2-14.太陽の誘惑

 折角メガネ野郎を見つけられたのに、一つ重大な失陥に気が付いた。


 ――俺、仮面付けてるから分かってもらえねぇじゃねーか!


 今ここで仮面を外すことは、選択肢としてあまりに無謀だ。

これで気付いてもらえたとしても、大事なのはその後である。

俺は何の連絡も取らないままで、ここまでやって来た。

俺の頼みが二つ返事で了承される未来は、あまり想像できない。

よって、弾き出される結論はこうだ。


 ――仮面を外せる場所まで来てもらい、話を聞いてもらうこと。


 方針が決まれば、早速行動に移していく。もう試験まで四十日を切っていて、時間が惜しい。

回顧リコレクト』はもちろん大きな武器となる。それでも足りるかどうかは、難しいところだ。

なんせ世界約九割を管理している、一大組織の入隊試験。

座学の中で学んだが、この世界では『我世』への入隊が最高の栄誉とされるらしい。

小さな町であれば、英雄として崇め奉られる程なのだそう。

合格率は、驚異の十パーセント未満。母数は世界規模で、約三億人が受験すると言われている。

各大陸の会場にて、その大陸の規模に応じ、合格の枠が与えられるのだ。

ちなみに、世界の総人口は、ざっと五十億人と言ったところである。

 と、ここまで勉強の成果を存分に発揮することに時間を割いていたら、メガネ野郎はとっくにどこかに行ってしまっていた。

一か月ほど前に崩壊した町中は、今なお被害の傷痕が残っている。

こんなにも強い味方がいたというのに、なぜあんな大暴走を許してしまったのだろうか。

きっと何かしらの原因で対処に遅れてしまったのだろう。

そうじゃなければ、辻褄が合わないように感じた――。

 とにかく町を歩いていく中で、事件が起こるのを待つしかないか……。

もし出くわすことができたなら、小芝居でも打って何とか二人だけの空間にまで連れていくんだ。

そう考えを整理し、王都の賑やかなメインストリートに向けて歩き始めた時、誰かに声を掛けられたような気がして振り返った。


「お・に・い・さ~ん‼

……あ、お兄さん、やっと気付いたぁ!

も~、なんで反応してくれなかったんだぁ!」


 目の前には妙に馴れ馴れしい声で、詰め寄ってきている二十代前半ほどに見える女性がいる。

どちら様か存じ上げないが、なんで俺に話しかけてきたのだろう。

何の情報もないままでは、流石に信用の欠片も持てない。

驚き半分戸惑い半分で、あくまで落ち着いて対応する。


「誰かも知らない奴に反応しろなんて言うのも、大概難しい話だぜ。

何の用なんだ、まず名前から聞かせてくれ」


「あーそうだねぇ、名前言ってなかったなぁ!

うっかりうっかりぃ!

アタイの名前はアナって言うから、以後よろしくなぁ!」


 どこからどう見ても胡散臭さしか感じないこの女性に、俺は困惑の色が隠しきれない。


「で、そのアナさん?が俺に何の用があるってんだ?」


 正直関わっても碌なことにならなそうなので、即刻別れてメガネ野郎捜索を再開したい。

すると、この女性はずずいと顔を近づけてきて、こう言った。

動きに応じて、髪が揺れハーブ系の香りが鼻腔を擽った。思わずドキリとする。


「お兄さん、あのエラーとお話ししたいんだろぉ?

それだったら、アタイが手伝ってやるよぉ!」


 よく分からない切り口から攻めてきた。

エラーとは一体誰のことを指しているのだろうか。

気になって尋ねてみると、口に手を当て目を丸くする。


「まさかそこまで知らないで、あの様子を見ていたなんてなぁ!

びっくりびっくりぃ!

エラーは、さっき窃盗犯を捕まえてた巨漢のことだぞぉ!」


 メガネ野郎はエラーという名前らしい。これは有益な情報を得られた。

この女性にも感謝しなければならない。


「そうか、彼はエラーという名前だったんだな。

教えてくれてありがとよ! それじゃ……」


 そう言って、立ち去ろうとしたのに、左腕をガッチリ両手で捕まえられた。

意外にも強い力だったので、男の俺でもその手を振り解けなかった。


「ちょっと待ってくれぇ!

エラーは愛称みたいなものなんだよぉ!

本名は、エラルガ・マルッゾ、栄えある『我世』の第二部隊長だぁ!」


 エラーはエラルガ・マルッゾで、『我世』の第二部隊長?…… この女性の情報もなかなか侮れないかもしれない。

ここで暮らしているのか、俺なんかよりずっとメガネ野郎に詳しかった。

もしかしたら、こいつを使わない手はないんじゃないか?

使えるだけ使って、別れることとしよう。

今これだけの情報が並んでも、彼女の胡散臭さが変わることはない。


「も少し聞かせてくれねぇか?

そうだな、そこの酒場でゆっくり話でもしようぜ」


「お、随分態度が変わったけど、アタイに興味がでてきたかぁ?

ま、アタイは超絶美人だし、目が惹かれちゃうのも無理はないだろうってわかってるけどさぁ!

ガッハッハッハッハッハ‼」


 本人が言うように、彼女はとても美しかった。

容姿端麗、眉目秀麗とは正にこのこと。

それでいて真夏を彩る太陽のような映える橙の長髪が、彼女の大胆さを表しているようでかっこよくもあった。

外ハネが激しくつけられているのも、実に彼女らしい。

アクセントのように入る翠色すいしょくの瞳には、本当に吸い込まれそうになる魔性の魅力があった。


「うんうん、まぁそんなとこだぜ。

ここは俺持ちにするから、超絶美人さんに一杯奢らせてくれよ」


「お兄さん、いいやつだなぁ!

よしいいだろう、今日は特別に超絶美人さんが色々と教えてやろうじゃないのぉ!」


 こうして、謎の超絶美人アナからエラーの情報を聞き出す運びとなった。

彼女はいったい何者なのか。俺はエラーを捕まえることができるのか。

試験当日まで、残り三十九日。

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