4-37.俺に、『答え』をくれ

 タナトスは、イノーさんが『裏切り者』の正体であると、はっきり告げてきた。

タナトスが口で言っていることならば、空言ブラフの可能性もあった。だが、残念ながらこれは真実だ。

タナトスに真実を守る手段はない。

他でもないイノーさんの魔法を使うことによって、真実は白日の下に晒されてしまった。

 信じたくなくとも事実であれば、イノーさんが人類俺達を裏切った理由を知りたい。

あれだけ強く、部隊長まで任される人望があるのに。

ここまでだって、タナトスとは対立する構えを見せていた筈なのに。

どこからなんだ。何がそのきっかけ足り得たのか。……気になる。

『壁外調査』の時は、まだ反抗の意志が残っていたんじゃないか。……気になる!

『入隊試験』の時はどうだったのだろう。……気になるッ!

第二次王都竜討伐戦の時、もうこの頃に変わっていたのなら演技をしていたということになるのだろうか。……気になるッ‼


 ……ならば、どうする。行くしかないだろう。

イノーさんはまだ、『世界の黄金郷メディウス・ロクス』の真下に設営された宴会会場にいる筈だ。

『今』の俺なら、一秒もしない内に着ける。

振り向け、位置を把握しろ。標的ターゲットに狙いを定め、一気に距離を詰めていけ。


――この時の俺は気付けなかった。


 首が少し動かし辛いが、まぁ、そんな感覚の話をしている場合じゃない。


――この身体の異変が。


 あ、いた。あそこに目掛けて飛んでいけばいい。


――イノーさん、ひいてはタナトスの、おめかしを使った布石であったのだ、と。


 さぁ、行こうか。……って、あれ

身体に捻りを加え、向きを変えようにも、どうやら俺に自由はないらしい。なんで、なんで……!

予想外は止まらない。また何か仕掛けられていた。

俺の身体は、まるで元来動くことを知らない、石にでもなった気分だ。

足も手も、胴も頭も、一寸たりとも――あ。何かが脳内でつながっていく。

わかったかもしれない。俺の目元に暗く影が落ちていった。


 俺はタナトスと身体を接触させていた時間は長かったが、『煥発熾火摧破撃カニス・ルプス』が挟まっていたため、そこで魔法をかけられることはなかった筈だ。

もう片方の手も肌に触れてはいたものの、てのひらが当たっている訳ではなかったため、ここでも魔法をかけられていることはほぼないと考えられる。

猶予の残された眼球を最大限動かして、何か掴めるものがないか探った。

 そうして、一つ。思いついてしまったことがあった。

逆に言うと、これ以上のものは考えられない。『今』、与えられている情報だけであるならば。


 すると、俺の様子を察したタナトスが、二度三度と首を縦に動かし始めた。

ここからは、もうお馴染みともいえる展開が来るだろう。……ほらな。

嘲笑を含んだ、緩い口元がこの時を待っていたとばかりにはしゃぎ出す。


「フッフッフ、こちらの言葉を受けて色々考えたようだが、やっと理解が追い付いたらしい。

お前は『今』、動けなくなっている筈だ。その理由は、お察しの通り、おめかし衣装にある」


 ――常にどこかで逆転が、或いは相当な大差で飾る順転が、確約された未来をもってくる。


 俺に『勝ち』はないのか。おめかし衣装は重かったと言ったが、きっとそれも関係してくる。

全てが計算による犯行。さっき腕を吹き飛ばされたのも、集約する未来あってこその犠牲だったのだ。


「お前の着るおめかし衣装は水分に反応し、徐々にその密度と硬度を高めていく。

『今』のお前は、俺の血を浴びた。俺も全身に行き届くように、際限なく

最悪、腕であれ血であれ、補充することが可能だからな。

これによって、きっと石のように重く、固く、お前をこの場所に縛り付けることだろう。

今日の目的は、お前じゃない。俺は目的を終わらせ、最終段階ファイナルステップへと進むんだ」


 最終ファイナル段階ステップ……? 何を言っているんだ。

なら、俺と対面していたのは一体何だったんだ。これもお遊びだって言うのか。


「――うぐっ、あぁ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」


 その時、叫び声が響いた。これは俺の声じゃない。

聞き間違える訳もない。これは――イノーさんの声だ。

動け、動けよ、俺の身体。苦しんでる。嫌がっている。

何かが起こり始めた。タナトスの発言に関係あるのか。

やっぱり『裏切り者』なのか。それとも、それも偽りか。

どっちの味方だ。『答え』が知りたい。


――俺に、『答え』をくれ。


「『答え』が欲しければくれてやる、『幻の十一柱目』!」


 これは知らない声だった。その声に共鳴するかのように、赤い稲妻が空を走った。

鼓膜を壊す大音響が、下界を揺らした。一気に空気が変化していく。

体感温度は低くなり、息も苦しくなった気がする。刹那の内に、眩い赤が暗闇を吞み込んだ。

思わず目を閉じ、風だけを感じていた。すると突然、急に身体の軸が横になる。

極限まで近付いた屋根を察し、俺は死ぬことも頭に過ぎった。でも、いつになっても意識の断絶がない。

そのまま刻々と変化していく軸の向きに、身を任せるしかなかった。

俺の身に何が起こっているんだ。状況を飲み込めないままに、物凄い勢いの風が、後頭部を吹き抜けていった。


 ――気付けば、俺の視界は遥か地上。小さくなっていく王都を見ていた。

地上には、明らかに俺がいた時よりも多くの影がいるように見えた。

俺は動かぬ身体をそのままに、誰かの脇に抱えられている。もしかしたら、『今』俺を抱えている存在の仲間かもしれない。

首の可動域を駆使し、誰かの正体を知ろうとした。

白い髭に、長い髪が特徴的な『神様』のような出で立ち。いや、重力を無視して空を飛んでいる。こんなこと、人類にはできない。

つまりは、正しく『神様』である可能性が高い。


「おい、どこに向かって――」


「口閉じてないと舌切るよ」


「――――ッ!」


 忠告を無視して、俺が話そうとすると、大きな手で密封されてしまった。

そのまま、意識が朦朧としていき、やがて――眠りに落ちた。

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