2-15.酒場と仲間

 酒場は真昼間ということもあって、人でごった返していた。

皆冒険者なのだろうか。物々しい武器を携えた人々が、それぞれ楽しそうに談笑している。

この世界では一部を除いて魔法が使えない分、武装による魔物への対抗が一般的である。

魔法というのは基本的に『神様』の領分で、人間に扱える代物ではない。

 だからこそ、エクやオズはその存在自体が希少なもので、人々からの崇拝や羨望の対象となり得る。

 オズの場合は、幼少の頃からエイム・ヘルムに幽閉されていたため日の目を見ることはなかったが……。

 エクは、オズとは打って変わって太陽が激しく自己主張するような日向の道を歩いてきている。

ニグレオス王国第一王子、次期国王としておよそ十代後半から、めきめきとその実力をつけ人気を勝ち取っていった。

そう、それは――俺が『禁忌の砦』で敢え無く命を落とした後からだ。

最初、エクは自分のことをひ弱であると偽り、俺を次期国王に打ち立てようとしていた。

こんなにも病弱で、体力に自信のない自分が王になるべきではない、と。

お父様もその意見を尊重し、俺に王の座を譲る気でいた。

その申し出があったからこそ、俺に対する国王育成の訓練カリキュラムはより重く大変なものになったのだろう。

朝起きれば、王族としての一連の所作ルーティーンを徹底させられ、それが終われば剣術の稽古、それが終われば読み書きの練習、それが終われば国の運営の仕方など、政治的な勉学をしなければならない。

そうして、自由な時間の取れないまま日々を過ごすことが確約された。

その間、エクは何もせず、自室で休んでいたり、王宮の豪華な庭園を眺めていたりしていた。

エクはずっと謀っていたのだ。

俺を利用して面倒な国王育成の訓練カリキュラム回避パスし、実権の譲渡の機会タイミングでこの世界の主人公へと生まれ変わった。

 言い忘れていたが、ニグレオス王国は広大な土地を利用した農業、工業開発によって、巨額の富を築いている一大商業国。

国王がリーダーを務めていることもあり、『我世』の本部も王都に設置されている。

誰もが称揚し、尊敬や憧れの大国の代表格として、世界一位の座に長年居座っているのだ。

そんな国の王になりたくない奴なんているはずがない。

それは、エクも例外ではなく、俺を貶めることでその地位を手に入れたのだった。

そんなことを頭の中で考えていると、席が空いたことを店員が告げてくる。俺たちは案内に従って、席に着いた。


「ちょっとぉ、お兄さーん!

アタイの話聞いてたぁ?」


 頭の中で情報を整理していると、嫌でも時間を忘れてしまうものだ。

目の前で呆れたような顔を見せるアナを見て、しまった!と心の中で反省する。

そう、今から俺は彼女に『我世』第二部隊長、エラルガ・マルッゾのことについて話を聞かせてもらうことになっていたのだ。


「わりー、聞いてなかった。

エラルガ・マルッゾと話す手伝いをしてくれるんだっけか?」


「そそぉ、今そのエラルガ・マルッゾ――エラーが陥っている状況について知ってたりするぅ?」


 エラーが陥ってる状況?知る由がない。

知らないぜ、そう言いかけた口が完成するのを待たずに、アナが口を開く。


「あねぇ、それは『知らないぜ』って感じだねぇ!

いよぉ、教えたげるぅ!

今エラーは、第二部隊の隊長の座を解任されそうになってるんだぁ!

それも、先月の王都竜討伐戦で失態を演じてしまったからねぇ!」


 これはまたとんでもない時期に押し入ってきちまったってことか。

修行をつけてもらう難易度がかなり上がってきているような気がする。

アナはどことなく嫌らしい笑みを浮かべ、こちらをじっと見ている。


「なんだよ、気持ちわりぃな!

何かあるなら、すっと言ってくれ!」


「まぁまぁ、そう焦るなってぇ!

せっかちな男はモテないよぉ!」


 まだ酒は一滴も飲んでいないはずなのに、ダル絡みが本当に面倒くさい。思わず溜息が漏れてしまった。

仕切りなおすように咳払いをして、目で続きを話すよう訴える。

おそらく何か言うと、あーだこーだと高説垂れて話が長くなるだろうからな。


「がっかりぃがっかりぃ!

お兄さん、ノリよくない感じぃ?

ま、いいけどさぁ!」


 そこまで一息で言って、嘆息する。

ノリよくなくてもいいんじゃないのか、やっぱノリよく言っといた方が、アナは気持ちよく喋ってくれるってことなのか?

