4-38.悔しがれ

※今回は、エク視点から展開されていきます。



 虚を衝かれたヘラは、その様を見て一言も発せなくなっていた。

その裏に何があるか、計り知れたものではない。でも、少しだけでも悔しがっていてほしい。

いや、悔しがれ。

これは、僕だけの思いじゃない。これは、僕だけの物語にはならない。

皆がつないだ、心だった。

お母様もお父様も、僕を見限らないでくれてありがとう。僕をここに立たせてくれてありがとう。


――見ててよ。僕、頑張るからさ。


 相手は『神様』。人類が何度も何度も苦しめられてきた、最強最悪のドラゴンを手駒として扱うような奴ら。

僕達の戦いは激化していく一方だった。その流れは、たった『今』も続いている。

 ……でも、災厄はもう飲み飽きた。

思い出されるは、『神様』との闘争の日々。

屍が積み上がっていく様をずっと見ていた。

毎日、何人、何十人とこの世を去っていった。

彼らがいたからこそ、僕はこうして生きていられるんだ。


 ――記憶にも新しい、『イレクス竜殲滅戦』。あのやり口は、下劣を極めた。

五日前、突然王都が襲撃された『第二次王都竜討伐戦』。この時も同様のやり口が使用され、僕達を混乱に陥れた。

今回は、『イレクス竜殲滅戦』の全てが踏襲されていたのだ。


 作戦中、大きな大きな損失を被った。これは人類にとって、過去に類を見ない痛手となった。

は、仲間を見ようともしなかった僕ですら、一目を置いた存在だったのに……。


 あの時も、タナトスが下界を襲っていた。

舞台となったのは、貿易国として長らく友好関係が結ばれているイレクス公国。

天界より舞い降りた複製体竜の襲撃を皮切りに、戦いの賽は投げられた。

参戦は即断即決が前提だった。

イレクスの当主として国を引っ張るラゴエに頼まれては、援軍を出さない訳にもいかなかった。

長期に渡る戦闘。限界まで人員を割き、応対に当たるも、終始押され気味の戦況が続いた。

疲弊していく国と人。築き上げられた建物の数々が見せしめのように破壊され、多くの組織員が犠牲になった。


 その中にいたのが、二人の部隊長。僕と同じように魔法の行使が可能で、戦いの最前線をひた走ってくれていた。

タナトスの圧倒的な力の前に敗北し、地面に二人共倒れ伏していた。死んでいたのか、生きていたのかわからない。

それでも、確実に言えることは、タナトスが二人の身体を回収していったこと。

僕は自分の無力さを、いや、自分の部隊の無能さを恨んでいた。

僕には、力がある。だから、助けられない人なんていないと、そう本気で信じて疑わなかったから。

現実を受け入れることができないまま、置き土産として残された複製体竜の討伐を進めていた。


 そんな中、王都で警備をしていたエラーから伝令が入り、絶望を叩きつけられることになった。


――王都にも襲撃が始まった。ドラゴンの出現だ。

とりあえず俺が討伐を試みるが、できれば応援を要請したい。

そっちも大変だろう。ただこっちにも、本当に人員がいなくてな。

無理を承知で、よろしく頼む。


 いくら気持ちはあれど、送ってやれるだけの余裕はなかった。

そのまま、暫くの戦いを経て、王都に帰還した僕達は唖然とした。

王都の二区画分、その多くが半壊し、尚且つその損害を生んだドラゴンには逃げられてしまっていたのだ。

いくら一人だったとはいえ、『我世』の中でも上位に食い込む部隊長クラスが相手取ったとは思えない状態だった。

これには、僕もそれ相応の措置を言い渡すしかできなかった。

それまでにも感じていた身体の衰えの片鱗。全盛期は疾うに過ぎ、後は老いていくだけなのに、なぜ戦い続けるのか。

僕には理解ができなかった。でも……『今』なら理解できる。

そこにあった思いを、目の当たりにすることができたから。

それを間接的にお母様に教えてもらったから。


 お前達の全てがつながっているというのなら、それは僕達も変わらない。

だから、存分に抗ってやる。どんな絶望だって、僕達に積み重なった思いの結晶が、木端微塵に打ち砕いてやるんだ。


「もう一度踊ってくれますか? オバさん」


 一瞬にして表情が歪んだヘラ。指が鳴ったかと思えば、即刻僕の真正面に立っていた。

そうなると予測していた僕も、対抗するように構えを取った。

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