2-50.無遠慮のつながり

 俺とケルーとの間に割り込むようにして、その巨体をねじ込ませてきた死の神タナトス。

オズに教えてもらった、その『死の救済マールム』指導者である男神に、下から鋭く睨み込んだ。

微動だにしないその強情な顔付きを目の当たりにして、軽く悲鳴が漏れそうになる。

その声をゆっくり飲み込んで、俺は抑え込まれた右を引き、その場から一歩飛び退いた。


「他人様の勝負に手ぇ出すとはどういう神経してんだ、『神様』ってやつぁよ!」


 開口一番、恐怖という名の圧に屈しない姿勢を示すため、俺は『神様』であろうと容赦せず言い放った。

こんなところで、オズを亡き者にされた恨みを有耶無耶にされてたまるかってんだ。


「……俺のことは厚く敬い、タナトス様と呼べ、愚民の端くれよ。

まぁ、今回の俺達の目的は、既に達成されている。

いつまでもこんなところで油を売っている訳にはいかんのでな。さらばだ」


「おい、てめぇ!

よくもいけしゃあしゃあと殺しやがったな!

心強い仲間で、優しい親友で、温かい家族でもある、俺の、俺達のオズをッ‼

それくらい文句言われる義理があるだろぉよ!」


 俺は燃え上がる気持ちそのままに、タナトスに怨恨の言葉をぶちまけた。

とここで、今まであまり態度や顔に表れなかったタナトスの感情が、表情として見え始める。


「そこの端くれは、『神様』の話を聞けんのか?

俺のことは『タナトス様』と呼べと言ってあろうに!

抹殺対象を始末して何が悪いのだ、下界の塵屑カスがッ!」


 誰が何と言おうと、こいつはキレている。

キレたところに関しては、甚だ謎であるが……。

でも、とにかく今ここで逃げられると後々厄介になることは目に見えている。

イノーさんからも『次はないと思って戦ってくれ』と言われているんだ。

もうここは、覚悟を決めざるを得ないじゃねぇか!


「そんなの悪ぃに決まってんだろうが!

人はあらゆるものとつながり合って生きている。

誰も彼も一人で生きていくことなんてできやしねぇ!

あいつのつながりは、俺が最初で最後だった。

だから、お前の理論は一寸たりとも理解できねぇし、したくもねぇんだよ!」


「この『神様』の権能を有するタナトス様に、愚民の端くれが何を言っているんだ?

名前も呼べない輩とは話している時間がもったいない。

さっさと帰るとしよう。さら……」


 俺は相手の発言中も何のその、いきなり回し蹴りを擬装フェイク程度に見せつけて、そのまま攻勢に転じようとする。

対抗するタナトスもその情勢を汲み取ったかと思うと、左腕で瀕死のケルーを抱えて即座に身を翻した。

一秒未満の視線の交錯を挟み、俺の拳は見事に着火する。

恐らく技の駆け引きだったら、単純な能力で劣る『神様』にも通用するんじゃねぇのか?


「こいつについて――」


「はッ! その程度かよ、雑魚下界民。

『神様』を嘲るのも大概にしろ」


 俺の誘発必殺を悉く見破って対応を見せるタナトスに度肝を抜かれる。

ケルーなんかとは格が違う。あまりにも強すぎるオーラが、こいつにはあった。


「ほらほらどうした、へばったか?

さっきまでの威勢を見せてみろよ」


 どの位置、どのタイミング、どの角度から攻めてみても、『勝ち』の糸口がまるで見えない。

これが、『神様おや』と人類こどもの圧倒的なまでの力の『差』なのだろうか――。

 体力が尽きてきた。思えば、今日は終始身体を使い倒し、休息を取ることも忘れていた程だ。

もう拳を握るのにも力が入ってくれない。

目も腕も足も、何もかもが根気を失いかけていた。

タナトスが今度は攻防を一転して、俺のことをタコ殴りし始める。

視界が赤く黒く霞んでいく。

これが死んでいくってことなのだろうか。意識はなくなっていった。

 これだけは譲りたくなかった。

俺の『今』はここにあって、俺の『過去』も、『未来これから』だって、ここに重なっていったはずだったんだ。

でも、結局、俺の手の中にある『今』はどうだ?

輝きを放っているか、自分を認めてやれるか、そもそもとして生きているか?

……『答え』は否だ。

輝きもなければ、自認もできず、あまつさえ生きてなどいる訳がない。そう死んでしまったのだ。

 …………あぁ、まだやりたいこと、沢山あったな、オズと、皆と。

ここで俺が生き返ったとしても皆が生きられる保証はないし、もうオズはこの世にいない。

『我世』入ったって一番に報告しに来たかった。

入隊して、最初の任務は『お前をここから出すこと』だって決めてたんだ。

あ、でもその前に『トマヨーシ』も作んねぇとな。

今度こそ、今度こそ負けねぇからって約束したもんな……した、もんな…………。

もう何も聞こえない。

ただ世界と隔離された世界を漂いながら、もう一度あいつと話せることを祈っている。その時――――。


――ねぇ、ザー。


 今一番欲しい声が、脳裏で無遠慮に木霊した。

試験当日まで、残り五日。

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