4-52.先導者、抉じ開ける新時代

※今回も前回と同様、イノー視点から展開されていきます。



 そうだ。ワシには魔法がある。

『今』を偽らずして、いつ優位を生きるというのだ。

覚醒した『神種ルイナ』に許された特権、無詠唱による効果半減を無視した魔法の行使。

詠唱は魔力の伝導率を高め、体外に放出する時の支えとなる、言わば骨格のようなものだ。

それを無くした半端者には、強い魔法を使うことは難しい。

中途半端に練られた魔力が、本来の力をゴッソリともっていきながら敵に浴びせられることになるからだ。


 だがしかし、ある極致にまで上り詰めた先導者エキスパートであるならば、話は変わってくる。

先導者エキスパートとは言うまでもなく、『探真者』であるワシのことだ。

 先に結論を言っておこう。この現状をひっくり返せる可能性がある選択は、ワシが動けること前提に成り立つ。

そして『今』、ワシは見事に過去に類を見ない体調不良に悩まされている。

つまりは、ワシの苦痛を和らげる、もしくは消すことを最優先に考えるべきなのだ。

そうしなければ、きっと『神様』には敵わないだろう。

前例はある。ザビ少年が抉じ開けた、新時代の風穴はまだ死んでなどいない。

未来これからなのだ。ワシもその先を紡ぐ、一つの橋になる。

その役が今日、たまたま回ってきただけだ。望まれたなら、やらなければならない。

仮にもワシは部隊長だ。世界の約九割にまで勢力が拡大した『我世』という大所帯のな。


――『捏造ファブリケイト』!


 使ってみてわかった。この手法は、確かに痛みなどを和らげるのには一役買う。

ただ効果が万能という訳でもなさそうだった。

魔法は『神様』の手足とも言うが、それで全てが事足りるほど過信もできないものなのだ。

まずは一歩。精神的、物理的、感情的に『勝ち』への一歩がかたちを成した。


 きっかけは何でも良かった。ただ前に進む勇気が欲しかった。

それだけが足りていなかった。だから、ずっと俯いて回復を待っていることに満足してしまっていたのだ。

立ち止まっているだけで状況が好転することなんかない。

自分から考え、動いた末に、何かが見つかるものだと。

そう教えてくれたのは誰であったか。

ワシは一歩を契機に、また一歩、また一歩と足の回転を速めていく。


――希望はいつもすぐそばにいた。

笑顔は、手の届く範囲から始まっていた。


 何度励まされたか、何度救ってもらったか。もう数えることは意味を失っていた。

刻一刻と接触が迫る。『神様奴ら』が降り立った音がズサリと大地を鳴らした。


――ザビ少年。君がワシを導いていた。


 いつかの時、ワシは君をかたってしまったこともあったらしい。

その節はすまなかった。ワシも

何か大きなものに突き動かされていた感覚だけは残っているのだが。

……まぁ、そんなことはどうでもいい。

『今』は、ただ目の前の『神様』を軽くなすだけに集中しよう。


――『空焚エングラフト』!


 これは過去これまで、ザビ少年が来てからは封印していた魔法。

もう出し惜しみをしている時間もない。本気で勝ちに行かなければ、勝てない相手だ。

実力差くらい理解している。こっちは手負いでもある以上、当然の行使だった。


 ワシの言葉を受け、上空――『世界の黄金郷メディウス・ロクス』の壁に亀裂が生まれ始める。

何事かと、皆焦ったようにその一点を見つめていた。

『ウェーリタス』がある位置。仕込んでいた物が、万全の準備の下、空中へと投げ出された。

壁の亀裂は真っ直ぐで、人工的に造られたことがまるわかりだ。


 これがワシの最終兵器。この王都での二度の襲撃を経て、今度こそ王都を守り抜こうと考え出した、一つの案。

頑丈かつ、ワシの魔法によって、意志をもった無機物、その正体はだった。

計ったように真上に落ち着く監獄は、飛び込んだワシと『神様』を丸ごと包み込んだ。

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