3-5.言葉の前哨戦

 『奪爪戦プグナ』の舞台となるのは、西南のゲートを出てすぐにある森林地帯だ。

範囲は印石マーカーで囲われた場所に限るが、その広さは王都と同等の規模を誇るという。

受験者はそれぞれ指定された地点から森林に入り、全員が森林内で位置ポジションを確定したところで、試験は開始される。

 俺は〇三地点を指定され、現在待機中だ。

誰か知り合いはいないだろうか。

入場時間を待つ受験生達を横目で確認する。

すると、一人見覚えのある奴を発見した。近くまで駆け寄って右手を上げる。


「よぉ! まさか同じとはな。

ハスタ・プローグ!」


 いきなり声を掛けられたハスタは驚いた様子で、こちらを見た。


「え、あぁ、昨日の人ですか。

なんで名前を……?」


「あ~、わりぃわりぃ!

昨日受験票掴んだ時、少し見えちまって」


 両手を合わせながら、少し前かがみになる。


「そうだったんですね。

まぁ、別に名前くらいならいいですよ。

ちなみに、貴方の名前は?」


「そういえば、名乗ってなかったっけ。

俺の名前は、ザビだ! よろしくな」


「ザビさんって言うんですね。

よろしくお願いします」


 随分と礼儀正しく接してくるじゃないか。

出逢って昨日の今日ではそんなに打ち解けられるものではない。

ただそれにしても、これだけ反応が冷たいとちょっとばかし切ないものだ。


「えぇと、俺に対してはタメ口でもいいぜ?

年も近そうだしよ」


 ここで逢ったのも何かの縁だ。

どうせなら談笑しながら試験が始まるまでの時間を過ごしたい。

そんな俺の厚意の言葉もハスタには響かなかったらしい。

何の反応も返ってこないまま、重苦しい時間が流れ始めた。

焦った俺は、何かしらの話題がないかハスタをじっくり観察し始めた。


「なんですか、ザビさん」


「ハスタ、何握ってんだ?」


「え?」


「いや、最初から気になってたんだけど。

……その手の中にあるヤツ、何かなぁって」


 紛れもない嘘だ。今必死こいて探し出し、ようやく見つけた会話の糸口だった。

こんな嘘、前は吐けなかった。

これは、イノーさん達といた弊害かもしれない。


「これはお母さんからもらった、大事なお守りです」


「へぇ! お母さんが作ってくれたんだ」


「そう、お母さんが。

お母さんは僕の唯一の家族であり、僕の一番の理解者なんです」


「大切にしてるんだな」


「はい。実は、この服も、肩から掛けている鞄もお母さんの手作りなんですよ!」


 次第に熱を帯び始めたハスタの言葉に、俺は嬉しくなる。

ハスタも大事にしているものがあって、今ここに立っているのだ。


「ははぁ、うまく作るもんだ!

お母さんはお前の自慢だな、ハスタ!」


「はい! この入隊試験もお母さんに安心してもらうために受けることにしたんです」


「安心?」


「僕は、良くも悪くもお母さんを大事にし過ぎています。

お母さんは僕の将来をとても心配していて」


「あぁ、なるほど。

僕は僕でしっかり生きていけますって証明したいってことか」


「そんなところです。

なんか僕ばかり話してしまってすみません!」


「え、いやぁ! 俺はハスタの話が聞けて嬉しかったぜ‼

もう入場も始まるみてぇだ。

お互い最善を尽くそう!」


「はい。そうしましょう!」


 担当試験官が受験生を呼びに来た。

それぞれ神妙な面持ちで、森林へと入場していく。

王都大聖堂の鐘が戦いの合図となる。

張り詰めた空気感が背中をぞくりと強張らせた。

そんな中、背後に忍び寄る一つの影。振り返るよりも先に、謎の衝撃が俺の背中をぶち抜いた。


「いったぁ! てめぇ何すんだ!」


「この、クソザビィィィィ!」


 空気を搔き乱す大音量が、鼓膜に鋭く突き刺さる。


「リーネア! もう試験も始まる。

俺に一体何の用なんだ?」


「今、ここに宣言する!

直々にお前に天誅を下してやると!

この天才、リーネアさんが!」


「こ、これは、宣戦布告か⁉」


「あぁ、そうさ。話が早くて助かるぜ!

まぁ、オレが手を下す前に倒されなきゃの話だがなぁ!」


「おうおう、言ってやがれ、リーネアさんよぉ!

お前こそ、泣きっ面かかされないよう、せいぜい布切れでも持っておくんだな!」


「なぁにぃをぉぉぉぉお!」


「そっちこそなぁぁぁぁあ!」


「貴方達、止めなさい!

二人共失格にするわよ」


「やべ、試験官来ちまった。

とにかく足洗って待っとけよ」


「お前こそな」


 どうやら楽に通過することは難しそうだ。

それでも、俺は勝つ。勝ってこの試験を最速で突破してやる。

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