2-51.終わりと始まり

※今回は、三人の視点から描かれているので、最初に誰視点か書いておきました。



 《イノー視点》


 ワシとアナは、ザビ少年が死に物狂いでタナトスに挑んでいく姿を見守っていた。

ムネモシュネ神に至っては、オズを殺されたことが確定的となったことで、ひたすらに腕でつくった輪っかの中に顔をうずめ、静かに万感の涙を流している。

だが、皆の思いは、きっと一つだったことだろう。


――どうか我等に幸運あらんことを。希望の花が顔を見せんことを、と。


 『思い』は、『望み』だ。思えば思うほどに遠ざかるものもあるが、同時に手を伸ばさなければ掴み取れないこともある。

いや、ワシから言わせてみれば、希望の花は、望んだ者の元にしか来ない。

なぜなら、ワシは『探真者』、『真実』のために何もかも厭わず、『望み』続けてきたのだから。

そして、その都度近付き、それらを手に入れてきた。

故に、ワシは『今』、ワシにできることを――アナがザビ少年の力を『解放』することを祈るまでだ。

 その時、傾き続けた戦況がまるっきりひっくり返った。

ワシは迷わず、『干渉共有オーバーサイト』を発動する。


「あっ」


 妙に瑞々しく跳ねた血柱が、無慈悲にも一つの身体から乱立する。

昼下がりの光を受けて、輝々としてワシの瞳に焼き付いた。




✕✕✕




《アナ視点》


 アタイは、ただただザビっちの武運を祈っていた。

あの戦いは、ザビっちの戦い。アタイ達が口出ししていいものではない。

アタイ達にできること、それは彼の助勢サポートをすることだ。

だから、こいねがう。目を閉じ、手を結び、眉間に力を込めていく。

音さえも置き去りにして、精神を統一する。

これは、何か大切なものを見つけた時にやってみると良いと、シショーに言われていたもの――『破紋パンテーラ』だ。

常日頃、暇さえあれば、いつかのためにと、準備していた。

自分なら何でもできると自信過剰な気持ちをもって、頭の中を対象でいっぱいにすることが一番の良法らしい。

アタイはもちろん、シショーに言われたことである以上、完璧に熟せるようになっていた。

もうすぐだ、きっともうすぐ――。

どれほど時間が経ったのかもわからなくなってきた頃、意思とは関係なく、言葉が紡がれ出した。


「猛き者、気高き者にも苦心、挫折の時節あり。

我、太陽の光輝纏いて、彼等に煌々たる導を与えんとしよう――『解放リベレイト』」


 これは、ザビっちが『捏造ファブリケイト』を成功させた時に、アタイが詠唱した謎の『魔法』。

あの時も大概わからなかったけど、やっぱりアタイはシショーと同じように『神種ルイナ』なのだろうか。

解けない謎は残ったものの、これで筋道パスはつないだはず。


後は任せたよ、ザビっち。


 アタイは目を開き、視界が回復したその僅かな時間だけ絶望したかと思われた。

が、次に瞬きをした時、前方でタナトスの猛攻を耐えるザビっちに変化が起こり始めたのだった――。




✕✕✕




 《ザビ視点》


 『解放』せよ。誰かが俺に告げてきた。意識はなく、ただその事実だけを悟る。


(死して尚、残り、育み、つなぐ汝に、生きし誉の若人わこうどは宙を仰げ。

祈念はかたちとなりて、今日日波紋を呼ばん――『再思リピート』)


 突然、脳裏に浮かぶ詠唱に、俺の意識が急に意志をもち始める。


――ねぇ、ザビ。


 これは、オズの声だ。でも、あいつは死んだはず。

なんで『今』、声が聞こえてるんだ?


――オズ、お前なのか⁉

お前とは話したいこととか、やりたいことが沢山、そうたく、さん…………あったんだ……。

あ、あのよ。


 俺はあまりに唐突に起こった事象についていけず、言葉に詰まってしまう。

どこから、何から話していいものかわからない。

一人、あたふたしながら全身の汗線が開くのを感じ始める。


――ザビ、落ち着いてヨ。

あんまり時間がないネ。

手短に言うから、ちょっとの間耳貸してくれないカナ?


 最後に話した時より流暢に話せているが、かなり早口になっている。よほど時間がないのだろう。

オズの声が聞けただけで、少しは落ち着いてきた感じもある。

聞く準備ができたと、小さく首を動かす仕草を取った。

どう見えているかはわからないが、これが『今』の俺にできる、最大限の反応だ。

オズにもこれが伝わったらしく、以前早口を継続させたまま、話し始めた。


――まずは、『目標』と『約束』。

これは、もう私も死んでしまっているし、どうしようもないネ。

だから、私を絡めて考えるのはもうよしてヨ。


――なら、俺はこれからどうやって生きていけば……?

お前にもらった生き方なんだ。

これがあるから辛い修行も、手酷い瞞着まんちゃくにも耐えられた。

今までが全部、全部…………。


――無駄になんかならないヨ。

全部、ザーの中にある。

ずっとずっと私との思い出は消えることはないサ。

ザーは私と違って生き返るからネ。

これからの私はザーと一緒に生きていくから、『目標』も『約束』も、何なら『トマヨーシ』だって作れちゃうヨ。

だからサ、ザーは今までも、『今』も、『未来これから』も大丈夫ネ。


 オズはどこまでも前向きで、かっこよかった。

俺なんかよりずっと先を見てて、比例して俺はどこまでも情けなく見えてきてしまった。


――誰だってこんな悲劇、直ぐに受け入れることなんてできやしないヨ。

私にとっても、それは同じ。でもネ。私、幸せだと思うんだ。


――え?


 どう考えても受け入れがたい現実に直面しているはずなのに、なんでそんなことが言えるんだ?

俺だったら、こんな呆気ない幕引きにはしたくないが……。


――だってサ、もうずっと一人ぼっちで一生暮らしていくんだなって思ってたのに、いきなりザーが現れてくれて。

少しの間だけだったけど、楽しくも刺激的な日々を送ることができたネ。

最期の時には、自分を大事に思ってくれている人ともう一度会うことができて、しかもその人を助けるために死ぬことができたんだヨ。

これってサ、最高に幸せなことネ。


 オズはどこまでも明るくて、俺の悩みがどうでもよくなってくるみたいだった。

全部全部、無駄になんかなるはずがない。

オズとの記憶は俺の中で生き続けて、共に『未来これから』を歩んでいける。

それが明確に理解できただけで、気持ちは本当に楽になった。


――ありがとう、オズ。

お前のおかげで前に進めそうだぜ!


――そう、それは良かったネ。

もうこれで、言葉でつながれるのは最後になるヨ、ザー。

…………これまでもこれからも心強い仲間で、優しい親友で、温かい家族でいてネ。


――あぁ、こちらこそよろしくな!


 ここで、オズとの会話は終わった。

何も見えなくなっていた目の前が開いていく。

 どうやら俺は、部屋の中に連れてこられたらしい。

視野に広がるは、純白に染め上げられた、無機質な室内。

ここは、王都竜討伐戦後に目を覚ました『忘れじの間』。

俺が倒れ伏した後、どうなってしまったのだろうか。

そもそも何日経過したのかもわからないが、確実に言えることは――俺が再び死んでしまったということだけだ。

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