3-7.反転反転反転

 重心が右へともっていかれ、地面との距離が近くなる。

真っ直ぐに放たれた俺の拳は、冷静ななしによってなかったことにされた。

よろめいた俺目掛け、外套フード野郎のいていた左が飛んでくる。


「――ッ」


 顔面にもろに食らうと、地面を跳ねるように転がる。

勢いが殺し切れず、そのまま印石マーカーにぶつかってしまった。

これより少しでも外に出たら、失格となる。

次の攻撃は絶対避けなければ――。


「遅いですよ、ザビさん」


 瞬時に距離を詰めてきた外套フード野郎は、俺の鳩尾みぞおちに渾身の拳を叩き込もうとしてきた。

ここで負ける訳にはいかない。

オズ、エラー、アナ、イノーさん、そしてリーネアやハスタにも顔向けできなくなる。

手に力を込め、少しでも外套フード野郎の射程から外れようとする。

 その時、荒波と化していた精神がいだ。

俺は今、どこにいるんだろう。

もう目の前に野郎の身体は迫っているというのに、まるで何も来ないかのように静かだ。

いつの間にか目が完全に閉じている。


「ザビさん。

なぜ貴方は宙を舞っているのでしょうか?」


 目を開くと、そこには木々に邪魔されない大きな空が広がっていた。

下に目を向けると、小さくなったアナやハスタの姿があった。

意識が戻り、じたばたと身体を捻ると、計り知れない重力を感じた。


「これ、まさか落ちてんのか⁉

やべーじゃねぇか、どうすんだよ!」


 空中で焦り出した俺に、すかさずアナが言伝を投げる。


「ザビっち、おめでとうだよぉ!

これはきっと、さぁ!」


「はあぁぁぁぁぁああぁぁぁあああ‼」


 絶叫のままに俺は地面へと垂直落下する。

エラーの力だって?魔法を習得するには、その術者の血を飲む必要があるんじゃ……。え、まさか『そんなこと』ないよな。


「まさか『そんなこと』ないよな、みたいな顔してるけど、『そんなこと』は現実に起こっているんだよぉ!

今ザビっちが使ったのは、紛うことなき『強筋ブースト』さぁ!」


 俺は『壁外調査』の後、三日ほど眠っていたらしい。

『そんなこと』、つまりエラーの血を飲まされた、としたらその間に事は行われたということだ。

俄かには信じ難いが、事実一瞬の内に遥か上空まで身体をもっていくことができた。

強打したそこらじゅうを擦りながら、ゆらゆらと立ち上がる。

ボロボロの両手を見ると、ひらいてしまった修行の傷から赤黒い血が漏れていた。

ギュッとその手を握り締め、前を向く。

相対するは、外套フード野郎。

何故か野郎は小刻みに震え、両手で口を抑えているようだった。


「お前の名前、なんてんだ?

完膚なきまでに叩き潰す算段ができたもんで、是非聞いてみたくてな」


 外套フード野郎はピタリと止まり、近くまで歩いてくる。

少し動けばキスでもできそうなほどの距離まで迫ると、顔と顔の距離を極限まで近づけた。

影がかかって見えなかった顔が今の俺にだけハッキリ見えた。

外套フード野郎は可愛い声音によく似合う、美少女だった。

でも、どことなく俺によく似ていて、どこかで見た記憶があった。


 ――これはそう、あの時だ。

エクと二人で『禁忌の砦』に行った時、この娘はドラゴンにつかまっていた。

外套フード野郎の正体は、ロビだったのだ。

木々の間をすり抜けた空風からっかぜ外套フードを外した。


「ビロと名乗っていましたが、もういいでしょう。

まさか、『膨力者』の力まで使えるようになっていようとは。

いやはや、おに……」


 冗長に語りだしたのも束の間、天空より垂らされた一筋の光の糸。

その糸は強く発光し、辺りを覆い隠す。

両腕を顔の前にして、ロビを俺の後ろに引っ張った。

開眼と同時に映ったのは、憎悪の化身、ケルーだった。


「何故です、ケルーさん!

今回は私に任させてくれるのではないのでしょうか?」


 おい、嘘だろ。ロビとケルーがつながっていたなんて。

ロビはこんな奴だったのか。

大事な存在殺しても何も思わないような奴らの仲間で、あまつさえ俺さえも殺そうとした。

冗談じゃない。俺の命は、希望をつなぐためのものじゃなかったのかよ。

俺がつないだのは、人類を蹂躙する絶望だったのかよ。


「ケルーさん、『幻の十一柱目』は必ず殺します。

私がこの『我世』に入隊することを誓った日に、私たち皆で決めたじゃないですか。

何故勝手に降臨なんか……」


 『幻の十一柱目』?

よくわからない単語まで飛び出しやがる。

コイツの目的である、その『幻の十一柱目』って、俺のことなのだろうか。


「勝手ではなく、ボスからの勅令っス。

お前はどこか信用ならない、と。

オレ達が『回顧リコレクト』の習得阻止計画を実行していた時、確かにお前は裏切っていた。

そうっスよね、ザビさん」


「なんで俺? 意味わからねぇ質問投げてくんな。

てか、お前よく生きてたな」


 動揺が収まらず、矢継ぎ早に言葉が出てくる。

コイツは逃げられたとはいえ、大きな傷を負っていた。

無傷でもう一度降臨してこれることなど、決してありえない……はずだ。


「あぁ、すまないっス。

大枠で聞き過ぎて、バカなザビさんには難しかったっスよね。

回顧リコレクト』を習得しているかどうかって話っスよ」


 わかりやすい嘲笑を浮かべながら、俺に説明してくれる。

さっきの質問に答えられる奴など、いる訳なかろう。

人類をバカにするのも大概にしろってんだ。


「いちいち嫌味な言い方してくんじゃねぇ。

あと、お前からもザビさん、ザビさんって言われる筋合いねぇからな。

で、『回顧リコレクト』を習得してるかどうかだって?

勿論してるさ、俺とオズとの絆の証だ」 


「だそうっスよ、ビロ改めロビ。

これで証明された。

お前はあの時、『幻の十一柱目』は『回顧リコレクト』を習得できずに終わったと報告していたからな」


 待ってくれ。話を整理したい。

つまりは、ロビは嘘の報告をこいつらにして、俺を守ってくれたってことか。

でも、どうして『死の救済マールム』なんかに所属しているのだろう。

わからないことだらけの現状に頭が痛くなった。

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