3-6.伸ばした手の先

 静寂に轟く鐘の音。俺達じゅけんせいの最後の戦いが始まった。

最初から飛ばし過ぎては、出方を窺っていた輩共に仕留められてしまうことだろう。

とはいえ、早く爪を集め切らなければ、合格は夢のまた夢へとなってしまう。

首の皮一枚でつながった命だ。絶対に無駄にはできない。

俺が脳裏の上で作戦会議をしている最中、遠くから響いてきた爆音が木々を激しく揺らしてくる。


「リーネアって奴がヤベぇみたいだ!

もう二人から爪を奪い取ったらしい」


 どこからか脅威に怯える声が降ってきた。

リーネアはもうそんなに攻めているのか。

あれこれ脳内で考えていてもしょうがない。とにかく手当たり次第だ。

俺は隠れている茂みの中から飛び出し、必死に爪を集め始めた。

 あそこにいるのはアナだろうか。

橙の髪を搔き乱し、殴りかかる女性の姿があった。

誰があれを見て、間近に結婚式を控える女性だと思うだろうか。


「おーい、アナ!

じゃんじゃんってるかぁ?」


 喉をかっぴらき、大声を飛ばす。

肩から肘までを一直線に、右腕をピッと伸ばした。

大股で走る俺の姿を見て、アナは戦闘中にも関わらずこちらを向いて白い歯を見せてきた。


「これで二つ目ぇ!

勿論どんどん奪ってくよぉ!」


 丁度戦闘が終わりを向かえたらしい。

隠れていた右腕が持ち上がると、そこには鈍く光るドラゴンの爪が収まっていた。


「さっすが、アナだな!

やっぱり魔法で戦っているのか?」


「あぁ! 『解放リベレイト』は強力な魔法だねぇ!

限界を超えた力を引き出してくれるよぉ!」


 『解放リベレイト』は、ケルーとの決闘の中でアナが繰り出した魔法だ。

あの時は、俺の『捏造ファブリケイト』の使用を可能にした。

修行も無しに発動できる訳もない魔法の限界をぶち壊してくれたのだ。


「きっとこれはその人のもつ限界を解放してくれる魔法なんだろうねぇ!

今のところ身体に異変はないけれど、この魔法にも限界があるかもしれない。

できるだけ早く決着を付けようと思うよぉ!」


「そうだな! 俺も爪は三つ目だ!

お互い最速で勝負を付けに行こうぜ!」


 右腕と右腕をぶつけ合い、別れようとした瞬間、頭上を飛び交う影が二つ見えた。

勢いは落ちることなく、西の方角目掛けて飛んでいった。


「おい、見えたか、アナ」


「うん、見えた見えたぁ!

でも、どうする気?」


「もしかしたらおこぼれがもらえるかもしれねぇぜ?」


「ザビっちもくるとこまできたみたいだねぇ!

まぁ、アタイも乗っからせてもらうよぉ!」


「よし、行こう!」


 俺達は、謎の二つの影を追っていった。

どこまで行く気なのだろう。際限なく進める訳ではない。

ただ端に行けば行くほど、人気は減っていく。

まさか――。いやいやそんな筈はない。断じてないはずだ。


「ちょっ、ちょっと何してるんですか⁉」


 聞き覚えのある声音が耳に届く。

男の割には高めの声で、どこか怯えたような、情けないような響きがあった。

前方で二つの影は止まったらしい。声の発信源は動かなくなった。

俺達も彼らのいる場所へと足を踏み入れる。

そこには、外套フードを被った怪し気な輩に襲われているハスタの姿があった。


「ハスタ! だ、大丈夫か⁉」


「ザビさん、ですか⁉

今まさに危機的状況です!

この人、僕のお守りを盗もうとしてくるんです!」


「はぁ⁉ 何言ってんだ、ハスタ」


「本当ですって、わぁ!」


 ハスタのお守りを鷲掴みにした外套フード野郎は、力づくでハスタからお守りを奪い取った。


「おいおい、今俺達が集めなきゃいけねぇのはドラゴンの爪だろ?

何だって、ハスタのお守りを奪ってるんだ」


 外套フード野郎は俺の言葉を無視するように、じっとお守りを見つめている。

生物の存在を忘れさせるほどの静けさがその場を支配した。

そして、外套フード野郎は、その口を重々しく開いた。

声音は、まだうら若い少女の声だった。

なぜか俺には、こちらにも聞き覚えがあるような気がした。


「このお守り、手作りですか?」


「は、はい、お母さんの、手作りです」


「そうですか。

随分と大切にしているようですが」


「ここ、これは、僕の大切な、大切な宝物です。

はや、早く返してください!」


「これ――すっごく不細工ですね。

こんなものを息子に渡す、お母様の神経が知れません」


「貴方、今何だって言いました?」


「だから、すっごく不細工だと。

貴方のお母様の神経が知れないと、そう言ったのでございます。

……こんな物、こうした方がよろしいかと」


 そう言って、外套フード野郎は両手でお守りを持った。

右と左、両方から力を入れ、お守りを引き裂き始める。

少しずつ綿が溢れ始め、地面へと落ちていく。

最後の布切れ一枚を、勢いよく引っ張ると、中にあった綿が全てなくなった。

そのまま、皮だけになった残骸を地面に投げ、靴でぐりぐり押し付ける。

ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり。

何度も何度も右に左に往復させ、意味のない摩擦を生んでいく。

ハスタは、俯いていた。影でその表情は計り知れない。

でも、俺にはハスタの気持ちが痛いほどわかった。

ハスタを救えるのは、俺しかいない。

俺は無意識のうちに一歩ずつ前に進んでいた。

一秒ごと、着実に外套フード野郎との距離を詰めていく。


「何でしょうか、


「お前に名前を呼ばれる筋合いはねぇぞ。

歯ぁ食いしばれや! ドクソ外道がぁ!」


 そう言うが早いか、外套フード野郎の脳天に照準が合わさる俺の拳。

外套フードの奥の小さな瞳が微かに光って見えた。

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