第三章 この地に立つは人類なり

『入隊試験』編

3-1.白と青の産声

 記憶上、三度目の白い部屋に俺はいた。

中央で横たわる俺の周りには誰もおらず、荒い呼吸だけがその部屋に響いている。

さっきまでオズと心を通わせ、最後の挨拶をしていた。

どういう経緯かはわからない。それでも奇跡が起こって、もう一度逢えたことは確実だった。

もう一生会話なんかできない。あいつとの『目標』や『約束』の件は謝れないと思っていた。

だから、だからこそ。実現した奇跡に感謝したい。

これからも俺はオズと共に生き続けるのだ。

 それはそうと、皆はどこに行ってしまったんだろうか。

最後の最後まで一緒にいたはずなのに、この部屋には俺一人しかいない。

その時、どこからともなく激しい足音が聞こえてきた。一つしかない扉が勢いよく開かれる。

ひょっこり顔を出したのは、イノーさんだった。


「やぁやぁ、ザビ少年。

そろそろ眠るのも飽きてきたんじゃないのかい?

そんなに寝ていたら目が腐ってしまうぞ」


「イノー……さん!」


 ふっと笑みを漏らすと、両手を広げ抱き締めてくる。その温かさは俺の口元を緩ませた。


「ずっと寝坊助なザビ少年が起きるのを待っていた。

もう……かれこれ三日だ。

、ザビ少年のことが心配で心配で、全然眠れなかったわい!」


 イノーさんが喋り終わるのと同時に、狭い部屋に二つの人影が飛び込んできた。

イノーさんも二人の顔を見上げ、堪えていた一筋の光が頬を伝った。


「アナ! ムネモシュネさん!」


 二人とも涙を浮かべていた。俺の手を取り、ギュッと力を込める。


「意識が戻ってよかったぁ……!

記憶も大丈夫みたいねぇ!」


「あぁ、確かに!

いつもだったら記憶には一定の混濁がみられるというのに」


「これは仮定の話だが、もしかすると『呼思者オズ』の能力が関係しているかもしれないぞ」


「お、オズの能力か?

……確かにオズの魔法ならそういった類のものがあってもおかしくないように思う。

そうか、オズか。だったらいいな!」


「なんだよぉ、急にニコニコしだしてさぁ!」


「俺とアイツは、かけがえのない仲間だし、親友だし、家族だ。

死んじまったけど、こうして沢山の大事なものを守ってくれたんだなって思ってさ。

なんか嬉しくなってよ」


「そうかぁ」


 俺を真っ直ぐ見て、アナはいきなり右手を差し出した。


「いきなりなんだよ」


「色々あったけど、改めてよろしくぅ!」


 明るく放たれた言葉に、俺も嬉しくなる。


「おう!」


 重なった右手は固く固く結ばれるのだった。

 それからしばらく経った後、事の顛末を聞かされた。

タナトスはイノーさんが追い詰める間もなく、ケルーを連れて逃げてしまったようだ。

勝敗はお預けになってしまったが、確かな意志が俺の中で生まれるのを感じた。

 それから、アナは晴れてエラーに認められ、へイリアさんと結婚することになったようだ。

俺の入隊試験が終わった後に、盛大に式を執り行うとのこと。

良かった。アナの実力は、しっかりとエラーに伝わったのだ。

あの土壇場で放たれた魔法がなければ、俺はまともにケルーとり合うことはできなかっただろう。

そんな喜ばしい話の後にとんでもないことをアナは告げてきた。


 ――アタイも入隊試験を受けようと思うのぉ!

もっと強くなって、リアと肩を並べられるようになりたいんだぁ!


 聞けば、裏でコソコソと修行をしていたらしく、準備万端なのだそうだ。

これは強敵になるやもしれねぇ。一人冷や汗を搔きながら、話を聞いたのだった。

 そうこうしている内に夜は更け、皆して早めの就寝をすることにした。

ここエイム・ヘルムからは明日出発する。熾烈を極めた『壁外調査』もこれにて終わりを向かえるのだ。

 そして、ついに開幕する入隊試験。

オズにエラー、それからイノーさん、アナ。沢山の人に協力してもらってここまで来られた。

彼ら彼女らに報いるためにも、絶対勝ち残って合格を掴み取ってみせる。

試験当日まで、残り二日。




×××




 薄暗い部屋の中で、冷酷に揺らめく蝋燭の青炎が血色の悪い人影を映し出している。


「おい、ビロ。

どうなってるんだ、言ってみろ!」


「どうなってる、とはどういった意味でしょうか?

私には理解わかりかねます」


「てめぇ! とぼけてんじゃねぇぞ。

俺はなんで『神様』の権能をもったままのムネモシュネが生きてんのか聞いてんだよ!

お前の報告では、アイツは規定ルール違反を犯して死んだって」


「ああ、そのことにございますか。

確かにムネモシュネ様は規定ルール違反を犯しました。

その刑罰によって処されたはずです。

何かの見間違いではないでしょうか?」


「いぃや、俺に限ってそんなことはあるはずがない!

まさかお前、これまでも虚偽の報告してきていたりしないだろうな!」


「ちょっと待ってください!

そんなことしている訳ないではありませんか!

だったら、私にも考えがあります」


「おう、なんだ。言ってみろ」


「はい」


 ここで重苦しい呼吸を置いて、ビロは宣言する。


「近日実施される『我世』入隊試験に参加し、『我世』の実態を暴きに行くというのはどうでしょうか?」


「ほほう。それはつまり……」


「はい。タナトス様がお考えになられていること――『我世』に入隊し、内部から彼らを壊しに行くということです」


「なるほど。面白い!

お前がそこまで言うなら行ってこい。

お前が俺達の仲間であることを証明するのだ」


「はい」


 ビロと呼ばれた少女はきびすを返し、タナトスに背を向け歩き出した。

その口角は少し上がっているようだった。

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