4-36.単純に真実を見抜く魔法
タナトスが何をしたのか、俺には何も推測できない。
消し飛ばした筈の腕が再生し、もう一度タナトスの肩からぶら下がっていることだけが確かな事実だった。
タナトスはきっと何かを企んでいて、俺がその企み通りに動いてしまったことだけは、何となく察してしまう自分がいた。
その表情が全てを物語っていたのだ。眉が綺麗な曲線を描き、見たこともない笑顔を見せていた。
友達だったら、笑えていた。そんな意味のわからない感想を抱くくらいには、焦りを感じていた。
俺の『
それを最初の衝突から真っ直ぐ受け止め、長時間拮抗した末に、腕は一度吹き飛ばされもした。
にも関わらず、完璧に元のままのかたちに治ってしまうなど、到底考えられない事態だった。
思えば、俺はタナトスが魔法を使っているところをあまり見た記憶がなかった。
『
後は、『
あれも魔法であった可能性が高い。何も詳細は語られなかったが……。
現状、俺はこれしかタナトスの手札を知らないのだ。
ヤバい。圧倒的不利な状況じゃないか。
何か手立ては――は、そうか。俺には、まだ魔法が残されている。
そこに絶対なんてものは存在しないが、賭ける価値は
いこう、やろう。俺にはやるという選択肢しかない。
「何をやったかは知らねぇが、それで勝った気になってるなら大間違いだ!
俺はお前に瞬殺なんかされねぇ。泥の中を
『
これで、タナトス。お前が抱え込んでいる手札に手駒、全部丸ごと知り尽くしてやる。
タナトスは即刻殺すと言った時から、一言も発していなかった。腕が消し飛んだ時さえも、無言を貫き通していた。
これが、負け惜しみだったのかはわからない。それでも、確かに言えることは何かまだ隠し持っているものがあるということ。
だから、『今』ここで暴くのだ――。
まずは魔法についてだが……って、なんだこれ!?
ほとんど黒ずんでいて、見えるものが限られ過ぎている。こんなの初めて見た。
でも、情報を得られるだけでもありがたい。あまりに少ない情報では勝てる試合も勝てなくなる。
双眸には魔力が集まり、仄かな燐光を帯び始めた。
――そこで読み取れた魔法は三つ。
一つは、ご存じ『
大事なのはここからだ。残りの魔法の詳細が、俺達の武器になる可能性を内包している。
もう一つは『
つまりは、時間内であればいかなる攻撃も無効化する、所謂
さっき、最初は『
無効化という
それを知った上で思い返せば、あの反応も納得できる。でも、結局はそれも最後でひっくり返った。
きっとあれは演技だったのだ。少しでも希望を見せつけて、一気に叩き付ける絶望の壁。
そうして衝撃と焦燥でイカれた顔を、さも花でも愛でるように眺め回す。
いかにも、自分達の優位性を信じてやまない『神様』が好みそうな芸当だ。
そして、もう一つ――『
枠組み上では疲弊した体力を回復させる魔法のようだが、どうやら失った部位すらも復活させてしまう効果をもつらしい。
なんとも、今回の損害に打って付けな副次効果だ。あまりにもできすぎた魔法としか言いようがない。
どこまで見越していたのだろう。最早、用意周到の域を超えている。
こうまでしてなぜ、俺達を滅ぼさんとするのか。
やはり『神様』の思考は読めたものではない。どこまでも深く、何よりも暗く、広がっている。
改めて知ることになった。知らしめられることになった。
折角だ。まだ見てやらねば。
この戦いが始まってから、何一つ言える成果が残せていない。その過程がどれだけ華々しくとも、最後を掻っ攫われていたら何の意味もないのだ。
常にどこかで逆転が、或いは相当な大差で飾る順転が、確約された未来をもってくる。
殊この戦いにおいて、不安を覚える心がない訳ではない。
それでも、先に進むことが反撃の兆しにつながるかもしれない。
本当に不気味が過ぎる一歩。その恐れも振り払って、次なる真実を覗き見た。
……なになに、おい、待てよ。協力者の欄を見始めた俺は、頭を抱える羽目になった。
なんで
先ほどのヘラの他にも、一柱知り得ない『神様』もいた。が、その中には俺の知った名前もあった。
――そう、その名前は『我世』所属、第四部隊『
何が起こればそうなるんだ。イノーさんはずっと俺を導いてきた。
確かに最初こそ利用される関係だった。それでもその後は、どんどん打ち解けて、俺の中では信頼のおける存在になっていたのに。
あの掛け合いに、心はなかったのか。共に歩んだ時間は嘘っぱちだったのか。
疑念は疑念を呼び、どこまでも続く闇を映し出した。心の奥底から、大事にしていた思い出が崩れ去っていく。
『裏切り者』の存在は、一瞬で俺の心を惑わした。でも、怒りはすぐに行動に結びついた。
そこには、仲間への信頼があった。簡単に綻びるものじゃない。
仮にも、俺は何度も見たり、聞いたりしてきたのだ。『我世』が一丸となって『神様』に対抗していく、その事例を、その勇姿を、その生き様を。
俺達『
『
しかも、それだけには止まらず、時には『
だから、そんなことを淡々と言ってのけるタナトスを許しておけなかった。
あの時は
これは、
俺は、それでも信じたくなかった。簡単に信じられるほど、人が嫌いじゃなかった。
誰かと共に笑い合うこと、その喜びを知っているから。
今日だって、沢山の優しい言葉に包まれたから。
だって、イノーさん。貴方も言ってくれたじゃないか。
――ザビ少年! 誕生日おめでとう! 心から祝福するよ!
あれは、本音なんかじゃなかったのか。
俺は嬉しかったんだ、本当に。心から。初めてだったから。
心の温かさが伝わってくるようだったから。
こんな状況なのに、ここまで用意をしてくれた。
沢山の人が集まって、沢山の料理が
何度も思ったものだ。
――なんて幸せ者なのだろう。なんて恵まれているのだろう、と。
ここまで、不思議な点は幾つかあった。
この騒動の発端は、とある地震。あまりにドンピシャな時間に、多少の気味悪さは覚えていた。
あと、我慢していたが、このおめかし衣装として渡された物が何に変えずとも苦しかった。
理由は簡単、とにかく重いのだ。普段着ている服の何十倍は、この服に重みを感じた。
そして、そこには動き難さという不快な点も付随する。
それにより、俺にはこの衣装が嫌がらせのために用意されたのではないかと、一瞬邪推してしまう心が起きたほどだった。
きっと厚意である。そう自分に何度か言い聞かせることで、平静を保ち、平気な顔をして歩いていたのだ。
その時、タナトスがいきなり口を挟んできた。
「どうだ、何か面白いことでもわかったのか?
例えば――『裏切り者』のこととか。
……あーそうそう、お前にここにはない情報を与えるとするならば、そのおめかし衣装を準備したのも、あの途轍もなく上から目線な招待状を書いたのも、何よりこの式全体を取り仕切ったのも、ぜんっぶイノーという女性の仕業だよ」
トドメの文句だった。タナトスは全てが見えていた。そこに希望などと言うまやかしがないことを。
そこには絶望と書いて享楽と読む、不可思議な言葉しかないことを、最初からわかっていたんだ。
何もわからず、ただ飛び込んで、惨めな
そりゃ、穏やかな微笑も崩さないよな。全ては計画されていたのだから。
口端から垂れた血も知らず、歯軋りをずっと続けていた。
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