3-2.波乱と波乱はひかれ合う

 時刻は、夕方も終わりに差し掛かる頃。

俺達はエイム・ヘルムを見て回り、オズの遺留品で何か持ち帰れるものがないか探していた。

すぐ帰って数日動けなかった分の修行をしようと思っていた。が、皆の強い説得を受け、何個か持ち帰りたくなったのだ。

……とはいうものの、予想以上に時間がかかってしまった。

これではあまり修行と呼べるものはできないかもしれない。

一抹の不安は残るが、やってきたことは身体が覚えているはずだ。

そう言い聞かせることで、何とか気持ちを宥めることにした。

 そそくさと舞い戻った王都では、あちこちから入隊試験の話が上がっていた。

毎年多くの志願者が名乗りを上げ、世界最高峰の栄誉を奪い合う。それ故、人々からの関心も高いらしい。


「今年の注目はアイツらしいよぉ!」


 北東のゲート付近まで一緒に帰ってきたアナが、様々な紙の貼られた掲示板を指差す。

色とりどりに彩られた掲示物の中で、一際大きく描かれた人物の顔があった。


「あの、『リーネア・レクタ』って奴のことか?」


「ピンポンピンポン!

彼、第三部隊の部隊長の隠し子みたいでさぁ。所謂ぅ……」


「隠し子⁉ なんか穏やかじゃねぇな。……親の七光りってやつか」


「そそ! まぁ、実力も申し分ない折り紙付きとも言われているけれど」


「なんにせよ気を付けておく方が良さそうだ」


「そうだねぇ……」


 アナはイノーさんのところで最終調整を行うらしい。

お互いの健闘を称えて握手をし、俺はいつもの馬小屋へと戻っていった。

俺も最後までできることやって足搔かなければ。

きっとこの試練は一筋縄ではいかない。

でも、これがオズとの『約束』の第一歩になる。

簡単に明日の荷物を整理すると、すぐさま草原地帯に出向いていった。

前日だというのに何かと身が入り、気づけば日が昇り始めていた。

 『我世』入隊試験、当日。俺は完全に寝坊をカマした。

朝起きた時、目の前に広がる草原を見て察してしまった。

修行をしている内に、力尽きて眠ったのだと。

幸い、昨日のうちに準備しておいた荷物がある。

それらをもって飛び出したが、眼球が一つの絶望を捉えてしまったことで、再度足が固まる。


「お、おい嘘だろ……」


 そこには、試験開始まで残り三十分を示す時計が飾られていた。


「俺の会場は……えーと、リワリス学院の五階……って、はぁ⁉」


 リワリス学院は西南のゲート付近にある、王都でも有数の教育機関だ。

今いる北東のゲートからは、ほぼ真反対に位置している。

言うなれば、一大商業国の横断だ。


「と、とりあえず足を動かさないことにはどうにもならねぇ!」


 俺は記憶史上、最大の力を振り絞って走った。周囲の人や建物が飛ぶように流れていく。身体がような感覚を味わう。


「これが全力疾走か。悪くない!」


 目の前にはリワリス学院が見えている。何とか間に合うことができたみたいだ。

でも、なぜ間に合うことができたのだろうか。

普通に走っても間に合う時間ではなかったはずだが……。

細かいことは気にしないでおこう。

俺が意気揚々と学院の門をくぐっていこうとすると、後ろから途轍もない速度で走ってくる輩がいた。

存在を認識した時には、もう後頭部にその何者かの右足がめり込んでいた。


「ったく、おい誰だ! 痛ぇじゃねぇかよ!」


 突っ込んできた本人も多少なりとも傷を負ったようで、ふらふらしながら立ち上がる。

その顔が露わになった時、俺の心が飛び跳ねた。


「あぁん! オレはリーネア・レクタだ!

お前もオレを『天才』と呼べ!」


 いきなり絡まれた輩、その正体はまさかの注目株、リーネア・レクタだった。

波乱が波乱を呼ぶ、『我世』入隊試験は一体どうなってしまうのだろうか。




✕✕✕




 ――これは試験の前日。『世界の黄金郷メディウス・ロクス』のとある階層にて、二人の女性が会話をしている。

薄暗い部屋の中、無造作に置かれた蝋燭だけが彼女たちを静かに照らしていた。

一人の女性が橙の長髪をたなびかせながら、右手で口元を抑えた。


「びっくりびっくりぃ!

本当に彼に仕込んだんですかぁ⁉」


 その大げさともいえる反応をさぞ楽しそうに見つめる、青藍の髪の女性。


「あの健康診断の時に採っておいたエラーの『血』。

ザビが寝ている隙に飲ませておいてみたよ。

これできっと彼には『膨力者』の力も覚醒することだろう。そうなれば――」


「また楽しくなりそうですねぇ」


「あぁ」


 不敵な笑みは僅かな光源によく似合っていた。

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