……仕方ない、一回だけノってやろう。


「あー、せっかちで悪かったな!

モテられるように、落ち着いて聞くぜ」


「なるほどねぇ、悪くないよぉ!

よし、合格ぅ! 仕方ないから話すねぇ!」


 やっぱり試されてたらしい。どこまで厄介な奴なんだろう。

まぁ、ノってやるだけでもこうして教えようとしてくれる。

暴力を振るってきたり、言葉が通じなかったりしたら文字通り論外だけど、これくらいなら断然マシだ。


「だから、を狙うんだよぉ!

……題して、手柄先取り大作戦!」


「おいおい、なんか話についてけてないんだが、詳しく教えてくれないか?」


「ばっちりぃばっちりぃ!

順を追って説明するから、よく聞いててねぇ!」


 そう言って、アナはエラーの置かれた現状、そして、俺がこれから取るべき行動を事細かに教えてくれた。

その内容をざっとまとめると、こんな感じになる。

まずは、エラーの置かれた現状についてだ。


 ――エラーは、王都竜討伐戦での失敗が原因で、部隊長解任の噂が立っている。

そして、そんな噂を払拭するために、日夜事件に一早く介入し解決に尽力中。

もう冒険者の中でも高齢の方であり、引退しても良い頃ではあるのだが、なぜか引退を宣言しないのだという。

その理由は公に明かされていないらしい。


 他にも、息子がいて、彼も『我世』に入隊していることや、妻をドラゴンに殺され、早くに息子との二人暮らしになったことなども教えてもらった。

ここからは実際に俺が実行する行動。


 ――エラーは事件が起こったらすぐに駆け付けられるよう、事件の発生を知らせてもらうことを、住民や『我世』構成員に頼んでいる。

これには少しでも自分の手柄を立てて、失態によって失った信頼を取り戻すという意志があるのだろう。

なら、さっきも言ったが、を狙うべき。

俺がエラーより早くに事件を見つけて、献上する。

それを何度も何度も繰り返すことによって、信用を勝ち取り、差しで話す機会タイミングをつくるといった具合だ。


 相手は長年この都市を守ってきた、言わば英雄的存在。

そんな男に事件を見つける速さで勝つことは可能なのだろうか。

……『勝ち』の確証はない。

でも、負ける未来が定まっているわけではない。

だからと言って、勝てる根拠など何所にもない。

ならば、何を以てして行動するか。


――自分以外に何があるんだ。


 自分に問え。何が正解か、不正解かを。

俺には、何にでも変え難い絶対的な信条プライドがあった。

俺の心の原点オリジンがこう叫んでいるんだ。


――無理だなんて言わない。『神様』はどうにもならない試練なんか与えないから。


 俺は、決心した。俺には、端から何の策だってありはしないんだ。

これが良いのだと言うのなら、俺は全力を賭して挑戦するまで。


「沢山のことを教えてくれてありがとな!

俺、やってみるぜ!」


「びっくりぃびっくりぃ!

ほんとにぃ⁉ 頑張ってねぇ、応援してるぅ‼」


「あぁ、やるだけやってみるからな!

……ほんとためになったわ。

じゃ、またどっかで会ったらよろしく頼むぜ!」


 そう言って、オズからもらったお金の一部を机に置き、その場を後にしようとすると、裾の部分をくいっと引っ張られた。


「それさぁ、アタイにも協力させてくれない?」


「え、なんでだよ。

アナが参加する利点ないだろ?」


「いや、何となくだよぉ!

それにさぁ、王都に来たばっかりだから道とか分からないよねぇ?

アタイ、教えてあげようかぁ?」


 何となくでこんな骨の折れそうなことに手を貸そうとするだろうか。

でも、確かに俺は一度王都に来たことがあるだけで、地図が頭に入っている訳ではない。

前来たときは、ほぼ建物と呼べるようなものが、ドラゴンの暴れた地区には無くなっていた。

もちろん都市中を散策なんてしている暇はなく、気付けば記憶の渦の中に飲まれていた。

それらを考慮すれば、いた方が円滑に事を運べるかもしれない。

あと、どうせ一人で目的のためにひた走るより仲間がいた方が安心できるだろう。


「……わかった!

少しの間になるだろうが、よろしく頼む‼」


「にっこりぃにっこりぃ! よろしくぅ!」


 こうして、俺に一人仲間が加わった。

橙の長い髪に、翠色の眼をもつ超絶美人こと、アナだ。

未だわからないことが多いが、それでも一歩ずつ『我世』入隊へと近付いていけている。

まずは、目下の『手柄先取り大作戦』を実行に移していく。

試験当日まで、残り三十九日。

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