟齬がなく、話しが展開されていったのだ。
来訪者はリアクションがとても分かりやすく、オズと話すことを幸せに感じているように見えた。
彼らにはどんな関係があるのか、俺には分からない。
でも、俺と同じように深いところでオズへのつながりがある。そう直感が騒いでいたのだった。
✕✕✕
……俺にも『
あれが『神様』かどうか真偽は定かではない。
でも、このおかげで習得にまで漕ぎ付けられたのは動かぬ事実だ。
「できた。できたぜ、オズ!ありがとう、名も無き来訪者‼」
「やったネ、ザー。
これで魔法に関して、私から教えられることは何も無くなったヨ。
後は自分で何度も何度も使って、練度を上げていってネ~」
「おう‼」
こうして、俺は『
だが、それはオズとの別れが近いことを示している。寂しい気持ちが修行の日々が進むごとに強くなっていった。
それでも。
その思いをも背負って、進んでいく。
俺は大きな目的のために、また一歩踏み出したのだった。
試験当日まで、残り五十日。
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