3-3.涙は誰が為にある

 俺は目の前の波乱を見て、思わず息を呑んだ。

その金髪は重力に逆らい、四方に散っている。八重歯は鋭く光り、彼の狂暴性を感じさせた。

口角の上がった強面に一歩身を引きたくなる。


「まさかこんなところで逢えるとは……驚きだったぜ、リーネア!」


「ほぉう、オレを知ってるたぁ大したもんだ!

だがな、もう帰った方がいいぜ?」


 いきなり何を言い出すんだ、コイツは。

俺だって今日まで血の滲むような努力を積んできたんだ。

こんな出発点スタートラインにすら立てていない状況で、帰ってやれる訳がないだろう。


「はぁ?」


 ドスの利いた声音で返し、リーネアを睨んだ。

この突っぱねるような反応に対してもリーネアは臆することなく、目元に笑みを浮かばせた。

嘲るような、罵るような、余裕のある表情を見せてくる。


「オレに完膚なきまでに叩き潰されて、泣きっ面晒す前になぁ!」


 そこには確固たる自信が宿っていた。

俺の挑発に対して、ここまで感情の揺らぎを見せないなんて。コイツは、真の実力者なのかもしれない。

でも、言いくるめられたままでいるのは癪に障る。


「て、てめぇ!」


 精一杯の反論を返したところで、学院施設から鐘の音が鳴り始めた。


「この鐘の音って、もしかして……」


「そうだ、オレ。

遅刻しそうになっていたんだ」


「おい、急ぐぞ、リーネア!

これじゃ受ける受けないの問題じゃなくなってきちまう」


「あぁ、そうだな!

お前のことは正直どうでもいいが、オレはこの試験受けない訳にはいかねぇんだ!」


「クッソ、俺は『お前』じゃねぇ!

俺はザビ、ザビ・ラスター・シセルだ!

お前に泣きっ面晒させてやるから覚えておきやがれ!

おら、先行くぞッ‼」


「この野郎、ズリぃぞ! ザビか、おもしれぇ!

お前にだけは絶対負けねぇからな!」


 二人の貶し合いは教室前まで続き、見事担当試験官に注意されることとなった。

かくして、『我世』入隊試験一日目、『筆記試験スキエンティア』が開始された。




✕✕✕




 試験はそれほど難易度の高いものではなかった。だが、修行に時間をかけすぎてしまったせいで、分からない箇所もいくつか散見された。『筆記試験スキエンティア』のみでは合格の及第点と言ったところだ。

勝負は明日、『奪爪戦プグナ』にかかっている。

人知れず気持ちを引き締め、帰路についていると、前方から少年の泣いている声が聞こえた。


「うぅ~。だって怖いんだもん!

明日の『奪爪戦プグナ』やりたくないよぉ!

どうして何でもアリの肉弾戦に参加しなくちゃいけないのさ。

僕の魅力は頭脳だ! 決して肉弾戦なんかじゃないやい!」


 誰に向かって言うでもなく、蹲りながら地面にずっと言葉を投げかけている。

話によれば、俺と一緒で入隊試験を受けている奴らしい。

でも、こんな調子で本当に大丈夫なんだろうか。とてもじゃないが、彼からは強者の覇気オーラを感じられない。

もうしばらく泣いていたのか、下に敷かれた石畳が濃く変色している。

無理に絡んでいってもどちらの得にもならない。そう考えた俺は、そっとしておくことにした。

するりするりと横を通り過ぎ、あと一歩。彼とのすれ違い様に何かの運命が働いたのか、突風が俺達の間を抜けていった。

その瞬間、上空に何かが浮かび上がる。


「あ、僕の受験票!」


 泣いていた彼の受験票が風に煽られ、宙を舞ってしまったのだ。

これには俺の身体も反応せざるを得ない。

すぐさま翻した半身。強く石畳を蹴って、その白い紙切れを掴み取る。


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 少しぶっきらぼうに手渡してしまったが、怖くなかっただろうか。

そのまま何事もなかったかのようにその場を去って、馬小屋まで帰ることができた。

もう話すことはないかもしれないが、彼の合格も祈っておこう。

飛び上がった受験票には、『ハスタ・プローグ』と書かれていた。

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