2-8.新たな風
ザビが修行を始める様子を、静かに眺めている者達がいた。
地上から一万メートル上空――天空一階層、『鉄の領域』。
下位の『神様』たちが日々を暮らす
「ムネモシュネ様、『呼思者』の男が突然現れた謎の男に『
魔法は、
あれだから、『神様』にいいように使われるのですよ!」
静寂に垂らされた、高く澄んだ声音。そこからは、『呼思者』への侮蔑の思いが透けて見える。
その声の主は落ち着きなく上下左右に身体を揺すりながら、前に立つ主人の言葉を待っていた。
「そんなに悪く言ってはいけませんよ、サバス。
喜ばしいことじゃない! 今日はお祝いしなくっちゃね!
というか、あの謎の男。もしかして……」
「そうですね、以後気をつけます。
もしかしてって、あの謎の男について何か心当たりでも?」
「今二つ頭に思い浮かんだことがあるの。一つはあの顔に見覚えがあるってこと。
以前、きっとこの天界に足を運んだことがあるわ!
私は記憶を司る女神、正しくない訳がない!」
「……天界に来たことがあるってことは、『神様』に面識があると踏んで間違いないですね。
どうもきな臭いな……。で、もう一つはなんなんですか?」
「そう、もう一つ。
それはあの男が天界に来たことから考えられること、つまり推測の範疇なのだけど」
そこで、息を整えるように一度口を閉ざす。
サバスはじれったそうに貧乏ゆすりをしながら、早く続きを話すよう視線で訴えた。
短く息を吐いたムネモシュネは、妙に真剣な顔で言葉をつなぐ。
「もし、あの男が、あるいは『幻の十一柱目』の男なのだとしたら、魔法をオズから譲渡してもらうことができるかもしれないわ」
「なんですか、その『幻の十一柱目』って?」
「私も全ての情報を知っている訳じゃない。
『神様』が皆、全知全能ならゼウスがあれほどまでに取り立てられることもないでしょう?
……でも、なんでも自分の死によって、他人の呪いを解く能力で、何度死んでも死ねない。
人呼んで『庇死者』と呼ばれているそうよ」
「聞いたおいらから言うのも何なんですが、難しい話ですね。
もし仮にその『庇死者』という存在が本当にいるとするなら……」
サバスが考えを整理し、何かを告げようとした時、それに割り込むようにしてムネモシュネが話し始めた。
――まるで『答え』を隠すかのように。
「そうね、計画はどうなってしまうんでしょうか?」
そこで会話は時間を動かさなくなる。そのまま、ムネモシュネはサバスを連れて、自室に向かうのだった。
✕✕✕
大分と、果物の
麻布で縫った目隠しをして、口に入れられた果物を当てるのだ。
「これは?」
「ゴンリ」
「これは?」
「カトマッス」
「これは?」
「ウイキー」
「今のところ全問正解ネ! 次が最終問題ヨ~」
「お! ほんとか! 何の果物でもどんとこいだぜ‼」
「はいネ~! じゃあ、これは?」
「いや、酸っぱああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ‼」
「答えは?」
「…………デレクタマです」
「なんで、そんな丁寧語で小声なのヨ~」
笑みを零しながら、何故か俺より満足げなオズを、目隠しを外して確認した。
やっとの思いで俺は、
「まず、
少し休んだら、
「合点承知だ! どんどんやっていこう!」
座学は、学校で行う物から現在の社会、世界の情勢など、本当に多岐に渡る。
幸い学校の勉学は王族時代に受けていた英才教育のおかげで、何とかなりそうだった。
問題は、この俺たちの生きている世界についての話題。
これに関しては、どういうわけか何一つとして知識が備わってなかった。
知っていることと言えば、『一千年』に一度、『神様』の手駒である
後は、オズに少し教えてもらった『我世』についてのこと。
「今日は、何について教えてくれるんですか、オズセンセ!」
「センセではありませんヨ。
先生のことは、しっかりせ・ん・せ・い!と呼びなさいネ~」
「へーい! 分かったぜ、オズ先生!」
「よろしいネ~」
オズの先生スタイルは、とても様になっていた。
もしかしたら、ありえたかもしれない未来に一抹の悔しさを感じつつ、今こうしてこの姿になれていることに感謝する。『今』は、こんなにも輝いているんだ。そんな気障な台詞を脳内で浮かべながら、授業を受ける。
「今日は、
早速ですが、
「はいはいはぁい!」
「はーい、ザビ君!」
今は授業中だから、ザー呼びは禁止になっている。
「五千年くらい?」
「あー、残念ネ。違いますヨ~」
割と本気で当てにいって外したの、なんか恥ずかしいな。
羞恥に顔を赤らめていると、オズは顔いっぱいにニヤニヤを纏ってこちらをじっと見つめてきた。
「あれ~、まさかザビ君はピタリ賞狙いに来たのに外しちゃって、恥じらんでるノ~? かわいいネ~」
「うっさい! オズ先生の意地悪め!」
「先生にうっさい!なんて使っちゃいけないんですヨ~。
正解は、七千年でしたネ~」
何とも腹の立つ先生だこと。それでも、間違ったことは教えてこない。
まぁ、先生としちゃ当たり前のことかもしれないが、俺は今まで恐らく『神様』によって嘘の情報を教え込まれていた。
だから、こうして真実を知る機会が得られて嬉しいのだ。
その敬意を払って、オズのご鞭撻には笑顔で返す。
過程の中で、もちろんいがみ合うこともある。それでも、心の奥底で許し合えた俺たちなら大丈夫だ。
俺は満面の笑みをたたえて、オズに感謝を述べる。
「正解を教えてくれてありがとな!」
「なにサ、いきなり。まぁ、嬉しがっといてあげるヨ」
「なんそれ?」
知らぬ間に目尻は下がり、口角の上がった口から声が出ていた。
二人共、この時間がずっと続いてほしいと思った。
しばらくして、声が止むと俺はオズに声を掛けていた。
「オズってさ、こっから出らんないんだっけ?」
「……うん、そうだけどサ」
「もし俺が二か月間の修行の果てに『我世』入隊の目標が達成できたなら、」
声は震えていた。言葉を区切ったのは、怖気づいたからじゃない。
ちゃんと腹の底から声出して、伝えたかったから。
オズは俺のことを優しい表情で見つめている。揺らめく水面のように不安定なそれは、儚くて美しかった。
眦に力を込めて、大きな声を響かせる。
「お前をここから連れてってやる‼」
強く強く言い放った。俺はお前と一緒にいて、最高に楽しかった。
これからもこんな最高に楽しい日々を過ごしていきたい。
「…………」
長い長い沈黙が続く。オズは顔を下に向けて、頭をガシガシ搔き始めた。
石畳の色が少しずつ濃くなっていく。
「ぁ……ぁあ…………ぁぁぁ……」
声にならない嗚咽が静かな空間に木霊する。二分やそこらのことだったと思う。
俺はそれが『一千年』、いや永遠の時間のように感じた。
ただただ、オズが落ち着くのを待ち続けた。
そして、オズはガバッと顔を上げる。もう涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃで、見るも堪えない様子だった。
それでも、俺は顔を背けなかった。
「…………待ってるヨ、待ってるからネ‼」
最後は元気いっぱいにいつものオズらしく笑顔を見せた。
俺は一つ目的が増えたみたいだ。オズをここから出してやること。
そんで一緒に仲良く楽しく暮らすんだ。
そんな新たな思いを胸に、ザビは修行を続けていくのだった。
試験当日まで、残り五十七日。
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