3-4.時の始動

※今回は、ビロ視点から話が展開されていきます。



 ――これは、『我世』入隊試験一日目、『筆記試験スキエンティア』での出来事。

私は、分かって当然の常識問題を淡々と答えていた。

本当にバカげている。世界の約九割を掌握している組織の入隊試験がこんなのって。

あのエクが指揮しているだけのことはあるものだ。


「受験番号一一〇五五、ビロさん。

周りをキョロキョロしないでください」


「はい、すみません」


 どうやら癖で周りを窺ってしまっていたらしい。

あまり目を付けられたくない。気を付けなければ。

怪しまれないよう、紙に目を縛り付けながら、着実に答えを記入していった。

 なんてことのない問題群は、息する間もなく終わりを告げた。

これで手順通りに事を進めることができるだろう。

この一日目にしておきたいことは、受験者の性質調査だ。

明日の『奪爪戦プグナ』で仕掛けるのに最善の相手を見つける必要がある。

しかし、大陸中の志願者が一挙にこの学院に集まってきているのだ。

並大抵の調査では、到底調べ上げることなんてできやしないだろう。

ただ私には秘策――魔法があるから問題はない。

無詠唱で、一定範囲を調べ尽くすことが可能だ。

よし、行こう。。――『汲時レイドル』。

この魔法は、対象のを汲み取って知ることができる。

例えば……私の前にいる彼のを汲み取ってみよう。

脳内に映し出されたのは、女性に手を上げた男性をしっかり注意している場面。

睨まれても睨み返し、殴られてもその拳を真正面から受け止めた。

その場に居心地の悪くなった男性が退散して解決、と。

……なるほど。彼は、強い正義感をもっている。勇敢に悪へと立ち向かい、自分の身が傷付くのも厭わないらしい。実に大した奴だ。

でも、今回の作戦に必要なのはこんな立派な奴じゃない。

何千、何万といる受験者から最善の相手、標的ターゲットにできそうな奴を探さなければ。

とはいっても、こんな調子では最善の相手を見つけるのは至極困難。体力も時間も足りないだろう。

そこで、この『汲時レイドル』の特殊効果だ。

この魔法には、欲しているを提示してくれる効果も付与されている。

これによって、必要としているを瞬時に探し出すことができる。


 ――見つけた。教室の隅で試験を受けている彼がいい。


 彼のの中には、お母様の情報しかない。

今日もお母様に作ってもらったお弁当を持ってここに来ている。

遅めの昼食にはなってしまうが、きっとお母様の愛情を無駄にしたくはないのだ。

しっかり受け取って、しっかり食べよう。その心意気を感じることができる。

他にも服や鞄もお母様の手作りで、それを大事に大事に使っている。

来る日も来る日も彼の立つ場所には、絶対にお母様の物があった。

それほどまでの愛があるのならば、計画に使わない手はないだろう。

彼――『ハスタ・プローグ』には悪いが、ここは生贄になってもらう。

計画の鍵が見つかり、密かに興奮していると、肩口を叩く存在があった。

いつの間に後ろに立っていたのか。

すかさず振り返ると、そこには試験官が立っていた。


「あの、ビロさん。

鼻血が出ているようですが、大丈夫でしょうか」


「大丈夫です。ご心配なさらず」


 差し出してきた古布を小さく会釈して受け取ると、すぐさま鼻を抑えた。

無色だった古布は忽ち赤く染まっていった。




✕✕✕




 ここは、天空二階層――『英雄の領域』。二つの影が怪し気に揺れていた。


「明日は、降臨っスか?

それともアイツに任せるんスか?」


「おいおい、落ち着けよ、ケルー。

もちろん俺達のやることは決まっているさ。

……前者だよ」


「ヒャハハ! わかってるっスよ」


 二人はどことなく侮蔑するような視線を蝋燭の明かりに向けている。

そこにコツコツと足音を立て、近付いてくる存在がいた。


「ハハ、噂をすればって奴っスね」


 二人が視線を絡め、唇を舐めた。


「タナトス様、報告に上がりました。

『幻の十一柱目』を殺す算段は、予定通り付けることができました」


「そうかそうか、ご苦労だった、ビロよ。

まぁ、せいぜい結果を出してくれよな」


「ええ、任せて下さい。

必ずや彼を仕留めて参ります」


「フフ、楽しみにしているぞ」


 三人はその後、一言も交わさずに別れた。

ついぞ、その火蓋が切られる『奪爪戦プグナ』。

ザビ、アナ、リーネア、ハスタ、そして、ビロ。

勝って栄光に輝くのは誰になるのか。

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