2-49.思いを胸に

 『神様』をただ信じるのは、難しいかもしれない。

それでも、今この瞬間だけは、勝利の女神が俺達に微笑んでいると信じたい。

一人の叫びが奇跡を起こし、またとない好機を地上に舞い込ませた。

空を失った敵方に、心臓の音と反比例させ、最高速度で距離を詰めていく。


「歯ぁ食いしばれや、ケルー!」


 俺には、オズ、エラーから叩き込まれた戦闘技術がある。

そこに自信がもてなくて、何に自信をもつって言うんだ。

オズいくぞ、お前の死は無駄になんかさせねぇ!


「ちょっと待つっスよ!

お話がしたいなぁ~なんて思わないっスか?」


「ちょっともそっとねぇ!

お前と話すことなんて何一つあってたまるもんかよ!」


 命乞いのような台詞を吐いてきたケルーに、俺の怒りは限界突破する。

オズの思いも、周りの人の思いも踏み躙って、消し炭にして、もう弁明の余地など残されていないだろう。

俺とケルーの距離がものの数歩まで迫る。

振りかざした右腕がケルーを捉えんとした次の瞬間。


「残念でしたぁ~。

オレだって少しは対人戦闘くらいできるっスよ~」


 俺の渾身の右ストレートを予測していたケルーがすぐさま対応を見せようとしてきたのだ。

先の言動は擬装フェイクだった訳か。

なるほど――だが、ここで読み切られるほど柔な特訓積んできてねぇんだよ!


「あめぇわ、クソ野郎!

こいつはオズ先生直伝だぜ!」


 途中まで繰り出されていた右を引っ込め、即刻左に移行していく。

隠していた全身全霊の左アッパーは、ケルーの下顎をガッチリ仕留め、勢いのまま後ろに仰け反らせた。


「これで終われると思うなよ!

俺とオズは、俺とオズは――」


 間髪入れずに一打一打をぶち込んで、少しずつ少しずつ相手の意識を刈り取っていく。


――意味わかんない出会い方で、最初は戸惑った。

でも、関わっていく内に、オズのことがどんどんわかっていった。そして――。


 言葉を紡ぐ。思いと共に。屈辱は力となって、拳を強く握らせる。


――知る度に、何か空恐ろしいものが見え隠れしてきてさ。

それが堪らなくこえぇって思うと同時に、ほっとけなくなっていって。

俺は、オズのことを大事に思うようになったんだ。


 右ストレート。左ストレート。掌底打ちに、裏拳打ち。相手に反撃の余地を与えないまま、攻撃の手を一手また一手と重ねていった。


――オズと関わる中で、『目標』をもらって、『約束』も交わした。

記憶を無くした俺に、生きる意味を、進むべき道を示してもらえた気がして嬉しかった。

なのに……なのに…………お前はそれをぶっ壊した――!


 最後の言葉を吐き出して、音速の正拳突きを炸裂させた。

その一撃が決め手となり、ケルーは大きく重心を崩しながら、後退していく。

もう少し、もう少しでオズの仇が打てる。

その思い一つ携えて、再度敵に一歩踏み出した時、イノーさんの声が俺の耳に入る。


「いいぞ、ザビ少年!

その調子でやっていけば勝てるだろう、ただ一つ言及しておくなら、『捏造ファブリケイト』には制限時間がある。

だから、もう次はないと思って戦ってくれ!」


 早口で捲し立てたイノーさんは、最後に親指を立て、幸運を祈っているとだけ告げてきた。

その言葉を受けて、勝負を決めに行く。

 地面を蹴り、息を整えて、攪乱サイドステップ

一瞬、右拳を掲げて空中待機し、相手の対応を見て引っ込める。

そのまま裏を取るようにケルーの周りを走って、腰を落として最後の上げ突きをお見舞いした。

これで、終わり。そう思った時、俺の右拳は大きな手の中に包まれていた。


勝利を確信した俺には、その姿を目視できなかったのだ――あの死の神タナトスの姿が。


試験当日まで、残り五日。

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