4-35.憤りにも近い何か
勢いよく溢れ出る鮮血の雨は、俺を祝福しているようだった。
空が一色に統一されていく。一つ、また一つと、地面に色が伝播して、血溜まりは一秒毎にその姿を大きくしていった。
当然、おめかししてきた服にも容赦なく降り注ぎ、あっという間に薄く全体を包んでしまった。
血の色は赤く、艶があった。でも、その血を目の当たりにした俺は、喉に小骨が詰まったような、妙な違和感を抱いていた。
いや、厳密に言えば、この感情が違和感であると信じたい自分がいた。
俺の求めていることは何だ。俺はどうして、こんなにも
…………そうか、分かったかもしれない。
俺は『神様』の血ってヤツが、もっと変な色であったり、変な性質をもっていたりしてほしかったんだ。
確かに、これまでも『神様』の血を見る機会がなかった訳じゃなかったのだと思う。
見ていたことがあっても、おかしくない自覚はある。
だが実を言うと、俺はこれまでの戦いで、流されてきたであろう『神様』の血。そこからずっと、目を背けてきたのだ。
どうしても現実の理解を放棄し、異なる未知に身を預けることを選んでしまう自分がいた。
でも、しょうがないじゃないか。
だって、これじゃ……。これじゃ、『神様』の構造が、人類と対して変わらないことを暗に示していると言っても過言にはならないのだから。
人類と同じように、痛みには苦しみを覚え、切り付けられれば赤くドロドロとした血を流す。
同じように呼吸をし、同じように笑って泣いて。時には泥臭く、一つの希望に縋り付こうとすることもある。
俺も間近で見たことがあるのだ。
――脳裏に生きる、とある一柱の『神様』を思い出し、『今』の彼女に思いを馳せた。
オズは『今』も、俺達の胸の中にいる。あの作戦以降逢えていないが、大丈夫だっただろうか……。
駄目だ駄目だ。『今』は目の前のことを片付けないと……。
ともかくだ。俺達人類が抱く、一般的な『神様』像は、人類を侮辱し嘲笑し、理不尽を平気で振り
何人の犠牲が出ても厭わない。そこに、享楽があればいい。
悠久の中の、ほんの一時。人類からしてみればどうでもいいとさえ思える気休めに、ちょっと面白おかしくしてくれたらそれでいい。
そんな高尚で、無邪気な考えをもっている。それが、人類から見た『神様』なのだ。
だからこそ、絶対悪であることは必須条件で、心置きなく恨める存在であることが、唯一の救いであるとも思えたのに。
これじゃ、あんまりだ。あまりにも、世界は人類に甘くない。
誰も彼も、助けはくれない。『神様』に祈る? ……その『神様』がそっぽ向いてちゃどうすることもできやしない。
何の遊びかは知らないが、ごく一部の人類には能力が与えられている。
これがもし、己ら『神様』をヒリつかせてほしいだけなのだとしたら、愈々救いようがない。
俺達の命がけの十年が、『我世』の抗った絶望の連鎖が、単なる暇つぶしで処理されてしまうことになるのだから。
だが、そんな『神様』から文字通り先手を取ったとなれば、話は変わってくる。
これは大いなる一歩だ。人類史に残ってもいい。そう思えるほどには、無上の心地で一杯だった。
頬に当たる雨が、ある種涙のようにもなっていた。勿論、嬉し涙の方だ。
いつまでも止まなければいい。そのまま貧血で死んじまえばいい。それで全部終わるじゃないか。
そうすれば、また誕生日会が開催できる。そうすれば、また皆で肩を組んで、友達みたいに笑い合うことができる。
踊って騒いで、『なき笑い』をする夜が送れる。
俺は、引っ切り無しに降る赤を全身で感じていた。その場からは一歩も動いていない。
もう既にタナトスは、俺の世界から消えていた。瞳は閉じられ、空に広げられた両腕がその存在を高らかに誇っていた。
目元の彫りを、引っ切り無しに伝っていく。伝っていく血が。血が。……血が、
何が起こっているのだろう。慌てて目を開いた俺は、その光景にただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
なんで、なんだ。なんで、あの、俺が綺麗さっぱり吹き飛ばした筈の右腕が、何事もなかったかのように
意味の分からない現実に、脳は瞬間理解ができてしまった。こんな時ばかり冴え渡る俺の脳が、憎くて憎くて仕方がなかった。
これは、決して大いなる一歩でも、人類史に残る偉業でもない。
これはただの
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