2-16.失敗続きの日々に

 もう何度目かの絶好の機会タイミングだった。

目の前に、気弱そうな仲間に対して今にも暴力を振るおうとしている、男冒険者がいた。

俺たちが飲み物を口にする度に、響いてくる怒鳴り声の数々。

手を上げた瞬間に腕を掴んで、そのまま身柄をエラーに届けるつもりだった。

それなのに、今俺たちの前に広がる光景は、計画とは全く異なる展開を見せている。

ついさっき、男冒険者は感情を爆発させ、その右腕を振り上げた。

この時を待っていたと、身体の向きを変えた時エラーはもうそこにいて男冒険者を締め上げていたのだ。

どこかにいた様子もない。音もなく現れ、口元に笑みを湛えながら事件を颯爽と解決していった。

有無を言わさぬその速さに、傍観を強要させられる。


「アナ、これほんとにエラーを上回れることあんのか?」


「やっぱりぃやっぱりぃ!

エラー相手に先手は取れないと思うぅ!

だって、エラーは魔法を使えるものぉ!」


「エラーにも魔法が使えるのか⁉

それを早く言ってくれ!」


 俺たちは三日間、エラーに事件を献上するため奔走した。

朝方の早い時間から夜遅くまで都市の東へ西へと奔走し続けた。

ここで足踏みしている暇はない。

一刻も早く修行を開始して、力を付けなければ試験を突破することはできやしないだろう。

その思い一つで邁進してきたというのに、今さら先手は取れないし、魔法を使うだって⁉

道理で一向に先に進めなかったのだ。


「というか、『我世』の幹部はほぼ魔法を使うことができる『神種ルイナ』だよぉ!」


また『神種ルイナ』か。前にオズと話した時にも言っていた。


――『神種ルイナ』は『神様』の神託を受けた存在であり、それぞれ何かしらの能力をもつ。


 人類の中で俺たちが魔法と呼んでいるものを使えるのは、『神種ルイナ』のみだ。

つまり、あのメガネ野郎も『神種ルイナ』ということになるが、一体どういう能力なのだろうか。

俺が熟考を始めると、アナは何かを察し説明を続ける。


「エラーの魔法は、『強筋ブースト』。

筋力を極限まで高め、誰ものをも凌ぐ破壊力を得るというものだよぉ!

人々からは『膨力者』と呼ばれているぅ!」


 『強筋ブースト』はかなり強そうだし、期待できるんじゃないだろうか。

エラーには二つ名もあり、かっこいいことこの上ない。でも、一つ気がかりなこともある。


「エラーは俺たちがいつも先回りして問題に対処しようとしているのに、いっつも忽然と姿を見せてくるよな?

あれも『強筋ブースト』の為せる業か?」


 そう、いつもエラーは突然にその姿を現してくる。

俺たちがどれだけ先手先手を走っても事件が解決する直前には立場がひっくり返っているのだ。

これを『強筋ブースト』で説明するには、俄かに信じがたく感じる節があった。


「あっさりぃあっさりぃ! そんなの簡単な話だぁ!

エラーの魔法練度が極まっているからだねぇ!

練度だけで言えば、エクさえも上回ると言われているよぉ!」


「練度を高めれば、そんな人知を超えたような所業も可能になるってのか!

……俺も頑張らねぇと」


「んー?なんか言ったぁ?」


「いぃや、なんでもねぇよっと!

今日はもう疲れたし、飯にしてさっさと寝ちまおうぜ!」


「さっぱりぃさっぱりぃ!

気にはなるけど、今日も十三回挑戦して全敗しちゃったもんねぇ!

ゆっくり身体休めて、また明日頑張ろぉかぁ!」


「たまにゃ、早く休んでもバチは当たらねぇさ!

さっ、飯飯~」


 今日、エラーにも魔法が使えると分かった。それだけでも大きな収穫だったと思う。

大作戦決行から三日目。疲労も溜まってきたが、弱音も吐いていられない。

そうそう、俺は最近、魔法練度を上げるために夜の特訓を開始した。

と言っても、寝ている間のアナに『回顧リコレクト』をかけるだけではあるが。

俺たちは金もないので、王都の郊外にある馬の宿舎を借りて寝泊まりしていた。

王都付近で一番安い宿はここであり、他にも多くの冒険者によって利用されている。

俺たちは、場所もないため川の字になって一緒に寝ていたが、特にやましい気持ちも起きはしない。

なんせ馬小屋でしかないのだ。臭いも酷けりゃ、寝心地も悪い。

寝返りを打てば、チクチクした草藁が睡眠をしっかり阻害してくる。

はじめの内はアナも俺を警戒したが、もう今では腹を出していびきをかきながらぐっすり眠っている。

 少し『回顧リコレクト』を使うのにも気が引けるものはある。

言ってしまえば、勝手に人様のプライベートを見ることになるのだから。

でも、四の五の言っていられない現状だ。

この状況を打開するためには、一つでも多くの武器が欲しい。

ちなみに見えてくるものは未だにランダムで、幼いころの一場面など、しょうもないものしか今は見ることができていない。

そもそも見ることのできる時間も極端に短いことが多く、謎が謎を呼ぶシーンが続くことも多かった。

更には、夜分にお花を摘みに起きることもあるため、その際はしっかり寝たふりをしなければならない。

そうなると、魔法を解かなければならず、結局あまり彼女のことは分からないままで二日が経過してしまった。

晩御飯も食べ終わり、銭湯に行って身体を綺麗にしてきた。

さて、今日もこの時間がやってきた。

試験当日まで、残り三十六日。

俺はアナの寝息が一定になったのを見計らって、握手するような形で手を絡め、小声でそっと唱える。


「『回顧リコレクト』」


 身体が海藻のように揺蕩う感覚に支配された。視界の焦点が定まらず、輪郭が軌跡を描く。

すると、何か異変を感じた。

微動をどこかの部位に察知する。

頭か……違うな。

じゃあ、足だろうか……いぃや、違う。

なら、腕はどうだ……近いが、違う気がする。

そうか、わかった。この微動は……右手。右手ってまさか。


――今アナと繋いでいる手じゃないか。


 途端に鼓動が加速する。背筋に冷や汗が伝い、目には焦りが宿った。

手汗を掻き始めた気がして、ゆっくりゆっくり手を離そうとする。

あと三センチ。二センチ。このまま離し切れば事なきを得ることが……。

そう思ったのも束の間、突然力の入っていなかった右手に力が込められる。

あと一センチが届かなかった。

閉じ切っていた目がそろりそろりと開かれ、含みを持たせるように顔の正面をこちらに向けた。


「何してんのぉ。この変態野郎ぅ」


 日中の勢いはなく、じっとりとした目で俺の様子を窺っている。

これは、いわゆる修羅場ってやつだ。

まだ、アナには魔法のことを話していない。どうしたものか……。

俺は必死に頭を回転させながら、苦笑いを浮かべるのだった。

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