2-17.『神様』をもって、『神様』を穿つ

 真っ直ぐに向けられた視線は、俺の心をとことんまで委縮させる。

どう言い訳したものか。

隣に寝るのは、無干渉であることが絶対条件。

未遂であろうが疑わしい行為をした時点で、断罪されることは火を見るよりも明らかなのだ。

これは正直に言うことでしか、この場を乗り切ることはできないだろう。

意を決し、泳ぎに泳いだ目をアナに向ける。


「ごめんな。俺、アナに隠してたことがある。

ちょいと来てくれるか?」


 アナは口元に僅かな笑みを含んだまま、渋々といった様子でついてきた。

郊外であるため、王都のような乱雑とした建物群で視界を占有されることもない。

王都は、言わずもがな様々な都市間を結ぶ中心地だ。

出るゲートによって、外に広がる世界は丸っきり変わってくる。

今俺たちが寝泊まりしているのは、北東のゲート付近の馬小屋だ。

管理棟が一つあり、周りを囲うようにして馬小屋が点々と置かれている。

少し行くと、草原地帯が広がっており日中馬が身体を動かすのだそうだ。

ちなみに、俺たちが王都に入っていったのは、北のゲート

北の方角には、これと言った都市がない。

その理由は、災厄の象徴――『禁忌の砦』を中心に築かれた町エイム・ヘルムがあるからに他ならない。

ドラゴンの眠る町、生きては帰れない場所、亡霊が徘徊する町、雨の降らない町等、好き勝手な噂が長きにわたって流され続けた。

その結果、エイム・ヘルムには近づかない方がいいという、一般常識が作り上げられたのだ。

まぁ、都市と言っても差し支えないほどの土地を有しているが。

そんな場所を一人で管理しているオズはやはり立派だ。

もちろん全てには手が回らず、街の隅々までピカピカにすることはできていなかった。

でも、自分の生活圏に関しては、見た目はどうであれ生活ができるような整備を完璧にしてあった。

 あ、そうそう言い忘れてたけど、あのエイム・ヘルムに外から入れないらしい。

入ろうとすると、そのまま光の粒となって空へと昇っていく。

俺がいた一か月くらいの中で、数人が悪ふざけで入ろうとしてきたことがあった。

あの時のオズが、鬼の形相で彼らを止めに行ったのを覚えている。

でも、間に合わず光の粒へと姿が変わってしまった。

こういうことはたまに起こるネ。オズはそう言った。いつも助けられずに消えていくんだヨ。寂しそうで、悔しそうで、恨むような顔をしていた――。

 そうこう頭の中で現実逃避をしている内に、アナを連れた俺は目的の場所に着いてしまう。

管理棟の裏の暗くなっている空間スペースには、予想通り誰もいなかった。

引いていた手を放し、アナの方に振り向く。


「隠し通すことも難しそうだから、単刀直入に言わせt」


「どっきりぃどっきりぃ。

ちょっと早いんじゃないのぉ?」


 俺に割り込む形で、アナはニヤニヤしながら突っ込んできた。

早い?まさか俺が魔法を使えることを気付いていたとでも言うのだろうか。

いや、これは何か別の勘違いをしていないか?

何か別の…………そう、恋、とか。

いやいやいや、それこそまさかな展開過ぎる。

意識した途端、急に体温が上昇し、じんわりと汗の気配を感じた。


「アナ、今からそ、その、あ、あ、あ、愛の告白するとでも思ってんのか⁉」


 声が上擦って、言葉がうまく出てこなくなった。顔もきっと赤く熟れた果実のようになっているに違いない。

正直に言おう。動揺で頭が白黒している。

俺はこれまでに恋愛の経験がない。記憶がないだけかもしれないが、王宮には恋愛をする機会がつくられていなかった。

それに加えて、俺はずっと昏睡状態で人生の四分の一ほどを溶かしてしまったらしい。

オズの記憶を見た時、判明してしまったことだ。

そんなこんなで、初めてそういうことを言われてドギマギしている。

俺にアナに対する恋心など微塵もない。

そう言い切ってしまうと、アナにも失礼かもしれないが、そもそもアナのことをまだ完全に信用足る人物として認めていない節もあるのだ。

しばらくの無音が風の音を際立たせる。


「……いや、違うってわかってるけどぉ。

なんでそんなに照れてるの、かわいいなぁ」


 アナは平然と否定で切り返してきた。眠そうにしてるのに、小賢しい真似しやがって!

恥ずかしさと気まずさで、気が狂いそうになって早口でこちらからも否定を述べておく。


「俺だってわかってると思ってたぜ?

アナがそういう風に思っt」


「おっけぇおっけぇ。

で、結局隠してたことってなにぃ?」


 もう聞く耳をもっていない。本題に入ろう。俺もアナと今、こうやって向き合っている状況から即刻逃げ出したい気分なのだから。


「実は…………俺にも魔法が使えるんだ」


「えっ」


「それもおそらく二つ」


「はっ」


「記憶を呼び起こす魔法と、自分の死によって、他人の呪いを解く魔法だ」


 時が止まったかのように口を大きく開けて、少し身を引くような体勢で固まっている。しばらくして、体勢を戻し水を得た魚のような声が飛ぶ。


「び、びっくりぃびっくりぃ!

アタイ、これまで魔法を二つ使える人見たことなかったぁ!

まさかお兄さんも『神種ルイナ』の一柱ぁ?」


「それがわからねぇんだ。

俺は人から魔法を教わって、使えるようになった」


「それはあり得ない!

だって、魔法は他人に譲渡できないものだものぉ!」


「てことは、俺だけにしかできないことだってのか!」


 これは、また一つ大きな謎が増えた。世界の理に背く謎だ。


「あー、あとさっき一柱って言ってたけど、そいつはなんなんだ?」


「一柱ぁ?

あー、それは別に難しい話じゃないよぉ!

単純に『神種ルイナ』の数え方だねぇ!」


 『神様』の数え方も一柱、二柱と数えるらしい。これじゃ、まるで『神様』みたいじゃないか。


 人類でありながら『神様』の数え方をする。しかも、『神様』が送り込んでくるドラゴンに対抗する存在を、だ。

もっと言えば、最高戦力の指揮者リーダー達は、ほとんどが『神種ルイナ』であるときた。


「これ、『神様』に対して最高の侮辱じゃね?」


 すると、アナはいたずらっ子を越えて、邪悪さを感じてしまうほどの笑顔を見せていた。

背筋に悪寒が走り、一筋の汗が頬を伝う。


「だからぁ、それがいいんだよぉ!

そう、言うなればさぁ!」


 だらんと垂らしていた腕を勢いよく組み、仁王立ちのような恰好を取る。

高圧的な目が、俺を射殺してくるようだ。思わず目を背けてしまった。


「――『神様』をもって、『神様』を穿つってことぉ!さいっこうにイカしてるよなぁ!」


 双眸をかっぴらく。何も返せない。その圧が、全てを切り伏せた。

喉に出かかった言葉は静かにその場を去り、残ったのは絶句とも似た大息。

俺がアナをもう一度見た時、彼女の顔はいつも通りになっていた。


「あー、まっくらぁまっくらぁ!

お兄さんと話すの楽しいけど、ちんたらしてたら夜も明けるよぉ!

ほら、さっさと戻ろぉ!」


 俺は今日、アナの闇を見た気がする。促されるがままに馬小屋に戻った。

あの時の迫力は、寝床で横になった今でも脳裏に焼き付いている。

アナには過去に『神様』と何かあった。そう考えずにはいられない。

そんな思いを抱えたまま、その日は眠りについたのだった。

試験当日まで、残り三十五日。

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