4-51.例え壊れる夢だとしても

※今回も前回と同様、イノー視点から展開されていきます。



 ――時は流れ、事は大きく動き出していた。

謎の地震にエクとヘラ神の衝突、そしてザビ少年とタナトス神の一対一サシ対決。

一連の流れは、目で追うのが限界だった。やはり体調面での不利は大いに影響している。

戦いに助力することもできなければ、誕生日会に来た人の避難誘導ができる訳でもない。

文字通り、何もできていない自分が情けなかった。

忘れていた痛みも時間の経過と共に、増していっている気がする。


 節目節目で思い出したかのようにやって来る体調不良に、何かの因果があるのではないかと勘繰ってしまう。

ここに来て、節目の概念が崩壊していっているのもきっと何か関係が……。おっと、考え過ぎるとまた痛む。

『今』できることを簡潔かつ、深みに嵌まり過ぎぬように考えなくては。


 とりあえず、ここで睡眠を取ることはできない。現状では、時間が解決してくれる症状でもないと見える。

それならば、ワシにできることは何もないのだろうか。

このまま倒れ伏して、またエクやザビ少年に、おんぶにだっこしてもらうことになるのか。

……それは嫌だ。身体が上手く動かないのは、考え過ぎてしまうせいで頭痛が酷くなるからだ。

少し落ち着いて、ゆっくり深呼吸でもしていれば、症状も改善が見込めるかもしれない。

物事はいい方に捉えた者が勝者となるようにできている。

だから、ワシはいつも『捏造ファブリケイト』を用いて、都合のいい真実を練り上げるのだ。

例え壊れる夢だとしても、自分を守る鎧になるなら、それでいい。それがいい。


 もう既に他の戦況など、眼中に入っていなかった。

ただ自分の体調が回復してくれることを祈って、俯き続けているだけだった。

地面だけが瞳と友達だ。そんな馬鹿みたいな考えが脳裏を過ぎるくらいには、衰弱が始まっていた。

あまりに回復の兆しが見えず、面識のない組織員達が心配の声を掛けてきている。

彼らを手だけで制止し、呼吸を整えることに専念した。

水を差し出されれば、無言で受け取り小さく会釈してみせた。

それだけが『今』のワシにできる、唯一のことだった。


 その時、ワシの中の何かが破裂するような感覚に見舞われた。

口元にタラリと熱が零れる。喉を焼く絶叫が、知らず垂れ流されていた。

理解などから来る感情は、待ってはくれないようだった。

仰け反らせた身体も、一緒になって悲鳴を上げる。

阿鼻叫喚はイノー・スーワシと読む。

疾うに使い方を忘れた脳みそが、溶けた真実を定義した。

笑ってやれる余裕もない。降り掛かる不調が、イキイキと躍動し始める。

頭痛は慣れの範囲を優に飛び越え、眩暈に吐き気はお手の物。

呼吸も汗も暴走し、死んだ方がマシとも錯覚する。

何かが引き金になったのだろう。

ここまで重ね掛けてくることには意味がある筈だ。


 視界の端に映った影は物騒な赤い光を携えて、仰々しく地上へと降りてきていた。

一目でわかる。あれは『神様』だ。

敵が増えたと捉えてよいのか。積極的に受け入れたい真実などでは決してない。

ただでさえ状況はごった返しており、これ以上、人類に対抗する手段など存在しないのだから。

第一、ワシの身体は動かない。動かない。動かない。

……でも、本当に全く、一寸たりとも動かないのか。

『今』に至るまで、一度でも動けないという烙印を押されたことがあったか。

自分が可愛いだけで、お城に閉じ籠っているだけではないのか。


 思い立った右手は、すかさず光の方へと伸ばされた。

それは小さな歩み寄り。『神様』にとっては、取るに足らない距離が縮まっただけでしかないだろう。

それでも、ワシにとっては、人類にとっては、一つの希望足り得る高揚だった。


 ――ワシの手は赤い光を掴まえ、動けることを証明した。

痛みは何もできない理由にならない。

逃げることを許す、ただの言い訳だったのだ。

開かれた五本の指を握り締め、一つの拳をつくった。

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